2020年、波乱しか無かった。
後世では2011と一括りにされ、災いの時代とでも呼ばれるのだろう。
しかし、2011〜2020を生きた一人として、声を大にして言わせていただきたい。
この時代は災いの時代ではあっても苦しみの時代では無い。むしろ、喜びや日常的な幸せがより濃く感じ取れた時代だ。
人々は、危機的な空気感を共有しながらも、(日本人らしくも)営みを続け、そして、生きた。
そんな空気感を全く全て反映させたと言ってもいい怪作、それが「極彩色の祝祭」だ。
英題は Loud color(s) and silence festival
2020東京オリンピックの幻想は崩れ去り、日本だけではなく、全世界が未知の事象の恐怖に包まれた。これまでかと多くの人が思った。
罹患し苦しんだ人、営みを自らの手で止めてしまった人が現れた。
デスゲームやバトルロワイヤル等、死を通貨としてエンタメを消費する現代人にとって、そのように死が実感を持って背後に現れることは、一種の宇宙的及びクトゥルー神話的恐怖のようである。
それでも、多くの人は堕落的に営みを続けることができた。素晴らしいことだ。また、彼らはいつの間にか心に小さな、口にしないと消えてしまうほどの希望を、誰もが手にしていた。その光景はさながら、灯籠流しのように清く厳かで、一方で希望に満ち満ちたイースターのような、静かに煌めく祝祭であった。
そう、極彩色の祝祭である。
このアルバムが、禍事の明けの明星とならんことを。
このアルバムは2019年の末頃に、311から連綿と続く空気を内包せんと企画された。その後、惨禍を目の当たりにしつつも制作が続行され、結果的には、私が思うに、最も時代を反映した鋭い作品となった。
このアルバムが明けの明星とならんことを。