今日は相続税の大きな仕事が一段落したのでもう一本日記を書きます。
最近はネットでたくさんの名言や心に響く言葉が氾濫するようになりました。また、大きく変化する時代に乗り遅れまいとする人をターゲットにして自己啓発本、HOW TOもの、有名人の名言集などの本があふれています。
これらすべてが「言葉」です。
百聞は一見に如かず、たくさんの言葉は現実一つにもかなわない。だから、厳しい現実にぶち当たるとすぐに落ち込んでしまいます。そして「言葉」をつかって現実逃避を図る。簡単なことだ、言葉の意味を自分に都合よく解釈し並べ方を変えたりすればもっともらしい理論が完成する。やっかいなことに人はその理論で人を巻き込んで正当化しようとする。
でもそれでは何も変わらない。
そんなことを考えていたら以前紹介した文章がふと頭に浮かんだ。
森信三 著 人生二度なし「悔いなく生きるために」
この本は昭和37年から38年にかけて書かれた本ですから今から約50年ほど前に書かれた本です。
この本、森信三先生が中学、高校を出て働いている青少年のために書かれた本ですが結構難しいです。もういい歳のわたしが読んでも勉強になる内容です。
第一章 人は何のために生きるのか より引用
われわれが、現実を踏まえつつ日々の生活を、確かな足どりで踏みしめていくためには、これまで書物などで読んできた華やかな理論が、冷厳な現実によって、一度は消え去るような、深刻な経験を必要とするともいえましょう。
しかもそれによって悲観したり、いわんや厭世観などに陥らないで「ここにこそ、真の現実があるのだ」と悟って、そこから改めて起ち上がれるようでなくてはならぬと思うのです。
すなわち書物の上に書かれている理論がどうであろうとも、これこそが、現在自分の立っている現実であり、したがって、それがいかにみすぼらしく、かつみじめであろうとも、いやしくもこれが現実である以上、「自分としてはこの地点から改めて一歩を踏み出すほかないんだ」と考えるような態度こそ大事だと思うのです。
そしてこのような態度の確立は、その人にとって、ある意味では「第二の誕生」ともいえましょう。
引用以上
この文章を読むと共感するというよりも、厳粛な気持ちになります。共感する文章は快感とともにモチベーションが上がります。場合によってはドーパミンが出て「よし、やるぞーーー」と高揚感を得ることが出来ます。ただし、そんな打ち上げ花火のようなことは長続きしません。言葉で快感を得て盛り上がって、私は正しい、これでいいんだ、と・・・ただの言葉遊び。
でも、紹介した文章読んで快感を得ることは出来ません。ただただ厳粛な思いで「・・・・・・・・」となるばかりです。しかし、この文章も所詮は言葉にすぎない。
厳しい現実に直面したら言葉遊びで逃げたりせずに、いまたっている現実から一歩を踏み出さなければ現実の世界を生きることはできない。そしてそこからが本当の人としての成長が始まるのだとこの文章は教えてくれている。
言葉があふれかえって現実見えにくくなっている。いま私たちはそんな世の中を生きています。