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うゐのおくやまけふこえて

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川崎での痛ましい通り魔殺人事件。


正直自分もこのニュースを聞いた時
「どうせ自分の首切るなら最初に切れよ」
という気持ちがよぎった。


そしてネットでもその様な声が多いらしく、
そういう人を牽制するために「"一人でしね"はやめて」と呼び掛けた人がネット民からの攻撃にさらされている模様。


攻撃者達の口振りはYahoo!ニュースで紹介された江川紹子氏の記事によると、以下のようなものらしい。

「薄っぺらい」「ただのきれい事」「こういう過保護者が犯罪を助長する」「遺族に対する配慮がかける」「遺族を前にしても言えるのか」…


冒頭書いた通り、自分も「一人で」論がよぎった一人ではあるけれど、その考え方は支持しないし、上記の「攻撃」も全く共感しない。



◆「薄っぺらい」「ただのきれい事」

「薄っぺらい」の方は具体性が皆無なので解釈に困るところだけど、おそらく「ただのきれい事」と同じで、表面的なだけで実効性がない、あるいは「ただのええかっこしい」ということを言わんとしてるものと推測する。

この内容で批判するのであれば、批判対象は「理想的だが実現性に難がある」、攻撃する側は「直面する問題に対処するために仕方ない」といった事情があるべきだけど、「一人でしね」は感情に任せて吐き出してるだけで事件の解決にも再犯防止にも遺族や被害者の心のケアにもなってないし、二次犯罪誘発の危険性も含んでいる。

「控えて」はこうした問題を回避するための主張であり、実現不可能な内容でもない。

それと日本人は「偽善」という言葉で人を非難するのが好きな民族なので、このタイプの攻撃者もただのきれい事アレルギーである可能性も考えられる。

もちろんこういう理不尽な事件が起きた時に誰かに怒りをぶつけたい、溜め込んでおけないという「部外者の心のケア」もあった方がいい。
なので一度吐き出して自分を落ち着かせるのは良いと思うけど、SNSに吐いたり周囲に同調を求めるのはやめよう。

怒りや憎しみといった感情がもたらす衝動は、鎮静化や消滅ではなく増長、継続、拡散を求める。

なので怒りを受け入れてしまうと怒りが増すばかりで消えることがない。
そうなれば遺族は大事な人を失った悲しみだけでなく怒りも一生抱えることになる。

脳はストレスに弱いので、遺族や被害者にストレスを上乗せする言動は控えるべき。

SNSに吐くのも拡散するだけでなく、なまじ匿名性があるゆえに普段より攻撃的になりがち。そして引っ込みつかなくなって余計に攻撃性が増す負のループ。
攻撃者の精神衛生上もよろしくない。

拡散すれば社会に怒りが充満し、特に今回のように被疑者死亡の場合「新たな怒りのぶつけ先」を求め始める。

その結果集団の中での活動が苦手な人や引きこもりの人が追い詰められるケースが増え、追い詰められた人の中から今回のような犯行に至る者が現れる、となれば本末転倒。

誰も得しない。


基本的に怒りに飲まれるということは自分や周囲のストレスを継続的に増加させることにしかつながらないので、問題を悪化させることはあっても解決させることはできない。


地球人はまだまだ未熟だけど、悲劇を抑えたいならアンガーコントロールを身に付けていく必要がある。
怒りは弱肉強食時代を生き抜くための野性であって人間社会の統治には合わない。

◆「こういう過保護者が犯罪を助長する」

根拠なし。攻撃したいだけの言葉。

その可能性について検討する、とかなら分かるけど、根拠不明な持論で他人を否定するのは正当性に欠ける。

「おまえら地球が丸いと思ってんのか?バカだなあ」
というのと同じレベル。


それと気になるのが「過保護」という表現。

「犯人を擁護するな」
「犯人の事情なんて関係あるか。悪は悪」
「犯人の人権尊重し過ぎ」

と言っているように聞こえる。

視線が犯人にしか向いてない。視野狭すぎ。

「"一人でしね"はやめて」が犯人のために言ってる発言だと、本気で思ってるのだろうか。


「控えて」よりも「一人でしね」の方が犯罪助長の可能性があるのは前述の通り。


◆「遺族に対する配慮がかける」「遺族を前にしても言えるのか」

これは「言える」でしょうね。
タイミングは大事だけど。
遺族が救われるためにも必要。

大事な人を取り戻す、無かったことにすることができない以上完全に遺族や被害者の心を救うことはできない。

寄り添うことは身近な方に任せるとして、我々部外者に出来るのは「社会復帰出来るようにすること」「後追い、復讐に向かわせないこと」くらい。
そのためには許容値以上のストレスで彼らの脳が壊されないようにすること、ストレスが許容値を越えてエマージェンシーモードに入った彼らの脳から少しずつストレスを抜き取り、劣化させること。
再発を防ぎつつ穏やかな世の中を提供することが大事。
その為にすべきことは「しね」と呟くことではない。