結婚記念日の翌日、
休みも取れて、高原へと出かけた。

採れたてのお野菜を買ったり、
美味しいランチや冷たいジェラードを食べて
山の景色を見ながらドライブを楽しんだ。

「次に行くところはここだよ。」
Mさんが手作りジュエリーに案内した。
「Aちゃん、指輪無くしたでしょ?
 一緒に作ろうよ。」
そう言いながら店内へと入った。

ここは、好きなリングに
名前などを自分で入れて作れるらしい。

結婚指輪を無くした事…気にしてないけどな。

店内に入ってしまったし、
私はデザインリングを作ってみる事にした。

「サイズはいかが致しますか?
 左の薬指にはめますか?」
店員さんが聞いて来た。
「いえ、右手です。」
私はMさんの不倫騒動で指輪を外して以来
左の薬指には指輪をしないと決めた。

Mさんもそれを分かっているので、
右だろうと左だろうと気にしない。
ただ、指輪をプレゼントしたかったらしい。

リングへの文字入れ…なかなか難しい。
老眼鏡、持ってきて良かった〜(笑)
1時間後、なんとか完成。
ちょっと楽しかったので、
また作る機会があればやってみたいかも。






「さて、最後はちょっと上に行くよ。」
そう言ってMさんは展望台へと車を走らせた。

山の天気は変わりやすい。
今にも雨が降りそうな雲が広がっている。

展望台に着いて深呼吸。
森林の中を走る景色とは違う、冷たい空気。

「今年の結婚記念日どうだった?
 また1年宜しくお願いできますか?」
Mさんが聞いて来た。

私は答えられず、その代わり
会社であった嫌な出来事を話し始めた。

「今日の有休、Eさんと被ったの。Eさんとは仕事でのパートナーで仲良くしてるけど、変な関係ではのに、部長が『2人一緒に休み?出来てるのか?もう白状しろよ(笑)!今どき不倫なんて珍しくないしなー、W不倫とか(笑)』って言ってきてね……」

私はここまで話すと声を詰まらせ、
あの時の光景を思い出してつらくなった。
落ち着くと続きを話した。

「これってセクハラだし、また言われたら嫌だから、部長にteamsのチャットで伝えた…」

涙で声が詰まるけど、ゆっくりと話し続け
Mさんはただ頷いて聞いていた。

「『私は被害者として今でもPTSDで苦しんでいます。冗談でも、あのような不適切な発言は控えて頂けますか。』って…。部長は謝罪してきたし、もう二度と言わないと言ってた。ただね、思い出したくない事だから、凄く嫌だった…」

話を終えると、Mさんが言った。
「そんな事があったんだ…つらかったね。
 ずっと一緒にいるから。」

…ん?…つらかったね?
誰のせいだよ。

『彼女を一途に愛してた人が、
 また妻を愛せるのですか?』
そう言いたかったが、愚問と感じてやめた。


私が淡々と話したそのリズムと同じように
ポツリポツリと、雨が降り出した。
まるで涙のような雨。


「今ね、私の仕事が忙しくて、
 Mさんの協力がないと無理なんだよね。
 ご飯の支度とか…」
私が小さな声で言うと
「頼ってよ!甘えて良いからさっ!」
嬉しそうにMさんは答えた。
「ありがとう。」
私も小さく微笑んだ。


少し強くなった雨の中、
Mさんが私の手を引いて車へと走った。
涙のような雨は冷たいけど、
Mさんの手に、温もりを感じた。