台風の日は、自分の感覚で判断して出社するタイプでした。
その日も電車は動いていたし、風も問題なさそうだったので出社してみると、同僚はほとんど休んでいました。
ですが、出社すればやはりやるべき仕事はありました。
「自分が対応しなければ関係者が困る」という状況で、現場を守ることができた満足感がありました。
時折、インフルエンサーなどが「台風の日に会社に行くなんて、災害救助でもないのにバカだ」と笑いものにするのを見かけます。しかし、台風の日でも社会の業務がなくなるわけではありません。
災害救助だけでなく、電力・通信、物流、サーバー監視など、誰かが現場を守っているからこそ、そのインフルエンサーも安全な室内で動画を配信できているはずです。自分たちが依存している「社会の土台」への想像力が欠けているのではないでしょうか。
もちろん、世の中には「評価が怖い」「断れない」という自己保身から、愚痴を言いながら身体を壊すまで働く人もいます。インフルエンサーがバカにしているのは、そうした「責任感の皮をかぶった依存心」なのかもしれません。
しかし、外側の行動だけを見て、すべてを「思考停止した奴隷」と一律に切り捨てるのは浅薄です。
「自分が動かなければ人が困る」という強い覚悟と美学を持って役割を果たす人は、組織に利用されているのではなく、自らの意思で責任を引き受けています。見た目の行動が同じであっても、内面に主導権がある人間の精神は本質的に自由です。
「社畜か自由人か」という安易な二元論で人間をラベル貼りすることこそ、それ自体が思考停止ではないでしょうか。
弱さや自己保身を抱える会社員の歪みも、それを見下して優越感に浸るインフルエンサーの歪みも、どちらも人間のリアルな姿です。そうした社会の構造と人間の複雑さを冷静に俯瞰しながら、私はこれからも、自分の美学と誇りを大切に生きていきたいと考えています。