今日は夕方から娘と二人で、五反田レミイへ。


例のごとく、ランドリーを受け取ってから、


レミイに向かいました。



エスカレーターを二回へ上ると、


すぐに31アイスクリームが見えてきます。



いつものように、娘は、チョコミント。私は、チョコレートファッジ。


ほんとに、いつもいつもワンパターンなのですね。



娘は、必ず、「みどり!(チョコミントのこと)」となりますし。


私は私でチョコレート。



食べ終わってから、上の階の本屋さんで、


絵本を物色。


今日は「ようちえんの一年」というのを一冊。


早速帰ってから妻に読んでもらっていた。




ところで今日テレビで、脳の老化を止める方法、


みたいな番組をやってましたね。



いくつかコツがあげられていましたが一日の終わりに、


今日起こった良いことを思い出すのが、良いといわれていました。



このようにブログで、良いことだけをレビューして記録するのは


実に脳に良いようですね。



ではね。

さて現在、わが国におけるカントリー音楽は


かなり下火な状況です。


でも、年配の方はご存知のように


戦後の一時期は、かなりホットな音楽だったわけですね。



ビートルズが日本でもヒットし、加山雄三が牽引する格好で、


エレキブームが訪れたころに、


一時のブームが終了したのはないでしょうか。




とはいえ、


完全に火が消えることはなく、


70年代に入って、フォーク・ミュージックが流行しだしたことには、


見事にフォークと融合しながら、生きながらえれていたように


思います。




しかししかし、


そうこういっているうちに、ニューミュージックがブームになるころには、


完全に下火になり、


どちらかというと「ビンボーくさい音楽」として、


かなりマイナーな音楽となっていったのですね。


そのころの日本人にとって、


「ビンボーくさい」というのは、


一番いわれたくない形容詞だったのです。


それをいわれると、あとはどんなに立派なことを言おうがやろうが、


誰もが目を背けるわけです。


今から考えるとおかしな話ですが、歴史というのはそういうもんですね。



カントリーは、マイナー度でいうと、ハワイアンに近い感じかもしれません。



ハワイアンもちゃんと一定のマイナーなファン層が


きっと存在するのでしょうし、



近年のウクレレブームや、スラックキーギターブームなどに


のって、リバイバル的な匂いがしないでもありません。



でもカントリーは、まだ来てませんね。




ところが、ここへ来て、日本にカントリーがリバイバルする


お膳立てができてきてるように思います。



具体的には、アリソン・クラウスの米国での大成功や


その後の、テイラー・スイフトの大成功などが


じわじわと効いてくるように思うのです。



ここ十年くらいの、アコースティック・ブームも


その土壌として機能すると思いますし。



たとえば、ゆずとか、森山直太郎とかデパペペとか。



はたまたその源流となった、ゴンチチとか。


あるいは、アンプラグドのブームとか。



などと


いろいろカントリー・リバイバルの準備活動みたいなものは


あったのですが、まだまだブレイクにつながっていません。



こないだ、NHKで、高田渡の特集を「知る得」でやってましたが、


若い人にとっては、昔のフォークは新発見らしいですし。



カントリーも、新発見されるのではないでしょうかね。



私個人の予想では、オリコン一位の曲のイントロに


バンジョーやフィドルの音が鳴るのには、もうそんなに


時間がかからないように思うのですがね。



現代の若者の傾向にマッチしているように思いますし。


「ピュアな感じがすき」


「正しいものがすき」


「都会的なものが必ずしも言い訳ではないと思う」


「自然なものに惹かれる」


「うるさい音楽より、癒される音楽がすき」


とかとか・・・。




ちなみに、われらがアメブロで「アリソン・クラウス」で検索してみると、


若い方のブログに行き着いたりすることが多いです。



いろいろ考えて


ほんとにもうすぐな気がしています。



もしそうなれば、


アリソン・クラウスも、東京フォーラムあたりの


音のいいホールで見れたりするようになるでしょうし、


私にとっては、うれしい音楽状況が展開されるのですが。




がんばれ、若いミュージシャンたち。


たのむ。




ではね。

今日は、さいたま新都心へ行ってきました。


家族三人で、おかあさんと一緒コンサート イン スーパーアリーナです。


BSの三人が最後ということもあり、かんがいひとしお。


アリーナのいい席だったこともあり、楽しめました。



とはいえ、早めに三人で現地に到着しまして、


二人を待たせて、私一人で、ジョン・レノン・ミュージアムに行ってきました。



今年で閉鎖することを知った妻が、私がレノン・ファンであるにもかかわらず、


ミュージアムに行ったことがない事実を知っているので、


どうせスーパーアリーナに行くのだから、早めに到着して、


パパはミュージアムに行ってきたら?と促してくれたからです。


http://www.taisei.co.jp/museum/



今年の9月30日で閉館です。




実際、


ジョン・レノンのファンであることは、私のアイデンティティのかなり深いところに


根ざしております。



とはいえ、2000年にオープンした(と、今回知りましたが)にもかからわず、


これまで行こうとしなかったのは、もちろん距離・時間の問題が少なくなかったのですが、


実際、地元の大崎・五反田エリアからは、一時間もかからないわけです。



それは、前回スーパーアリーナに行ったときにわかっていたのです。


ということは、実際は距離・時間ではないのです。


ファンであることに対して、かなり思い入れが強くあり、


「彼の音楽が好きなわけだから、別に彼の遺品なんか見てもしょうがないよ」的な


斜に構えた態度なわけですね。



たとえば、ビートルズのTシャツを買うとか、グッズを買うとかすることに関して、


かなりの抵抗感がありますし。



特に彼を「平和の使者」的なポジションで見ようとする文脈が


最も苦手です。


少し自伝やなんかを読んでみればわかるように


彼は、かなり短気で喧嘩好きで浮気性で躁鬱的で。。。


とにかく、そんな「良い人」ではなかったように思います。


実際、平和のために、ということでいろんなアクションを起こしましたが、


その理由も、「平和のための喧嘩をしたい」といった趣が強かったのでは


ないでしょうか?



なにも、彼をことさらにひどい人間だ、などといいたいわけでなないのですが、


天才的なミュージシャンであったからといって、決して「聖人」ではないわけで、


逆に、聖人視することは、彼のミュージシャンとしての偉大さを称揚することに関して


ネガティブに作用してしまうのではないか?などと思うわけです。



それに、もっというなら、そういう「ワル」で「キッド」な部分が、


彼の魅力であり、彼の音楽の土壌だったように思うのです。



おそらく、ヨーコのレノン観が強く世間に影響を与えているのでしょうね。


その点、彼女はすごいプロパガンダ能力を持っているわけでしょうね。


ただし、彼女自身が語っているレノン観自体も、本当に彼女がレノンに対して


持っているイメージとも異なるような気がしないこともありません。



だって、かなりな程度の大喧嘩をして、別れていた期間もありますしね。


レノンの子供っぽいところや、困ったチャンなところを


一番知ってしたでしょうにね。



その負の部分をあまりに語らな過ぎるのと、


他方の良い面(これが決してうそだとは思いませんが)を語りすぎ、


だと思うのです。



とまぁ、いろいろぐだぐだ書いてますが、


つまり、


「俺はそこらへんのミーハーのファンとは違うんだ」といった


偉そうな発想なわけですね(恥)。


さて、


ミーハーだろうがなかろうが、実際に行ってみて思ったのは、


「やはりファンなら一度はいってみたほうがよい」という


単純な真実。



というのも、彼の実際に弾いていたギターの数々や


歌詞の走り書きなどを見ると、


彼の存在の距離が近く感じられるのですね。


これは決して、彼の存在が「身近に」感じられるのとは


違っているのです。



やはりレノンの偉大さに対する畏敬の念は消えないのです。



その上で、距離が近づくというか、


たとえば、ドキュメンタリー作家になって、彼にインタビューしたからといって


彼を親密に思うようになるわけではないが、


彼に対して距離が近く感じられる、


実際の彼の人間としてのリアリティ(本当に世界に存在した人間として)が


強く感じられる、といった感じが近いかもしれませんね。



とにかく、まだ行ったことのない、レノン・ファンは


飛行機代を使ってでも、行っといたほうがよいですよ。


http://www.youtube.com/watch?v=iAJ2AoEwDvY&feature=related



いやぁ、感激しましたね。


そして買いましたね。


図録、Tシャツ一枚、ピンズ一個、携帯ストラップ一本。



ここまでお読みの皆さんはお気づきのように


実際、私自身が言葉通りの「ミーハーなファン」なわけでしたね。



おあとがよろしいようで。


ではね。