職場でのカミングアウトは「両刃の剣」? 円滑なカミングアウトは企業にとってプラスなのか?

http://news.livedoor.com/article/detail/7807489/


「うちの会社にはLGBTはいないから、LGBT対応は必要ないのです」

これは、某大手企業の人事部長の言葉です。このように思う方は、日本では決して少なくありません。しかし、この会社は数万人規模の会社であり、LGBTは人口の5%程度(2012年、電通総研)ですから、統計的に考えても、いないはずがありません。LGBTは職場にいないのではなく、職場でカミングアウトできずにいるのです。むしろ、こうした会社でこそ、何らかのLGBT対応が必要なのではないかと思います。

さて、前回に引き続き、虹色ダイバーシティが実施したLGBT当事者向けの職場環境に関するアンケート調査(2013年2~3月実施、回答数1125人)の結果をご紹介したいと思います。

■約半数が差別的な言動を経験

<差別的な言動>

「職場で差別的な言動を見聞きしたことがありますか?」という問いに対して、「ある」「よくある」との回答がLGBT全体で47.7%、約半数でした。一方で「まったくない」と回答したのはたった6.5%です。

あわせて仕事の「やりがい」を感じるかについても質問したところ、やりがいを「強く感じる」「感じる」と回答した割合は、差別的な言動が「まったくない」と答えた人で7割程度だったのに対し、差別的な言動が「ない」「普通」「ある」と答えた人では、その割合がどんどん低下し、「よくある」と答えた場合では約4割でした。つまり、LGBTが差別的な言動があると感じる職場ほど、仕事のやりがいを感じにくいのです。

海外の調査で「LGBTであることによるストレスがあると、仕事の生産性が低下する」というものがありますが、日本の職場でもまさに同じ状況であると考えられます。

自由記載欄には数多くのコメントが寄せられました。

「○○くんってオカマみたいで気持ち悪いよね」みたいな会話を耳にした(20代レズビアン)。

「あの人は同性愛者っぽいから、エッチすれば常連客になってくれるんじゃないか」と言われた(30代バイセクシュアル男性)。

職場における差別的な言動の主なターゲットは、ゲイ男性ないし「オネエ」であり、記載された内容の約8割でした。この「オネエ」は、ゲイ男性を揶揄しているのか、女性的な男性やMTFを指しているのか、判別できない記載も見受けられました。一方で、レズビアンや女性的でない女性に対する差別的言動も多数報告されています。

■職場内の人を揶揄する言動が約3割

差別的な言動についての自由記載欄で、誰を揶揄しているのかを分析すると、職場の同僚(19.4%)、回答者本人(15.5%)など、職場内の構成員に向けられるものが3割を超える結果となりました。「(LGBTは)気持ち悪い」など、誰に向けられたものかわからない記載も多かった(47.9%)とはいえ、実際に職場の誰かを標的にした差別的な言動が、こんなにも多いことに衝撃を受けました。これらを悪気のない冗談として放置してよいのでしょうか? LGBTに関する差別的な言動は、職場におけるハラスメントのひとつとして、会社として厳正に対処すべきではないかと考えています。

また、LGBTを対象にした言動でなくとも、性差別的な物言いにひっかかりを感じるLGBTが多いこともわかりました。

「女は結婚して子どもを産むのがいちばん。早く子ども産んだほうがいいよ。結婚したいと思わないの?」(30代レズビアン)。

差別的な言動の例として、未婚者へのからかいや、女/男らしさの押し付け、一般的なセクシュアルハラスメントについての記載が目立ちました。これは、LGBTでなくとも、不快に感じる人がいるのではないかと思います。

■職場でのカミングアウトは「両刃の剣」?

カミングアウト(LGBTであることを誰かに伝えること)について尋ねたところ、上司、同僚、部下といった、職場の誰かにカミングアウトしている人は、LGBT全体で38.5%でした。中でも、MTFで61.9%、FTMで54.0%であり、トランスジェンダーで非常に高い割合となりました。トランスジェンダーは、服装や振る舞い、トイレや更衣室の利用など、日常生活上の困難が多く、周囲に伝えざるをえない、または、意図せず伝わってしまうという背景があるためだと考えられます。


カミングアウト経験者(以下、経験者)と非経験者で、それぞれ「やりがい」「ストレス」「人間関係」との相関をグラフにしました。経験者と比べて非経験者は「やりがい」を感じにくく、逆に「ストレス」を感じやすい状況だということがわかります。

この2項目はシンプルな相関関係でしたが、「人間関係」はとても興味深いグラフになっています。経験者の回答は「非常に悪い」「非常に良好」にそれぞれピークがあります。つまり、職場の誰かにカミングアウトすることは、人間関係を「非常に良好」にすることもあれば「非常に悪」くさせることもある、言うなれば、「両刃の剣」であることを示しています。

実は、性同一性障害者に関する先行研究でも、同様の指摘があります。岡山大学の中塚幹也氏らによる「性同一性障害当事者の就労の現状と課題」によれば、職場でカミングアウトした性同一性障害の当事者のうち、人間関係が「よくなった」と回答したのが22.5%、「悪くなった」5.0%、「どちらもある」35.0%、「変化なし」37.5%でした。

カミングアウトして自らの状況を説明し、それが受け入れられた場合、周囲との信頼感が増し、コミュニケーションが増え、人間関係がよりよくなる。そうした状況は私自身も経験があり、実感として理解できます。しかし、逆に、周囲の人がカミングアウトを受け入れられなかった場合、うわさ話やイジメの対象になり、周囲と壁を作ってしまったり、争いが起きたりして、人間関係が悪化する。こちらも友人たちの経験として、聞いています。これは、当人の問題であると同時に、周囲の人の問題でもあると思います。

最後に、職場のLGBT施策への期待についても調査しました。全体の77.1%が「なんらかの施策が必要」と回答し、ニーズが高いのは「同性パートナーへの福利厚生の適用」(67.1%)、「差別禁止の明文化」(44.8%)でした。カミングアウトしている人ほど、LGBT施策を求める傾向が認められました。

「差別禁止の明文化」は、まずは、職場の差別禁止規定の中に、性的指向や性自認という文言を足すだけですので、LGBT施策に新たな予算をつけるのが難しいという企業は、ここから取り組みを始めるのがいいのではないかと思います。

■今後の課題は

以上、2回にわたって、アンケート調査の結果をご紹介しました。これまで、職場におけるLGBTの状況については海外のデータしかありませんでしたので、今回の調査は、初めて日本のLGBTの職場環境を明らかにしたものとして、非常に意義深いものだと自負しています。この場をお借りして、調査にご協力いただいた皆さまに、心から感謝したいと思います。

アンケートの感想欄には、「この調査を、日本の会社を変えるために生かしてほしい」という当事者の願いが書かれていました。この貴重な声、自分の職場ではカミングアウトすることが難しいかもしれない「声なき声」を基に、日本でLGBT施策に取り組む企業を増やし、「LGBTが働きやすい職場づくり」を進めることが、今後の課題です。

LGBTが働きやすい職場というのは、実は、LGBTではない人にとっても、働きやすい職場になるはずです。LGBTの視点で職場を見直すことは、職場の男女による違いを別の角度から検証することにもなり、女性活用やダイバーシティ施策を推進する力になります。

「LGBTの問題って、うちと関係あるの? 外資系や大企業だけの話じゃないの?」

今、このコラムを読んでいる方の中にも、LGBT施策に興味はあっても、自分の会社でできるだろうかと、迷っている方がきっとおられると思います。日本の企業、大企業から中小企業まで、「約半数の職場で差別的な言動」があり、そのことが「社員の人間関係やストレスに悪影響を与え」「やりがい(生産性)を阻害している」。今回の調査で得られたデータは、日本企業がLGBT施策を始めるための、ひとつの強力な材料になるものだと思います。

私たち、虹色ダイバーシティがかかわってきた企業をみて言えることは、はじめの一歩を踏み出だせば、次の景色が見えてくるということです。「LGBT施策に興味がある」と誰かが言い出せば、同じく興味がある仲間が集まります。社内勉強会を開催したら、社内の当事者からフィードバックがあり、さらに別の施策を考えることができるようになります。

はじめの一歩ですが、たとえば、このコラムをSNSでシェアしたり、社内で紹介したりすることから、始めてみてはいかがでしょうか? LGBTかもしれない同僚のために、勇気ある一歩を踏み出す人が現れることを、心から願っています。