「組織の一員として」苦言を呈される | 「ごめんなちゃい」

「ごめんなちゃい」

■飾り職人から障害者支援員に加齢に転職した男の記録■

 

就職してから一年。

 

利用者さんとのコミュニケーションにも慣れてきて

もう怖いという気持ちは無くなっていました。

そして支援について疑問が湧くと、すぐに本を取り寄せて

その本を何度も読み返し、自分なりに理解する事を続けていました。

 

 

そうなりますと見えてくる物が有ります。

施設の決まりや他の人の支援が変に思えてくるのです。

そして私は疑問が湧く度に先輩支援員に相談することになりました。

それでも解決しないときは、ハッキリと

 

「おかしい」

 

と言い続けていたので、反感を持たれる場合も有ったでしょう。

それでも数人の支援員との話し合いの中では共感出来る想いもあり、

違和感は少しずつ解消されていく感じがありました。

 

 

施設では懇親会という理由で頻繁に「飲み会」が行われているようです。

ある日の懇親会に誘われた折、施設への紹介者であるSさんから

 

「少し早く行かないか?」という申し出があり

集合時間の30分前には二人で席に着いていました。

そこでSさんは、やおら話しを切り出しました。

 

 

「しま猫君、お疲れ様。もう慣れて来たようだけど どう?」

 

そんな取り止めもない雑談の後に、他の人達より少し早く来た

目的の話が切り出されました。

 

 

「しま猫君は支援について あれこれ疑問を持っているようだね」

「とても勉強していて、それは良いことだと思うよ」

「でもね。施設は組織であり、組織というのは和が一番大事なんだ」

「和を乱すと言う事は組織としての大きな力を失うことでもあるんだよ」

「だから私たちに反発する考えを持った人とは付き合わない方が良いよ」

 

本人はオブラートにくるんだような言葉にしたかったと思いますが

あからさまな私への苦言です。

私の発言は、思わぬ形で私を「異端者」にしてしまったらしいです。

でも私には組織を壊すなんて気持ちは全くなく、

むしろ良い組織の中で働きたいと思っていました。

それがなぜ異端者になってしまったのか?

 

 

その原因の一つが「派閥」に有ると思いました。

こんな小さな施設においても派閥は存在し、

誰が誰のグループなのかという事が重要な判断基準になっていました。

 

私はSさんの紹介で この施設に入ってきたわけですので

当然「Sさんと同じグループに属す」という事です。

しかしながら他のグループの方と仲良く話をしている事もあり、

その不穏な行動に釘を刺された形になります。

 

 

私はどの派閥に属する事も拒否したいし、馬鹿げていると思いますが

この後も飲み会が続くわけですし、ここは大人しくしておこうと

 

「そうですね。私はまだ組織という物を良く解っていないので

軽率な行動を取ってしまうと思いますが、気をつけますので

これからもよろしくご指導お願いします」

 

そういうとSさんは、満足げに酒をついでくれました。

私も一理あると思い、組織という物に配慮しながら支援をしていこうと

その時はそう思っていました。

しかしながら私の探求心は、飾り職人時代と少しも変わらず

徹底的に調べ、おかしな所は解決するという行動は変わりませんでした。

 

「ああ、紹介してくれたSさんに申し訳無いな。

でも派閥なんてクソ喰らえだし、自分は自分らしくしか生きようがない。

それがダメなら辞めるだけだ」

 

そんな意気込みとも捨て鉢とも思える気持ちのまま、

私は私らしく支援を続けていました。

 

 

これは2年数ヶ月経っても変わりません。

それによって私がどう思われているかを知りたいとも思いません。

「和」は確かに大切な物でしょうが、支援に対しての疑問は

利用者さんの一生に繋がる、それ以前の話しです。

 

やがてSさんからは「2回目の苦言」を呈されてしまう事になりますが

そのお話は もう少し後にします。