家の廊下や居間が手すりだらけになった
そして今日も手すりを付ける
引き戸やふすまにはタオル掛けを手すりとして代用する
母親のために、いつかの自分のために
今日は主任会議と研修がある
木工も忙しいがやってられない
地域の回覧板や配り物も有る
もうネットでやれや!
さて
これから20分歩く
もうやらないと間に合わない
また徹夜になるのか?こんな状況で嫌だな。
そう思った施設の資料作り
今日できていた
私と母の病気
二人が相次いで入院するという過酷な状況を知って
同僚が少しずつ資料作りを行ってくれていた(泣
ありがとう。本当にありがとう
申し訳ない
こんなときは掛け値無しに嬉しい。
夕飯はサーモンハラスが乗った弁当
キャベツの千切り、ミニトマト1パック、玉ねぎスープ
腹9分目
少し食い過ぎた
今日、施設でイベントに出すパネルの枠を作ったが
接着の時の不注意で4mmほどズレて枠を作ってしまった。
どうしようと思ってパネルを嵌めたらピッタリ
なんとパネルも4mm狂っていた。
こんな事ってある?
今日は救われることが多かった日だな
良い夢を見られそう
5時にセットした目覚ましが鳴って驚く。
通常勤務の時は5時半にセットしていたのだが
20分歩く都合で5時にセットしたら
深い眠りからいきなり起こされビックリした。
目覚まし時計ほど嫌な物は無い。
私は自分一人の時間が侵されるのを極端に嫌う。
いきなりの電話もそうだ
たとえ重要な連絡でも、集中しているときに来ると
暫くは混乱して、また元の集中に戻るのに
一時間以上かかけるか、あるいはその日は戻れないw
リタイヤしたら携帯、目覚ましは破棄
一人の時間を大切にしようと思う。
昨日、支援員と施設を良くするにはどうしたら良いかを話し合ったが
それは無理っぽい、難しい、喧嘩になるなどの発言が相次ぎ
はたして良くしようとする気があるのか
真剣に考えていないのでは無いか
他力本願過ぎないか
悩みを相談してきたのに無理だという言葉ばかりで落胆した。
落胆するのも相手に期待し過ぎな執着だと思うが
みんなこうしてやる気を無くしていったんだろうなと
施設の風土病みたいな物を感じられた。
「他者の悪口なんて言っている場合じゃ無い」
「そんなくだらないことをする時間が有ったら
良い施設にするにはどうしたら良いか考えよう」
そうは言っても悪口が最高のご馳走のように
みんなそれを嬉しそうに時間を消費している。
支援を継続するには誰かを悪者にして
共通の敵を持つことで自分たちの正当性を確認する
悪意を持った承認欲求の満たし方のような物だろう。
「今はもう限界まで人手が無いので、今働いている人は
一人も欠けて頂きたくないです」そんな言葉も嘲笑されてしまう。
明日の会議も無駄になるのかな?
私が弱気になったら駄目だろうけど
孤軍奮闘して笑われているだけのような気がしている。
たとえそうでも意味のあることをしていると信じる。
さて
歩くか