引退ブログ DF/主将 #10 橋本颯馬
28代目島根大学男子ラクロス部主将を務めさせていただきました、橋本颯馬です。
平素より島根大学男子ラクロス部を応援・支援してくださっている方々、心より感謝申し上げます。
今年度は特に、チームに対してOB・OG、保護者の皆様始め数多くの方々の支援を感じる機会が多くありました。この場を借りて感謝申し上げます。
そのご支援、ご声援の甲斐あって、2年前より目標としていた「一部昇格」を達成できたものの、真に目標としていた「final出場」は達成することができず悔しさが残る結果となりました。
来年、1部の舞台で戦う島根大学男子ラクロス部をよろしくお願いいたします。
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引退して2ヶ月ぐらい経ちました。
普通に練習に参加しているので....と言いたかった所ですが、11/1の入替戦の運営でオフィシャルBOXを持った際にぎっくり腰になり、そのまんまヘルニア(仮)へと突入しました。
腰は月(にくづき)に要(かなめ)と書きます。とても重要ってことです。多分ゴルゴ松本も言ってました。現役は大切にしてね。
ついに自分たちも引退ブログを書く時期になりました。
ただ、自分は10月頭にあげたfinal4へ向けての決起ブログにて、今年のチームの改革+思いの丈はかなりの色々書かせてもらったし、あの想いが全てでした。
当然、final4で引退する気はなく、待ちに待った岡大とリーグ戦で戦える機会。個人的に思い入れ強い大学だった事もあってかなり昂っていた気がする。みんなも生活ほとんどをラクロスにコミットして、練習・MTGしてました。
ただ、結果は5-9
1Qで0-4という絶望的な状況から、2・3・4Qとうちの強えOFたちが得点してくれて徐々に点差は縮まっていったものの、岡大はDFをスタメンから控えに変えていったのは事実。点差以上の差が確実にありました。
4Q終了の笛が鳴り、毎試合のようにホームアウェイ、オフィシャルへの挨拶を終えました。
負けたのか。引退したのか。涙出たりしないもんなんだな。とか思いながら。
最後に応援席での挨拶。
特にこの試合の応援では岡大より全然少ない人数なのにまじで負けてない声量でまるで一緒にフィールドでプレーしているみたいな熱量で最後まで応援してくれて本当に感謝しかなかったです。
1回生、先輩たちに向けて喋ることを決めてなく、
見切り発車で話し始めたら、このクソ暑いリーグシーズンで毎試合連れてきて今年からなかじさんが仕込んだ応援歌を試合のたびに歌ってくれたなぁとか、香川とかめちゃくちゃ遠方にも関わらず応援しに来てくれた先輩たちの存在に助けらたなぁとか…
プレーでは吾朗が前半決められても折れずに後半スーパーセーブの連発、小川のGBからの速すぎるランクリ、ラスト数分のマンダンで決め切ったひかる。特にこの1年間、幹部で頑張ってきた同期が岡大相手に意地を見せてくれた。
いろんな感情でぐちゃぐちゃになってめちゃくちゃ泣いてしまいました。
自分は1年通して何を示せただろうか。
正直、中四国finalを掲げた主将がするレベルのプレーではなかった。
決起に書いた通り、やれることは全てやろうの精神で幹部らとコーチでこの1年はずっとチームのこと考え、当たり前だけど個人としても壁、ジム、ビデオ反省はマストでやっていた。
プレーを通して背中で語る的なことができない主将だと自覚してたから、かけている時間・熱量、発信量はチーム内ではもちろん、同じ地区内でも突出してないといけないと思っていた。
その熱量の巻き込みでちょっとずつだけどそれについてきてくれる同期や後輩等もいてようやくチームと呼べるものになったと思った。でも負けた。
何が間違っていたのか、どうすれば勝てたのか、どうやったら岡山相手に広島vs徳島が見せていたようなヒリヒリする試合展開ができたのかは正直今もわかりません。
その3校とはこれまでかけてきた時間が違う、一年じゃ無理と言われたらそれまでだけど決断をしてきた以上、この問いは残ります。
今年は特に選択を迫られることが本当に多かったです。
これまでの島根らしい雰囲気、それを重視するチームを続けるのか、それとも外部からコーチを呼ぶなどの前例ないアクションを起こして勝ちを目指すチームに舵を切るのか。
部員の中には前者を求めている人が多いこともわかっていましたが、それでも後者を選びました。
以前の良さを引き継ぎつつ、みたいな選択もあったかもしれないけど2年3年と負けてきた過去から自分たちが取る選択は決まっていた気がする。
実際、その選択によって辞めていった部員が例年以上にいた。
もし別の選択をしていれば、違う未来があったのかもしれない。
チームのことを決める以上、その責任を受ける覚悟が必要だと思っていました。
だからこそ、選んだ選択は絶対に正解にするような覚悟が必要だと思う。
だから、どんだけ頑張ってもどんだけ綺麗なこと言っても負けは負け。
でも間違っていたのか?
今なお答えは出ていません。
負けたからチームは、この一年の取り組みは失敗だったとは言いたくないし、思いたくない。
ただ、少なくともやる気があるのかないのかよくわからない、方向性もやりたい事もフワフワしていた集団が少しずつ技術があがり、組織としてまとまっていく、幹部の熱量が部員たちを巻き込んでチームと呼べるものになっていった過程は最高に楽しかったし、今後忘れる事ない経験になりました。
このチームで主将ができたことは大きな財産だし自分はこのチームが心から好きでした。
改めてこの1年間ありがとうございました。
そもそもこんなチームを作りたいとか、1部に上がりたいとかを最初からめざしていたわけではなかったです。
主将というのは1年生から熱量高く、ラクロスの楽しさにいち早く気づいた、下級生ときからチームである程度技術・組織面で力を発揮している人がやるパターンが多い??でしょうが、自分は全くそうじゃなく、本当に色んな人との出会いでゆっくりラクロスにのめり込めました。
出会い、感謝含めつらつらと。
1回生
サークルないかなーって思ってスポーツ大会へ。なんとそれがラクロス部でした。
BBQ・海・コテージ・年4回の大飲み会・2次会カラオケやらキラキラした話を写真付きで聞き、そんな大学生活を夢見てた自分はすぐ入部。
そっからラクロの魅力に気づき、みたいなことは一切なく、週3回の練習をとりあえずこなし、部員と遊び、あとはバイトばっかの毎日。
球技のセンス0、自主練もしない、そんなやつのプレーはお粗末でした。
サマー・ウィンターは散々でどっちもひかるがグラボ崩れ?から決めてくれてギリどっちも1勝。
この時、人少なくて出させてもらった岡山大学戦は0-32。
今見るとどれも見るのがキツい試合だし、そん中でも自分が多分1番下手。
ウィンター終わりにはロングの先輩から今日の戦犯お前やで〜とか言われる始末(この発言あらためて強い)
それを悔しがりはするものの、自主練は壁が遠い、バイトが...とか三日坊主ですぐやめる
同期と会うため。終わった後遊ぶため。
それが自分にとってのラクロス。
年明けてユース練へ。
なんで行ったのかはあんまり覚えていない。
こんな自分を気にかけてくれる柳さんにいいカッコしたかったとか小川の目キマってたからかも?
その日の練習は島根と岡大だけ。練習はどれもめちゃめちゃ足を引っ張っていた。
特に自分は論外すぎてクロスの持ち方から指導してもらっていた。
当時のユースDFコーチをしてた村上たくとさんに声かけてもらって、練習後にフォームとか1on1のフィードバックしてもらえたりわざわざ部室に連れて行ってくれて映像解説とか見せてもらったり…今考えてもありえないぐらい優しくしてもらった。
最後、たくとさんにまた次もやるから来てねと小川と一緒に言われて、練習中はずっと恥ずかしくて次もう行かないなーって思ってたのにもう一回行ってしまっていた。
下手すぎ、知識無さすぎの自分らにあんなに優しく教えてくれる人がいるんだとラクロスコミュニティの良さ?みたいなここでモノを知った気がします。
本当にありがとうございました。
2回生
香川・山口の連敗で26期が引退した。
目標としてた1部昇格とは程遠い結果。
26期は練習に関してちょっぴり不真面目な人がいたけど、ラクロスクソ上手いし、プライベート最高におもろい、全員変わってる人達ばっか。
当時、同期の中では可愛がってもらってて大好きな先輩たちでした。
だから引退した時は結構引きずった。
個人として試合に出たのはたった2分程度のssdm。特に世話になったのに試合でなんも返せず、引退が決まって泣いてるやなぎさんを見るのがかなりキツかった。
加えて外野から全然だめだったねみたいなこと言われてめちゃくちゃ悔しかった。
まあ、結果は1勝2敗。
そりゃあチームは失敗だったと外からは見られてしまう。
ただ、島根もっといいチームだよって見せたかった。チームの価値ってもっと別にあるのに。
チームで勝ちたい。島根を強いチームにしたい。
多分これが一番の転機になった気がしてます。
現役たち、2月の決起ミーティングで急に泣き出したのはコレです。意味わかんなくてごめんなさい。
11月も半ばになり流れで大会委員長に。
以前までやったらそういったモノは中四国なら岡徳が...とか思って絶対やらなかったけど何かのきっかけになるかも?とか、まことさん、ひろとさんの2部チーム、頑張ろうとしてるチームがやるのが1番意味ある的なことを言われ、もう口車に乗せられててもなんでもええや、やって正解にしようと思って引き受けました。
そっから学連にちゃんと入り、少し喋らせてもらった大輔さんに、出身が愛知なら南山納めいこやーって言われて行くことになりました。
これも本来なら絶対断っていたけど上手くなりたくて行くって返事してました。
当時の技術で言ったらマジで中四国ウィンターのロングでも真ん中?もっと下?のレベルで完全にスクリメは場違いだったけど何か掴まないと帰れないとか思って午後のアフターも参加してみた。
初めて会ったのに聞いたらアドバイスくれるし、学生から社会人まで本当に多様なラクロッサーみんなマジで楽しそうにラクロスやっている環境にいけたのはかなり良かった。
その後も大輔さんに1/3に南山で自主練するけどくるー?って言ってもらえて社会人の人とのシュー練とかさせてもらった。
少しずつラクロスというスポーツ、いろんな人との出会いが本当に楽しかった。
春休み、れおの家泊めてもらって京都工芸繊維・阪大に武者行ったり、小川がなんかの抽選当ててくれてたおかげでセカイクロスタダで見に行けたり、本当は武者行くつもりなかったのにせっかく東京来たんなら、と東大武者行ったり。
この時の京工繊で初めて会ったなかじさんは自分らの代でコーチやってもらうことになるとか全く思ってもなかった。
なかじさんは練習後喋った時に
来年3回生なん?やとしたら下手すぎるやろ笑
って言われたのが出会いだったからぶっちゃけなんやコイツって思ったけどクロス編んでくれたり、チームの話とかしてるうちになんか好きになってた。人たらし。
東大は本当に技術もフィジカルも別格。考えること、知らないことだらけで頭破裂しそうになりました。
そこで当時の主将徳橋さんに声かけてもらえてその後3年冬、DMから始まり小川と自分でDF組織のこと聞かせてもらったり。本当にありがとうございました。
この時は絶対に来年一部昇格したい。そのために上手くなれるチャンスがあれば出来ることはなんだってしよう。とか思って身の丈に合わない事も多かったけどやってました。
3年
日程決めやら、GDやらのリーグ運営がかなり忙しくて、(開幕宣言全カミするし)チームが強くなるために学連入ることを選んだはずなのにどんどんラクロスする時間が削られていきました。
去年リーグで何もできなかった後悔からプレイヤーとして貢献しようと思ってたのにあまり貢献できず。
結果、絶対勝たなくちゃいけない、昇格できるに決まってると思ってた香川大学に2連敗で入れ替え戦へ。
今年は終わり。来年1部頑張り直そう、勝てるわけないとか
チーム全体めちゃくちゃネガティブモードで愛媛戦挑もうとしてたら小川が
ここマジでやらんと来年絶対いい入り方できんで。後絶対勝てるやろ。
ってDFMTGで先輩含めてみんなめっちゃ怒られて目が覚めた。
当時出せる1番いいDFだったと思うが、それでも1部と2部の差はデカすぎた。
2部残留確定。
こんなに色々やって頑張っても上がれねーんだ。とか1部でラクロスできないんだとかマジでネガティブだった。
来年への不安と何したらええか、勝てるんか分からん気持ちでいっぱいだった。
12月、全学の会場責任者やってた関係で出会った北海道の学連委員長りくとさんに何の気なしにチームのこと話したらめちゃくちゃ相談乗ってもらえた。
小樽商科がその年finalまで言ってて特に自分たちと目指していた境遇だったのも大きかった。
その基準でfinalとか目標たてたの?とかそれで後輩ついてくるわけなくね?って言われ結構萎えたけどこれがこの一年頑張れた原点の1つになりました。
おんなじ学生やのに努力の基準が違う人の存在を知った。
やれること全部やらなくちゃ
改めて決意した日になりました。
その後も
本格的に新チーム始めて、一回チームぶっ壊れかけた時、岡大のはたしんさんと喋らせてもらって主将の言葉で何を伝えるべきかどう引っ張るべきか改めて考え直した。
当時結構限界だった自分がもう一回、リーグ開幕直前の6月から、遅いことなんてないと割り切ってチームを見直すことに振り切れた。
2、3年生の時に選んだ選択でできた縁が最後の年まで助けられました。
こっからの4年は決起に書いたのがほとんどなんで省略。
長くなってしまったけど、いろんな経験をさせてもらえました。
ここからは自分がラクロス通して得れた事。
1.とにかくやってみる。
めっちゃバカっぽい。
2年で26期が引退してラクロスに向き合い始めて以降、やらずの後悔はしないようにしてきたつもりです。
なんでもとりあえず行動してみる、最初は熱量だけでも、勢いだけでいい。
ラクロスはそのエネルギーを無限に受け入れてくれる環境な気がします。
自分で言えば、
・一回生の時のユース練
・大会委員長やった
・大輔さんに誘われて行った南山納め
・関西・関東・東海の各地区の武者・学連で出会った人たち
などなど
どれも当時の自分からするとキツい、どう思われるか考えると怖いとか行くだけ後悔するんじゃないか?とかいろんな感情があったけど行かなかった後悔はダサい反省しか出ない。いいからいく。みたいな気持ちでした。
行ったからからにはやる。やらざるを得ない環境に自分を持っていく。
ここでもし話しかけに行けば、DMすれば、武者行けば、行った先で質問すれば、アフター誘えば、上手くなれるかも、なにか縁ができるかもしれません。
後輩たちにはラクロスする4年間、山ほどある分岐の中からしんどいけど楽しい、上手くなれる道を自分から選んで欲しいと思います。
できた縁を大事にしなくて、切りたくなくて
前日で部員全員で大雪のグラウンドを朝から日が暮れるまで除雪して北九州・なかじさん、やなぎさん、大輔さん合同練した日もありました。
とはいえ、アレは流石に無茶苦茶で迷惑かけました。みんなごめんね。
2.基準
色々振り返って書いたけど、岡大・広大とか、島根以外の人が見たら当たり前じゃね??わざわざ書くこと?ってなると思う。
島根と中四国1部、他地区強豪では当たり前だけど基準が違いました。
壁、ジム、ビデオ反省なんて当たり前のルーティン・武者行くのが当たり前、練習試合たくさんして当たり前。
俺らが勝つためにプラスαのつもりで積み上げた努力なんて1年のうちからやってる、最低限と思ってるチームがいる。
自分はこれに少し気付けたのは3年冬ぐらいでもったいなかった。
3.今更とか考えない
これは4年になって思ったこと。
特にチームに関して。
最初主将なった時、理想のチーム像がガッツリあって最初はそれに近づけてそのチーム像から外れたらに関して都度修正する。みたいな想像をしていました。強いチームのやっている取り組みを全部やれば強いチームになると本当に思ってました。
でも実際チームにいる部員それぞれのバックグラウンドは違っていてラクロス大好きなやつから嫌いなやつ、ルール守るガッチリしてるやつからなんとか抜け穴を探そうとするやつ、従わないやつ。他にやりたいことがあるやつ、マジで無気力なやつ..etc...
多分強豪ラクロス部にはいないやつも何人かいると思うけど笑
だからこそこんな奴らを他の大学がやってる常識に当てはめて考えるのは無理だ!!ってチームを見直した。
個人のスキルもラクロスもちゃんと向き合ったのは4年から。これは流石に遅すぎるけど。
だいすけさん、はたしんさんとか徳橋さんに壁・クロスワークのストーリー上げてコメントもらったりビデ反、動画をおがとかなかじさんと見たり。
正直DF戦術を理解したの4年なってから...
今更、なんて思っていても無駄だし、むしろ出遅れてる分やるしかない。
最後に自チームへ向けてメッセージ
同期幹部へ
本当に心の底から支えられました。
ラクロスに関わる全てずっとしんどそう、でも同期と遊ぶと1番元気になるしおん。
まりんが辞める時からおがと俺で何度引き止めたか。新チーム始まる時にいきなり幹部いれて、理念やらなんやら、色々考えさせて正直1番しんどかったと思います。本当に最後までチームスタッフとして頑張ってくれてありがとう。
トラブルメーカーごろう。ほんまに幹部なってからえげついミス連発して、本当に京工繊のゴール借り忘れ発覚した時の車では俺もおがもマジでブチギレてました(^○^)
でも1番自主練の発信してる。FPJ代表やっちゃう。常にキャパ超えて頑張る姿勢はほんまにハッパかけられました。
ゴーリー始めたの2年の冬からなん以外に忘れられがちだよね。
2年ぐらいまで口癖レベルで僕辞めるから〜とか言ってたのにラクロス大好き熱い男になったひかる。めちゃテキトーな感じ出しといて寝坊とか規律めっちゃ厳しいのトラップすぎた。色々怒らせる役回りかってもらっててすまん。勝手に新人委員にしたのは俺が執行部まで残ったこと、大塚という親友に出会えたことに免じて許してください。
最後に小川。基本的に全ての改革のきっかけ。あらゆることを一緒に決めてきたし結構感情で、勢いで決めてしまいがちな自分をすげー論理的に都度、修正してくれました。本当に頭が上がりません。
後、歴代で1番うまいDFやったと思う。最後までプレイヤーとして横に立てず、孤立させて悪かった。
学部学科違うのにほぼ毎日一緒にいたせいでこんなにラクロス漬けになってました。
いまだにラクロスの動画めっちゃくちゃみてたり話ししてるのみるのはマジでラクロス亡霊。
幹部らとは最初の方針決め、練習試合前後、毎日の練習内容、チームのトラブル、運営・ゲームプランほんっっとうに全てのMTGをしてきましたね。
よくあんなにMTGできたもんだ。
普段からなんでも共有できたし、主将は孤立するみたいな話はよく聞くけどそんなこと全くなかった。
幹部じゃない同期たち
変な括りですがゆるしてください。
本当に穏やかなみんな。幹部が厳しいこと言わなくちゃいけない、ギスギスした時も穏やかに、その存在で、声で和ませたり、盛り上げ要因になってくれて。
頼んでないけど自然に裏でチームの、メンケアを担ってくれてたと思います。
お前らがいたから小川、ひかるはチームに対して厳しく言えた部分も絶対あったと思います。少なくとも俺は助かってました。
いつき、けいと、ザキは教採やら就活で休部するならチームを離れた方がみたいなこと言うこともありましたが断固として認めなかった。コイツに何を言っても無駄やって多分根負けさせてしまったかもしれないけど、、
逆にけんぼうに関しては6月ぐらいまで就活全くしてなかったから逆にコイツどうするんや?って思ってたけど。
あと残り数ヶ月、卒業旅行楽しみましょ
29期
あおし、せんと
クソ生意気で口悪いし、何回も家まで起こしに行ったのに逆ギレしてくる。ひどい。
でもラクロスにおいてはマジでピカイチに上手くて、真摯で、本当に頼りになりました。山大の恩は一生忘れません。本当に4Qの後半で5-6の時は一年の思い出が走馬灯になってた。
真夏、上回3時間+一回2時間練とかいうキツすぎの練習なのに1回練統括してくれてありがとね。
来年はエース兼、最高学年で昨年以上に重圧がかかると思うけどそれすら楽しめる2人であってください。
まおちゃん
過去最速で1人になったTSでよくここまで続けてくれました。部活という概念が好きって言うけど熱量があるかよくわからん子。もっと感情出してみてもいいんじゃないでしょうか。波ある同期、個性派TSをまとめ上げれるように頑張ってください。
れお
書こうかちょっと迷った。
去年は本当にチーム改革の不満を一身に受けさせて、苦労かけてごめん。戻る決断をしたということは戻りたいと思えるチームになってたのかな。
去年のリーグを経験せず、いきなり主将になるっていう前代未聞のパターン。来年は去年以上に大変なシーズンになると思います。今もなかなか人に頼らず解決しようとしているところを見るにまた溜め込むんじゃないかなと心配しています。頼るべきところはしっかり頼ってラクロスする時間作ってね!!!
2回生へ
人数いるのでまとめてm(_ _)m
本当にこの1年いろんな感情ある中でよくついてきてくれました。本当にありがとう!!!
ただ、面談とかで話した時に感じたモチベとそれに対する行動が中々結びつかない子が本当に多くて、結構頭悩ませてました。
とりあえずやる!みたいな脳筋な?思い切りもったら絶対世界変わるしラクロス楽しくなると思う。ラクロス人生はもう半分切っています。再来年は本当に技術云々言ってる余裕なくなると思うので来年が勝負。頑張れ!
1回生へ
今が本当に勝負どころだと思います。上にも書いたけど俺はこの時期ラクロスに熱中しなかった後悔が最後までありました。
がむしゃらでもいいから頑張ってくれたら嬉しいです。この1年全試合の応援本当にありがとう。1回生の応援含めて本当に一丸となったリーグでした!!
S&C:古澤さん
今年1年全く縁もゆかりもない島根のコーチをしてくださり本当にありがとうございました。
遠隔で、チームの基準がかなり違う中で実際島根にまで足を運んでくれて、本当にありがとうございました。迷いなく筋トレができるようなメニュー組み、バイクトレのおかげで最後の試合走り切ることができました。来年以降もラクロスするためのフィジカル、という文化を後輩たちが継承してくれることを願います。
DFC:大輔さん
マジで中四国の開拓者で小川と俺が憧れたプレイヤー兼恩人です。
外部と交流しようと思えたのは大輔さんの行動力にめちゃめちゃ影響受けました。
学連の初合宿でほとんど交流なかった自分を南山納め誘ってくれたり、壁・武者誘ってくれたのが本当にありがたかったです。
ただ奥村さんとか社会人ラクロッサーと1/3に南山でシュー練させてもらった日に寝坊してきたのはマジで泣きそうになりました笑
4年時にはまさか島根来てくれて、まさかまさかDFのコーチとして入ってくれて本当にありがとうございました。
やなぎさん
自分のラクロスやるきっかけになりました。
中四国ではどこ行ってもやなぎの後輩?から好印象で入っていったのはやなぎさんのおかげ。
特に今年の幹部はやなぎさんのために、、みたいな柳畑チルドレンだったと思います。
引退してからもちょくちょくきてくれる、話聞いてくれる。応援来てくれる。最高のOBの1人でした。
特に最後の年はフレッシュマンコーチありがとうございました。
AC:なかじさんへ
マジで今年1番喋った、世話になった人でした。幹部コーチラインで喋らん日ほぼないし、そこが稼働してない日は個チャで1〜2時間電話してチームのこと、ラクロスのこと喋ってましたね
ちょ5分だけええ?
で5分で終わった電話は一回もなかったな
コーチしてくれたこの1年間で
「中島君激ヤバエピソードで打線組んでみた。」
が余裕でできるヤバい人だったしムカついた、嫌った、呪った日もありました。
でもそれはマジでチーム変えたい幹部の熱意を120%で返してくれてたコトだと理解できるし、誰よりもチームが勝つこと考えているコーチの姿勢をずっと見てて妥協しちゃいけない、負けてられないと思ってました。ここまで全然縁もゆかりもない遠方のチームに熱を注いでくれるコーチは絶対いない。
本当に去年、このチームのコーチをしたいと言ってくれてありがとうございました。
12月なかじさんインフルなっちゃて飲めなかったんで絶対飲みましょね。ぜひ島根で。
※ちなみにエピソード1つ紹介
幹部みんなトラウマになってる年始の一幕。別にめちゃええこと言ってはいるんだけど
1月1日の⬇️メールの一部キリトリ(三が日ずっと返信止まらんかった、もちろんそれ以降も)
HC:ともきさんへ
チームが緩んでたら檄を、雰囲気が沈んでたら盛り上げてくれる。めっちゃアフターする。学生の熱量に合わせてのコーチング。技術だけじゃなく組織のことも考えてくれる。多分俺が勝ってる部分一個もないです。
4月ぐらいに書記してほしいと言われて参加したコーチMTGで急にお前はどうしたいん?から始まりボコボコにされて死んだけど1・2年俺とほんまに喋ったことないぐらいの、チームに関しては意見しなかったともきさんがこんなに言ってくれるって思えて頑張れました。
久留米戦スライド飛ばなかったのに逆ギレしたのはもう完全に俺がクソガキでした。ごめんなさい。
激務+ド新婚なのにリーグ全試合、平日夜のMTG、土日練は来れる日捻出してくれて本当にありがとうございました。
両親
中高の体操部、大学ラクロスと部活漬けの10年間でした。
中高は全試合、ラクロスはインスタライブほぼ見てくれてたし、最後の年は松大戦、岡大戦とどっちも愛知からはめちゃくちゃ遠方なのに来てくれて本当にありがとう。どっちもマイナースポーツで意味わからなかったと思う。
浪人するわ、大学島根まで行くわで金銭面でもめちゃくちゃ迷惑かけた息子でした。単位は無事取れそうです。
ようやく暇な時間ができたので本当に少しずつだけど親孝行させてください。
決起ブログとは打って変わり、ぐちゃぐちゃな引退ブログになってしまいました。
改めて1年から4年まで一貫したってモノはなく、いろんな形態のラクロス部を体験させてもらえてどの年も最高に楽しかったです。
島根大学男子ラクロス部だったからこんなに色々な挑戦・出会いがあったんだと思います。
最後まで出逢いに恵まれた4年間でした。
関わってくれた先輩、コーチ、同期、後輩、全てのラクロス関係者の皆様。ありがとうございました!!!!
引退ブログ DF/DFリーダー #27 小川 宗一郎
今年度、副主将を務めました。小川宗一郎です。
まず改めて、日頃より多大なるご支援とご声援をいただいているOB、OGの皆様、保護者の皆様、そのほか多くの関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
無事今シーズンを終えた今、思うことをつらつらと書かせていただきます。どうかお付き合いください。
4年間の振り返り
1年生
高校卒業して、一番言われたのは「コロナのせいでいろいろ制限されててかわいそう」って言葉。
自分は逆張りなので、コロナを言い訳に大学生活過ごしたくないとぼんやり思いながら島大に入学。当時はコロナぎり明けた直後で、どのサークルも部活も新歓してない。ビラ配りとか対面での勧誘はほとんどなかった。
そこで唯一インスタとか動かして勧誘してるのがラクロス部。体験会とかもやってて、先輩はコロナ渦とは思えないぐらい元気でおもろい人が多かった。
当時はクロスも多くなく、先輩は自分のクロスを一回生に貸し出して、ひたすら外野から大声で盛り上げてくれる。
そんな雰囲気や先輩たちを好きになって入部することに。
入部したら柳さんが初対面にも関わらずいきなりの技術指導。からの一緒に壁あて3時間。
帰り際に「毎日壁した方がいい」「最初の100時間がクソ大事」とか言われて、このスポーツ壁あてしないと生きていけないんやって思った。
とりあえず、その日から1ヶ月くらい毎日一人で徒歩で往復3時間かけて壁に行った。情報がほぼなかったので、教えてもらった岡山Fr(ハンプラさん)の動画みて、自分の動画と比べるってのをずっとやってた。
そのあと颯馬と壁行くけど、明らかに練習してないやつの壁。
動画も取らずに「うまくならないとなぁ」とか言ってんのみてこいつとは絶対仲良くなれんと思った。
その後もなぜか夏合宿に1年生で1人だけ行くことに。めっちゃ緊張してる中、上回生全員やさしく喋りかけてくれて、この部に入って本当によかったなと思った。
そんな中はじまったリーグ戦。
Vs山口で自分はSSDMとして試合に入ることになり、必ず勝ちに貢献すると意気込んでいる最中、最初の1on1で吹き飛ばされ、手首骨折。その後、鼻も骨折し、サマー、残りのリーグ戦全て不参加。情けない。
その後のリーグも大差での負けが続き、最後の試合の岡山に0-32という驚愕の点差で敗北。
自分がなにも貢献できなかったという悲しさと、中四国トップとの圧倒的な力の差を感じた。なによりめちゃめちゃ面白くて、普段から面倒をみてくれた先輩たちが歴史的大敗を下してしまったのが悔しくてしょうがなかった。
2年生
ユース練がスタート。ラクロスがうまくなるきっかけが欲しくて参加を決意。
岡大は大敗した印象がでかすぎて雲の上のイメージ。本当は怖すぎて行きたくなかったけど、柳さんも一緒に行ってくれるかつ、同期の3人も行くことになり少し気持ちが軽かった。
迎えた当日、グラウンドに向かおうとすると、岡大の方が「柳さん上回生1on1します?」って話しかけてた。後に大輔さんと知る。
これを快諾して柳さんが1on1することに。相手は今年のリーグにいたL陣も多くて正直ボコされて終わりちゃうんって思ってた。
結果は半々ぐらいの勝率だった。今まで見たことないぐらいのキレでダッジ切ったりまくり決めてる柳さんの背中をみて、衝撃を受けた。
自分もこのレベルで戦えたらどれだけ楽しいんだろうと思った。
ユース練がはじまると、パスキャから見直し。一人だけクレイドルを次のメニュー行くまでマンツーマンで教えてもらうことに始まり、2on2もはじめてで訳が分からずコーチの拓斗さんに毎回呼び出してもらって教えてもらうなど、なんとかついていくのが限界。
唯一なんとかなったのはGB練だけ。ただ拾った後のクロスワークが絶望すぎてTOされる始末。センスないんかなって思ったし、やめることもよぎった。
練習が終わった後のアフターでも、早めに片づけて帰ろうとしてることに拓斗さんがきて、「一緒に1on1しようや、俺が教えるから」って声かけてくれた。
練習では散々進行の足引っ張ってたと思うし、やる気も感じれたかわからないレベルなのに、わざわざ他大学の名前覚えて声かけてくれたことに感動したし、岡大の同期も何人か話しかけてくれた。ここでチームの温かさとかラクロスの良さを感じた。
アフターでは本当に一回一回1on1終わったら丁寧に教えてもらって、学びを得て島根に帰ることができた。
次のユース連では練習終わりにわざわざ部室まで呼んでくれて、2時間ぐらいビデオMTGしてくださったりして感動。拓斗さんには本当に感謝してます。
この経験のおかげで外部交流の大事さと勇気を貰いました。
ただ、選考会本番は部内で部結成があったのと、朝5時に起きて一人で電車乗って乗り込む勇気がどうしても湧かず、辞退しました。
これだけは4年間の中で唯一の後悔。
行っても確定で落ちてたけど、打席に立たずに逃げ出したことはずっと心残りです。
もし後輩、特に1年生がみてたらこんな思いだけはしてほしくないな。数少ないチャンスは絶対ものにしてください。
リーグ戦ではSSDMとして出場することになるも、合宿でまたもや骨折。シーズン後半はベンチで見守ることに。
チーム目標は2部昇格で全勝昇格が目標。修道に勝利を収めたものの、香川、山口に敗れシーズン終了。柳組を8月に引退させてしまったという申し訳なさと虚無感。
入部時から最高学年だった先輩たちがいなくなる現実を受け入れたくなかった。
一方で4回生は全員スッキリした表情で、寂しかった。
遊び、ラクロスと勉強にバイト。
大学生しかできないこと全部やってた先輩たちだからこそ一緒にいる時間は信じられないぐらい楽しかった。
でもこのままじゃ勝てる気がしなかった。
だからこそ悔しかった。
この人たちはこんなとこで終わっていいはずじゃないって。
だからこそ、それを証明するために自分はラクロスで結果を出したいと思った。
そこから、足りてない知識を補うためにオフ期間に武者行ったり、ウィンターで合同チームになった広大の先輩方に少しづつ教えてもらったりした。
広大の先輩方、特にゆきさんに関しては、初めて会った時にDFのステップについて質問したら30分ぐらいめちゃめちゃ丁寧に教えていただき、衝撃。
図鑑とか買って、身体の分析しながら筋トレしてる話聞いた時は、日本代表の人ってここまでこだわって筋トレ、練習に励んでのかって驚きしかなかった。
FCしてたひろとさんもその時いろいろ質問答えてくださって、ウィンター通じていいご縁をもらったなと感じました。
ラクロスライブで岡山vs広島のfinalは何回も見てたので、その試合に出てる選手と実際に話せたことでモチベーションも上がり。
その後もどんどん情報を得たかったので、関西関東武者に行くことに。
ごろうが京都工芸繊維大行きたいって言うから行くことになったけど、最初は正直あんまり存じ得てなかった。
中四国以外で初武者ってこともあって緊張してたけど、当時の京工繊主将のなかじさんに会ったことで緊張も吹っ飛び。
この出会いについてはもっと長文で書きたいけど、本当に執筆が終わらなくなりそうなので手短に。
その他も阪大、東大などの武者に行き、レベルの違いに圧倒され、今まで自分がやってた競技ってラクロスやったんか?ってなるぐらい心打ちのめされました。多分全部一緒に行ってたそうまはなおさら思ったと思う。
でも、俺より余裕なくてやばそうなそうまが、積極的に受け入れ先の人からアドバイス貰いに行ってんの見て、俺も頑張らないとなってアドバイス貰いに行ったの覚えてます。
実際質問とか、考え方とか聞きに行くと100%間違いなく全員優しく教えてくれるし、ラクロスってコミュニティがめっちゃ好きになりました。
ただこの武者期間を終えて、24シーズンが始まってからは一番辛かったというか、記憶があんまないです。
3年生
今まではポジションリーダーなど概念がなく、導入初年度で3年生ながらDFリーダーを任されることに。今までの個人にフォーカスすることとは違って、DF組織全体を考えないといけなくなり、大焦り。
一瞬他大OBの方がDFコーチとして関わってくださりそうになったものの、当時の最上回生と相性が悪く、DFコーチなしで進めることに。
6on6の戦術はマンツーしか知らず、プレイしながら出す全体の反省なんて質が低いに決まってるし、あってるかあってないかもコーチがいないからわからない。
自分以外に戦術のこと相談できる相手もおらず、ともきさんがいる中で徐々に完成していくOFを見て焦りが募る。
しかも当時は育成もほぼ一人で見ていて、メニューも自分が考えて降ろす日々。毎日育成とDF組織のことを交互に考えて、本当に余裕がなかった。
夏に入ってからが一番しんどくて、練習試合も、チーム内で言われる「もうちょい失点抑えれたら」「クリアミスのせいでOF時間少なすぎて反省が出ない」って不満が出ると、全部自分のせいって思ってくるようになって、組織のことを信じられなくなりかけた。
自分なりには頑張った育成もサマーで全敗。大差つけられ最下位。
炎天下の中動き回って帰って次の練習のメニュー考える。
しんどかったけど、1年生の成長が嬉しかったし、少しづつだけど上達していく組織が嬉しかった。
けど、結果が物語っているのは組織の長が自己満で終わってしまってたってこと。
自分なりに全力でやった分これ以上どうしていいのかわからなかった。
そうこうしている間に、リーグ戦は1部昇格をかけて争う中で一番のライバル香川大。
練習量では勝ってる自信があった。数年ぶりにつま恋にも参加して、対外試合も増やした。
勝って、1部の舞台で戦うことができると思ってた。
けど結果は惨敗。
渋滞でPL4人とTS1人以外コート内アップ始まってから会場に到着した時点で嫌な予感はしてた。
いつもはしないようなミスの連発。
なにが起こってるのか自分でもわからなかった。
いつもは冷静でいられるのに、HCにも言い返してしまう。
試合が終わった瞬間、香川大は大団円。
一方島根はお葬式ムード。
同期も先輩も泣いてた。
けど自分は泣けなかった。
次の1部2部入れ替え戦に気持ちを切り替えたとかじゃなく。
「ここまでやって無理なんか」
ってなぜかスッキリしてた。
その日の帰りの車でなに話したかマジで覚えてないし、そっからのチームの雰囲気は最悪やった。
残すは入れ替え戦。
先輩二人が本気で覚悟決めてくれて、練習も自主練も活発になった。
結果は負けたけど、少し来年に希望持てるような試合だった。
4回生。ラストシーズン
24シーズンの全学1回戦。岡山vs神戸。
どうしても見たくて、運営のそうまの車に乗せてもらって観戦。
岡山の応援席でみたかったけど、びっしり埋まりすぎて神戸大側のベンチで観戦することに。せっかくなら最前列で見たいと思って観戦してると後ろから「おぉぉ!!」って声かけられた。
「俺関西に知り合いいないけどな…」と思って振り返るとなかじさんがいた。
実は京工繊の武者行ってから、個人的にやり取りをしてた。
試合は岡山が敗退。
自分がラクロス初めてからずっとインスタで発信してて、応援してた岡山が目の前で負けて悔しかった半面、関西と中四国の差を今まで以上に感じさせられた。
最後の主将挨拶を聞き終わると、なかじさんが横に来て、
「おれ、島根のコーチしたいねんけど、どう?」
衝撃だったと同時に“これしかない”と思った。
2つ返事で「俺は本気でお願いしたいです」
って言った気がするし、本気で運命やと思った。武者行った大学の人が遠隔でコーチしてくれるなんて奇跡やんって。
頼りにする反面、「島根でコーチしてもらったことを絶対正解にしよう」とも思った。
ただなかじさん就任直後はしんどいことの方が多かった。
個人的には1/1にMTGしようが、チーム理念のために毎日朝早く起きてMTGしようが、あまり辛くなかった。
ただ、日に日に幹部の顔がしんでいくのが辛かった。
でも就活とか授業と並行しながら最初の幹部MTGを一緒にやり抜いてくれたことで、今年の組織の基盤が幹部5人の中で固まったと引退した今でも思います。
なかじさんが初めて対面でチーム全員と顔合わせした北九州との合同練。
個人的に1年から参考にしてた大輔さんも来てくださることになってワクワクしてた。
ただ開催2日前に大雪。冗談抜きでグランド一面真っ白。幹部以外は流石にオフやと思ってたと思う。
試しに数名で除雪作業してみたけど、2時間で1m×1mぐらいしか進まんかった。
けど、福岡からわざわざ練習に来てくれる北九と、車で向かってくださるなかじさん、大輔さん、柳さん。こんな豪華なメンバーかつ島根で練習できる機会なんて2度とない。
弱小チームが勝つためにはこんな機会逃すわけにはいかない。
練習前日に部員全員集めて朝8時から夕方5時までほぼ休憩せず、ひたすら雪かき。
そうまの「終わらんかったら、バイト後ももっかい来てもらうから」って言葉には何人が絶望したのか計り知れない。
指の感覚なくなりながらみんな雪かきしてくれたし、くにひとの指から血でてきたのは流石に引いたけど、マジで感謝しかない。
練習ではボコボコにされすぎたけど、ギリ6on6できるぐらいまで回復させたの見て、今年の島根は勝てると思った。
合同練の終わりに大輔さんと柳さんがコーチしてくれることになったのも、こういう根性とか、ラクロスに対する姿勢をみてくれたからと今ブログ書きながら思ってます。
その後はつま恋。まさかの全敗。
マジで今年は練習試合勝てなかった。なかじさんも来てくださって、なかじさんと部員との距離が結構近づいた気がする。
このタイミングでなかじさんがDFリーダーとしてのMTGの進行に怒ってもらえたから、自己満からも少しだけ脱却できたのかも。
練習試合関連で行くと、今年は広島とは3回も三つ巴含め練習試合してもらって、楽しかったし助かりました。
ずっと1部で戦ってる分、切り替え、GBの一つ一つの強度が違うと痛感した。4月の段階で知れてよかった。
山口もリーグ戦で当たるにも関わらず練習試合を去年から組んでくれてありがとう。
山大は良い人がマジで多いって印象で、本音を言うならリーグでも当たりたくなかった。
やから、山大とはどっちも1部あがれればいいなって思ってたらマジで両方一部昇格。すごすぎる。
リーグ戦はOF陣に本当に助けられました。
決起で色々書いたし手短に書くけど、今年は間違いなくOFのチームでした。
DFに関してもなかじさん、大輔さんが戦術や練習メニュー考えてくれて、マジで頼もしかったです。
最後の1年はDFリーダーやりつつも個人の能力向上に時間をさけたと思います。
激闘の山口戦を終えて、final4で岡山と当たれることは嬉しかった。
やっぱり自分の中で中四国の王者といえば岡山だったし、自分のPLとしての転換期にはいつでも岡山の選手がいた。今年の自分たちがどこまで通用するか試したかった。
結果は負けて敗退してしまったけど、本当に楽しかった。
いつもなら体力的にしんどくなるはずが、その日はしんどくなくて、あっという間に4Qが終わった。
悔しさと同時にやり切ったって気持ちの方が強くて。
でも悔しくて。
こんな思い二度とできないんだろうなって心から思える試合でした。
謝辞
今までの島大に足りてなかった全ての要素を今年はコーチの皆さんに支えていただきました。
ともきさん
4年間本当にありがとうございました。
土壌が一切ない時からコーチとして関わっていただき、常に現役の意向を汲みながら島根と接してきてくださったおかげでのびのびラクロスすることができました。
最後の1年は急なギアチェンジや、結局人間関係の相談まで乗ってもらうなど本当にお世話になりました。
最後のMTGで寂しくなるって話を聞いた時は、もう1年あればもっと楽しいラクロスMTGできたのかな、なんて思いますが、それこそが学生ラクロスの儚さであり良さなのかなとより感じました。
もう1年はコーチしてくださるとお聞きしました。OFはうまくいけば最高火力になる可能性が高いと思うので、来年現役が目標としている“中四国制覇”を成し遂げられるよう陰ながら応援しています。
なかじさん
リーグ期間に入って以降薄れてきてましたが、引退ブログを書くにあたって1年間を振り返るとあまりにもバケモノすぎました(褒め言葉)
正月3が日に朝から晩まで幹部LINE長文フル稼働で、内容が今までの制度全撤廃、もっとこうしていくべきじゃね?は流石に焼かれました。
あん時は僕も覚悟決まりきってたんで、1/4日に飲み会で島根の現状について語り合いましたが、改めておかしかったです。
そっからも数々の伝説エピソードを作ってきたなかじさんとの日々。
難しいこともいっぱいありました。
けどそれと同じぐらいなかじさんがコーチじゃないと今年の結果は絶対無かったなと思います。
だってこんだけの熱量で真っ直ぐ向き合ってくれる人全国規模でみてもいないと思います。
学生の成長のために、主体性、自主性を尊重してくださり、軸を完全に学生に設定してコーチとして向き合ってくださるのもめちゃめちゃありがたいことやと思うし、いいコーチ像やと思います。自分はこういうタイプに憧れます。
でもなかじさんは真っ直ぐ突貫工事で120%でぶつかってきてくれる。
めっちゃ大変やと思うし、コーチに偏る比重が大きくなってしまう。
でもそんななかじさんやからこそ、単年で成果を出すのが難しいと言われるラクロス。
さらにずっと2部に停滞してるような地方の弱小校を1部にできたんだと思います。
改めてありがとうございました。
また島根で壁探しツアーしちゃいましょう。楽しみにしてます。
柳さん
僕のラクロス人生は柳さんから始まったと言っても過言ではありません。
柳さんのラクロス愛に共鳴して、どんどんラクロス沼にハマっていきました。
人数めっちゃ少なくて、2on2とかが限界だった時代から自主練して、インスタで発信して、外部に目を向けて、DMで質問とかしまくってて。
中四国の人全員柳さんのこと認知してて、めっちゃ好かれてて、マジでこの人すごいなってなってました。
そんな姿勢を見て育った影響で、インスタだったり、ご縁を通じて4年間充実したラクロスライフを迎えることができました。本当に感謝です。
今年の1年もFC引き受けてもらって本当に助かりました。遠隔でたくさん負担をかけてしまったんですが、柳さんに任せて良かったなと心底思いました。
今年はOB戦で久しぶりにチームメイトとしてラクロスできるの楽しみにしてます。
大輔さん
まさか1年からずっと敬愛していた大輔さんがコーチしてくれると思ってませんでした。颯馬たちが作ってくれた繋がりに感謝です。
何回大輔さんのインスタみて参考にしたか分かりません。
あと武者行った先々で大輔さんの名前上がっててびっくりしました。東大武者行かせてもらった時も、「中四国は坂崎大輔だけ来たことあるよ」って言われてビビりました。そん時慶應から来てた人もおんなじ事言ってました。
大輔さんのおかげで、中四国への視線が温かい気がしたし、自分も外に出ていく勇気を貰いました。マジで尊敬です。
またなかじさんとラーメン連れてってください。ありがとうございました。
古澤さん
S&Cとして、フィジカルトレーニングや食事、アップメニューなどに関わっていただきありがとうざいました。
個人的にラクロスというスポーツを行う上でフィジカルトレーニングが必須なことは理解していたものの、無知すぎて、2年生あたりから個人的にストーリーなどの情報発信を追ってました。
最後の年はPLとして大成するためにラクロスに知見があるトレーナーのお力を借りたいと思い、医科学セミナーに応募しました。
そこで自分が疑問に思ってたことに、ジャストで回答を頂いたのが古澤さんで、今年のチームに必要すぎると思い、コーチ募集に応募させていただきました。
トレーニング作成以外にも、TSの悩みや、シーズン中出てくる課題に対してアドバイスいただき、最高のシーズンを過ごすことができました。本当にありがとうございました!
両親へ
急にラクロスなんてスポーツ始めるって言ってびっくりさせたとおもうけど、4年間応援してくれて、最後の1年は試合の応援も来てくれてありがとう。これからもいろいろ恩返しできるように頑張っていきます。
文字数制限で書ききれなかったのですが、本当にこの4年間。ラクロスというスポーツで数多くの経験をさせていただきました。
と同時に、本当に多くのご縁や人に恵まれていたなとブログを書いていて実感しました。
直接的にでも間接的にでも関わってくださったみなさま、ありがとうございました。
28期 引退ブログ MF/OFリーダー #33 田渕 光
平素より島根大学男子ラクロス部を応援・ご支援いただいております御父母の皆様、OB・OGの皆様、関係者の皆様に厚くお礼申し上げます。
12月に突入し、肌寒い時期になりました。10月14日の試合からすごく時間がたってしまい感情が薄れていく感じはあるのですがこの4年間の気持ちを綴らせていただきます。
決起ブログと被る部分もありますがご了承願います。
拙い文章ではありますが読んでいただけると幸いです。
島根大学に入学してから大学でできた友人と遊び惚けていた4月の初め。ある友人から面白い人がいると言われ、ラクロス部の新歓に参加していた。その時は体育館でのスポーツ大会で運動不足もあり、軽く運動ができたらいいやと思っていた。すごく雰囲気がよく、いい意味で大学生らしいところに惹かれていき、ラクロスに関してはほぼ知らない状態で入部をしていた。
ラクロスに関してほぼ知らなかったこともあり、入部してからめっちゃ後悔した。バカみたいにお金かかるし、朝早いし、ルール難しいし。
誘ってくれた友人はラクロス部に入部していなかったこともあり、遊べる日も減ってしまいやめたいと思う日々が続いていた。
そんな感じで蛇足で部活動をし、サマー・ウィンターが終わりやめようかなと思っていた。そんなころ出会ったのが島根大学現コーチの井上智貴さんだった。初めて智貴さんのプレーを見たとき「えぐい」「うますぎ」しか思えなかった。そのぐらいラクロスのラの字すら知らない状態だった。それだけで単純な僕には十分だった。そこからちょっとずつやろうかなと思い、新しい道具も新調し頑張ろうとした矢先、ヘッドが割れた。
3日ほどしか使っていないのに。心を折られた僕はまたやめようかと考え始めた。
今まではやる気がない中でやめようとしていたが、今回のやめたいは逃げているような気がして負けたくないと思った。ヘッドが割れた2023年3月21日関西オープンの帰り道。初めて智貴さんにLINEをした。ここからが僕がラクロスへ打ち込むようになる転機の一日目だったと今は思う。
2回生になり、学業も忙しくなってきたときに、中四国の委員会に強制的に入れられた。
颯馬に。ユース連にも一回も行ったことがなかったからこれが試合以外で他大学と初めて絡む機会だった。初めはめちゃ怖かったし、フレキャンとかアウェイだしマジで行きたくなかった。実際行ってみると強い大学の人と話すことができたり、引退しても会うほど仲良くなったり、いろんな出会いがあった。正直新人委員に入ってなかったら、今年DFのコーチをしてくださった大輔さんとの関係もなかっただろうし、大塚ともここまで仲良くなれていなかった。結果的にはやっててすごくよかった。
ラクロスの方は自主練をたくさんするようになり、ちょっとずつではあるがうまくなっている実感があった。ただ勝ちたいというよりは単純にうまくなりたいしか感情がなかった。
そんななか入部してから二回目のリーグ。柳さんが最後の年。1部昇格を目標にリーグに臨んだが結果は2部残留だった。悔しいという気持ちよりもお世話になった柳さんがいなくなることが、悲しい気持ちの方が強かったことを覚えている。
三度目のリーグ戦。この年は同じ大学と2回試合をするという異例のリーグ期間だった。島根大学にとっての山場は香川大学。1回目3-5敗北。2回目1-6敗北。そんな予定ではなかった。絶対に勝てると自信をもって挑んだ試合で惨敗。来年こそは岡山・広島・徳島と試合ができると思っていたが現実はそんなに甘くはなかった。
できることは自分なりにやってきたつもりだった。ラクロスへ費やす時間も1・2回生よりもずっと多くなっていたはずだ。なのに負けた。ちゃんとやってきたはずなのに。バカ悔しかった。そのあとの入れ替え戦もあまり気持ちが入らず負けてしまい、あっけなくシーズン終了。
ようやく自分たちの代になり、同期と集まって2025年の目標を立てた。やる気のある人がある程度いる自分たちの代。かなりわくわくしていた。初めはキャプテン決め。吾郎と颯馬が立候補してくれて最終的に颯馬になった。そこから来年の目標を決めていく流れになった。「FINAL4出場」「FINAL」。正直この一年間が濃すぎてあんまり覚えてないけれども。目標は達成できる程度のものがいいか、目標は多少難しいものを設定する方がいい。僕は前者の意見だった。色々話し合いをしていく中でFINAL4出場に決定。OF/DFリーダー・スローガン・幹部体制も決まっていき頑張ろうとなっていた矢先、なかじさん登場。颯馬・おが・吾郎は以前から面識があって話が進んでいたっぽい?自分からしたら初めて見る人。そんな人がダメだししてきて結果的に同期で決めたものはほぼ解体。幹部体制もキャプテンだった颯馬・OFリーダーの自分・DFリーダーのおが・TSリーダーのしおん・主務(Gリーダー)の吾郎の4人になった。12月中旬ぐらい?に解体して、早く決めないといけないから正月がなかった。1月1日、その中はだいたいこたつに入ってみかん食べて家族とゆっくり過ごしているだろうときにMTG。頭がおかしいのかと思いながら参加したのを覚えている。そこからMTGばっかり。ラクロスをするのがストレスに感じていた。誰かに言ったことはないはずやけど部外者ががやがや行ってくる環境にやめようかと思った時もあった。
おかしくなりそうなMTG地獄もスローガンやチーム理念などが決まっていく中でだんだん少なくなっていき1月中旬。A1の帰りに初めてなかじさんと会った。実際会ってみるといい人だった。胃もたれしそうなくらい元気な人ではあったけど。一緒にご飯を食べて終わった些細な日だったけど今思えばすごく大事な1日だった気がする。
そこからつま恋・OB戦・三つ巴・関西遠征。勝てた試合はほとんどない。
今リーグ山場の山大戦前の関西遠征での挫折。でも弱っている暇はなかった。やるしかなかった。この挫折があったからこそスイッチを入れなおし一皮むけることができたと思う。
いよいよ迎えた山大戦。
ここで負けたらFINAL4への出場権を失う。試合開始の30分前から心臓の動悸がうるさかった。試合が始まってもずっとうるさい。人生で初めて緊張で吐きそうになった。
試合序盤山口大学にリードを許してしまい、追いかける展開から始まった。
そこから追いつくもリードすることはできず、4Q 5-6 の山口大学リード。残り約2分。
せんとの得点により 6-6 に。
その後得点は動かず試合終了。勝ちきれなかった。
目標はFINAL出場だったけど常に山大のことを意識してやってきた1年間。今までだったら序盤に先制得点を取られたところでずるずる試合が進んでいたと思う。今年は持ち直すことができていた。確実に成長していた。それでも勝ちきれなかった、リーダーとして勝たせることができなかったことが今でも悔しい。
ただ今まで生きてきた中で一番面白い試合だった。今後更新することはないぐらい。
山大戦が終わり、次に控えるのは松大戦だった。この試合の得失点差でFINAL4の出場が山口か島根か決まる気の抜けない試合だった。結果は島根大学が得失点差によりFINAL4出場・一部昇格。一部昇格した時その時あまり実感がなかった。ただ、コーチのなかじさんが自分のことのように泣いてくださっていた時、なかじさんがコーチに入ってくれて本当に良かったと思ったことだけは覚えている。
FINAL4出場が決まり練習はすぐに岡山対策にはいった。スカウティング・対岡山DF想定での練習・決めプレーなどなど。うまくいったこと、いかなかったこと、色々あったけど最善は尽くした。
そして迎えた10月11日 岡大戦。
想定では5-4だったが1Qで4失点。
ここから無失点で試合を運ぶのはほぼ不可能。想定外だった。無理かもって思ったときもあったが気持ち切らさずラクロスをすることに専念した。
結果は 5-9 敗北。
最後30秒も残ってなかったと思う。4-9の状況。エキマンの状況でコーチボックスから智貴さんの声が聞こえてきた。
『ひかるが打て』と。
智貴さんは僕に打てと言ってくれた。
打つしかないと思ってショットを打ったボールがゴールに入って5-9。
フォームもぐちゃぐちゃでなぜ入ったかわからないようなボールそれでもうれしかった。今まで思うようにいかないことばかりだったけど報われた気がした。残り10秒あるかないかで4-9とどう頑張っても追いつけない時の1点。岡山からしたら大差でリードしているときのたかが1点。それでもこの1点が僕の4年間のやってきたものなんだと思う。負けが分かっている状況でこんなにも喜んだのは初めてだった。
DF時間が長かった試合展開での4Qの最後。DFのみんなも走って喜んでくれた。こんなに幸せなことはないと感じたと同時にやめなくて本当に良かったと思えた一瞬だった。
終わりのホイッスルが吹かれ試合終了。引退が確定した。
結果的には負けだったけどこの1年間の悔いはない。以前の3年間はもっとしてたらと後悔することが多々あったけど。
この4年間で悔しい思いもうれしい思いもいっぱいした。間違いなく人生の中で一番価値のある時間だった。それは途中からでも本気で取り組めたからだと思う。
結果はもちろん大事。でもその過程に中身がなければ、その結果の価値は田渕光という長い人生に無価値も同然。
その人を作るのは結果ではなく過程だから。そうやって過程の中でたくさん失敗して、たまに成功して人は成長していくんだと僕は信じている。
『過程は財産である。』
OFメンバーへ
頼りないリーダーで申し訳なかったです。それでもついてきてくれたこと本当に感謝しています。ありがとう。君たちはブログを読むような奴らではないと思うけど一応記しておきます。一人一人書いてたら長くなるから回生でまとめて書くね。
2回生OF
君たち4人はこの1年間すごくしんどかったと思う。ラクロス2年目であれだけ求められて、当時の2回生の僕ならすぐに気が滅入っていたと思う。ちょっと寄り道した人もおるかもしれんけど、最後までついてきてくれてありがとう。
2年目にしたらみんなうまいし、ちゃんと自主練してるし、えらいと思う。
ただ、もっとうまくなりたいなら質にこだわってほしい。筋トレでも壁でもそう。
ただただこなしているだけじゃあおしせんとに追いつけへんよ。
わからんかったら僕でもいいし智貴さんでもいいからいっぱい聞いた方がいい。利用したもん勝ちよ。
僕は智貴さんにわからんくてLINEして。でも答え教えてくれへんくて、一回考えさせてくる。最初はなんでやって思ってたけど、結局人に教えてもらうよりも自分でもっとこうしたほうがいいかもって試行錯誤することに気づいた。それに気づいたのは3回生になってから。だから君らも全然遅くない。期待してる。
3回生OF
まずは今年のリーグお疲れ様やな。すごい助かった。ありがとう。ただ寝坊だけはマジでやめてくれ。僕も別に怒りたくないねん。
まぁそんなことはさておきで、今年のリーグマジでおもろかった。君ら二人のおかげだわ。山大とかまじで僕使い物にならんぐらい緊張してたのに、君らが俺がやるっすわってのまじで救われた。ありがとう。
君らは別に僕よりも全然ラクロスできるから、今の練習とかあんまりおもしろくないかもしれん。でも君たちがうまくなるのさぼったら島大自体うまくなっていかへんから手に抜いたらあかんで。
来年絶対試合見に行くから。頼むぞ。
ちょっとOFメンバーのメッセージと被る部分あるけど回生ごとにも。
1回生PLへ
まずはラクロス部に入ってくれてありがとう。1回生のうちはうまくいかないことだらけで心が折れてしまったり、モチベーションが下がってしまう時があると思います。
そういう時があっても僕はいいと思うし、逃げたくなる時は来ると思います。でも君たちが4回生になったとき、『1回生からもっと自主練していたらうまくなれたのに』『もっと早く逆手の練習していたら』って思ってほしくないです。
僕は今でもタラレバを言ってしまうことがあります。そういう思いがあるとどこかで絶対後悔します。みんなには僕とおんなじ気持ちになってほしくないです。練習量がすべてじゃないからみんなが思うやり方で4回生になったときに後悔しないような生活をしてほしいです。
くじけた分だけうまくなれる。君たちの成長を楽しみにしてる。頑張れ。
2回生PLへ
自主練全然してくれんかった頃から比べたら、最近はちょっとでもしてくれるようになってうれしいです。君らにはラクロスをもっと楽しんでほしいなとおもいます。僕は正直4回生になるころにはいろんな重圧で純粋に楽しむことはできなかったです。
だからこそ今は全力で楽しんでほしい。
あともっといろんなところに目を向けてほしい。
うまくなる鍵はいろんなところに落ちてます。頑張れ。
3回生PLへ
君らとは一番付き合いが長くて、世話の焼ける奴らやったけど、いざという時は頼りがいあるし、結構察しがいいし助かる部分も多かったと今は思います。ありがとう。
4回生に上がったら君たちが島根大学ラクロス部の顔になるんやからその自覚をもってね。良くも悪くも君らで部活全部変わるから。これからの島根大学ラクロス部を頼みます。
MGさん
いつも朝早くから準備してもらってありがとうございます。自分たちの代がここまで成長できたのも時間管理してくれたり、ビデオ撮ってくれたり、テーピングを巻いてくれていたおかげです。これからもPLを支えてやってください。
4回生へ
河村
回生を重ねるごとに一緒におる時間が増えていってそのたびにおもろいやつで楽しかった。
教職で忙しかったのに戻ってきてくれてありがとう。同期として、親友としては最後のリーグ一緒に出たくて。でもOFリーダーとしてはどうしようかの部分もあって。今からでもちゃんとやれば出れるぞとしか言えんかったけど、本調子とはいかんくてもかなり戻してくれて一緒に出れたのはほんまに良かった。あんまラクロスってよりかは日常的に遊ぶこと増えていって色々ほかの人は知らんようなこと共有したり、相談したり。けいととは大学卒業しても定期的に合うような予感がしております。
関西遠征のときに僕は誕生日で、けいとは教職受かってめでたい日やったはずやのに、ラクロスでは僕が不調で、けいとももらい泣きして。喜怒哀楽すぎていまではおもろい。
普段話とるからあんまり書くことないけどまぁ、これからもよろしく!
そうま
何をするにもあんまりうまくいってないイメージなんやけど、そんなことなかったらすまん。それでも一生懸命で。そんなところがみんなに慕われてたんかなって思う。とりあえず1年間キャプテンお疲れさま。いつも彼女いる奴をいじってるやつやのに、キャプテンしてる時はかっこよかった。また卒論落ち着いたら服見に行こうぜ。
おが
初めはなんかやる気あるやつおるなぁって感じやった。1回生からよくわからんラクロスに対してやる気あるの頭おかしいやつやなって思ってたけど、今では僕も頭おかしいやつに仲間入りしてました。
リーダー気質のない僕と違ってすごくリーダーなおが。言語化あんまり得意じゃない僕と言語化が得意なおが。思い返してみたら結構真逆なこと多いけど逆に言えばすごく頼りになる。一緒のチーム・同期でよかったです。すごい速さで成長するおがに置いていかれないように頑張ってた。いいライバルをもった。ありがとう。
ごろ
吾郎が入部してなければ僕はゴーリーをしてたかもしれない。そんな世界戦も見てみたかったとちょっとだけ思うけど。1回生の後期から入ってきた高身長細身の男。こーたに誘われて入部したと聞き、頭のおかしいやつかと思ってた。期待は裏切らず頭のおかしいやつ。女にはだらしないし、変なメンタルだし。でもゴーリーが吾郎でよかった。マジですぐうまくなってくし、コツコツ自主練するし、投稿みて刺激受けてた。ありがとう。
おばあちゃんにもよろしく言っといてください。
いつき
いつきはまじめだと思ってた。でも違ったらしい。友達に見せる顔と、彼女に見せる顔があるらしい。結構人間らしいなと思ったね。毎日クランプすると言いながら続かず、女関係でメンタルブレイクされたりとか。結構情緒不安定やったけど、学業忙しいのにも関わらず残ってくれたのはありがたかったです。これから就職広島一緒なんかな?全くわからんから案内してください。
ざき
ザキのおかげでお笑いちょっと知りました。関西の人なのにほぼ見たことなくて、追いコンのネタ何にしようかなって悩むこと多かったけど、ちょっと軽減されていました。しょうみラクロスであれが一番やりたくなかったランキング1位。
リーグ終盤に何か悩んでてそれ見てるとなんかうれしかった。あんまりラクロス好きじゃないんやろなって思ってたし、今も思ってるけど、そんなザキが真剣に考えてくれてるだなんてって。もうちょい早かったらよかったとも思うけどね。
就職東京で遠いけど、また島根で飲みましょう。僕就職島根ちゃうけど。
けんぼう
高校から一緒で何か一緒にラクロス部に入部して一緒に卒業しそうな人。よくよく考えれば結構奇跡かなって思う。パッとしない感じだったけど引退前にはすごく頼りがいのある先輩になって、ヒヨコみたいについてきてたけんぼうが独り立ちしたみたいで親の気分です。水泳とラクロスやってたのはマジでバケモン。頑張って構造力学の単位とって卒業しましょ。
しおん
しおんとは部活入部する前からなんか知り合ってて、一緒に入部するなんてびっくりです。
ほんと良く続いたなって思います。お互いお疲れ様ですわ。
しおんとはあんまり部活の話した記憶なくて、ほぼ就活と恋愛の話ばっかりやけどすごい気が抜ける相手でだいぶ助かってました。あと、大山合宿のカップラーメンのお金返してない気がしてるのでもし合ってたら連絡ください。
普段言えるようなことばっかりしか思いつかなかったんですけど、また飲みの場とかで話しましょう。最高の同期過ぎました。
なかじさん
1年間ご指導ありがとうございました。初めは熱量が鬱陶しいなと感じることも少なくはありませんでした。京都工芸繊維大学の人がなんでそんな島根大学に熱量を注ぎ込めるのかと単純な疑問もありました。ただ、その熱量にあてられなければ島根大学ラクロス部はこんなに変化できなかったと思います。今ではすごく感謝しています。正直岡山なんて倒せるわけないと思っていた部分もありました。ただ試合が終わった後、自然と涙が出てきました。やり切ったというよりも悔しい、もう1Qやりたいなという涙でした。初め目標を決めたときFINALなんて行けるわけないと思っていた僕を最終的には勝てると思わせてくれたのは紛れもなくなかじさんです。ありがとうございます。だからこそ勝てなくて申し訳ない気持ちでいっぱいです。
またいつかこの1年間を酒のつまみにでも一緒に飲めたらうれしいです。
ありがとうございました。
智貴さん
約3年間ご指導いただきありがとうございました。ずっと言っていることではあるんですけど、智貴さんがいなければ今ここにいることはなかったです。プレー面でもずっと背中を追っていましたが結局追いつくことはできませんでした。悔しいという気持ちとともに、尊敬の気持ちでいっぱいです。28期の代になってからはプレー面だけでなく、主にOFの組織の相談も乗ってくださって本当に助かりました。気持ちが滅入るときもありましたがその時も寄り添って話を聞いてくださってくださりありがとうございます。
僕は智貴さんに出会うまではラクロスの面白さを感じることができていませんでした。しかし熱心なご指導によって僕はラクロスを面白いと思えるようになりました。智貴さんも28期のOFが少しでも面白かったと思ってもらえていたらうれしいです。現在22歳ですがこんなにも青春ができることに驚いています。自分たちの代の青春を智貴さんと共有できて本当に良かったです。
また一緒にラクロスできることを楽しみにしています。
ありがとうございました。
追記
大塚へ
書いてほしいとのことだったので。
他大学で1番親しくさせてもらったのは大塚だと思います。就職活動が広島であったからそのついでに広大によって雪の中でラクロスしたり、広島行くたびに観光するわけでもなく大塚とラクロス。傍から見たら頭おかしい奴らやけどおもろかったっす。ありがとう。
一旦広島に就職するのでまたごんぞう行きましょう。にんにくはあげます。
また4月に。
他にも書きたい人はいますが、この辺にしときます。
こんなにたくさんの人に支えていただいてとても幸せ者だなと改めて実感しています。
これからは支える側になれるよう人として成長していきます。
またどこかで。






















