「一年で一番忙しい時に浜を閉めるのか」と猛反対され… 和歌山・白浜町長が語る苦渋の7日間 南海トラフ臨時情報でビーチ封鎖、花火大会中止、経済損失「5億円」




盛夏のビーチから人が消えた――。8月8日、日向灘で起きたM7の地震を受けて発表された「臨時情報」(地震注意)。制度が出来て初めての発表というインパクトから、西日本を中心に観光地の休業などが相次いだが、中でも和歌山県白浜町にある海水浴場「白良浜」(しららはま)の閉鎖は大きな話題になった。太平洋に面して一面に広がる白砂の浜は、日本の快水浴場100選にも選ばれる、人気の観光地だ。お盆にもかかわらず、その浜に誰一人いない映像が相次いでニュースで流され、臨時情報を巡る混乱を象徴する地になった。閉鎖の決断をした白浜町長が、その経緯を語った。


4分で16メートルの津波が

 日向灘を震源とする地震が発生したのは、8日の16時43分。政府が臨時情報を出したのは、それから約2時間半後の19時15分だった。

「宮崎で大きな地震が起き、津波を心配しましたが、こちらの方には来ないとわかって、一安心していた時に、臨時情報が出たんです」

 そう語るのは、白浜町の大江康弘町長である。

「聞きなれない言葉でしたが、南海トラフ地震の注意情報という、これまで出されたことのない発表の重みを受け止めないといけないと思いました。政府の試算ですと、南海トラフ地震が起きれば、町の海岸には発生から最短4分で16メートルの津波が押し寄せる。これはもう逃げようがないんです。浜はとんでもないことになる。政府から重大な情報が出ている以上、人命優先で、県から管理を委託されている4つの海水浴場のすべてを閉めざるを得ないだろう。そう考えました」

 ちょうどその頃、臨時情報を受け、JR西日本が京都・大阪方面から紀伊半島を半周し、新宮駅に至る特急「くろしお」の運行を、はじめは御坊駅以南、次いで和歌山駅以南も停止した。特急の白浜駅発着便が無くなり、観光客にとっての「動脈」が失われた。

「非常に間の悪いことですが、お盆の時期は白浜の観光のピーク。10日には白良浜で観光協会主催の花火大会が行われる予定でした。これが2日後に迫っていることもあり、中止にするのならば早く決断しないといけない。幹部職員を集め、浜を閉める方針を伝えてみても概ね反対意見はない。“他の自治体はどうなんでしょうか”と気にする者もいましたが、“町のことは町で決めよう”となりましたね」

旅館組合の反対意見


 閉鎖を決め、22時半、町の経済三団体、すなわち観光協会、商工会、旅館組合の幹部を役場に呼び寄せ、方針を伝えた。

「そこではさまざまな意見が出ました。商工会と観光協会は“仕方ない”と消極的な賛意を示してくれていましたが、やはり一番打撃を被る旅館組合からは強い反対意見が出た。“ホテルは予約でいっぱいだったが、既にキャンセルが出始めている”“一年で一番忙しい時期に浜を閉められたら大変なことになる”と。当然の意見だと思いました。とはいえ、もし浜を開けて地震が起き、犠牲者が出たら、辞職では終わらない。人命にもしものことがあれば、責任の取りようがないですから。そこで、いま申し上げたような方向の決断しかありませんと、改めて伝えたんです」

 こうして町は4カ所の海水浴場の一週間の閉鎖を決めた。この後、隣の田辺市や近隣の那智勝浦町なども海水浴場の閉鎖を決めている。

「やはり和歌山は、津波に関しては、よその地域よりも敏感なのかもしれません」

 和歌山県広川町には「稲むらの火」という逸話がある。1854年、安政南海地震が起きた際、濱口梧陵という村人が、津波の危険を察知し、高台から稲むらに火を付けて避難を促し、夜の暗闇の中で逃げまどっていた村民の命を救ったというもので、教科書にも掲載され、小泉八雲の英訳で海外にも紹介されている。

最後の一日くらいは…

 浜は閉めたが、翌9日はそれでもちらほらとビーチに入り、テントを立てて海水浴を楽しむ若者や家族連れの姿も見られたという。

「町の職員が朝早くに浜に行き、警備員が来るまで巡回をするなど閉鎖を徹底しました。そうした体制を組み、10日以降は誰一人入らなくなりました」

 役場では職員が24時間体制で待機し、万が一に備えながら、防災体制のチェックを行った。

「これは本当にいい勉強になりました。例えば、町では津波が来た時のために、避難経路を示していますが、白浜には日本人だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国などから多数の観光客が来るにもかかわらず、それを示す看板には日本語しか書いてなかったんです。また、避難路は高台へと続いているのに、手すりひとつついていない。お年寄りは逃げ切れません。逃げた先に建屋もありませんから、津波が冬に来れば避難先で凍えてしまいます。津波に警戒心が強い町とはいえ、まだまだ課題があることが見えてきました」

臨時情報の呼びかけ期間が終わったのは、15日の17時。しかし、白浜町では朝9時の時点で浜を再開した。

「メディアの方からもおかしいじゃないか、と聞かれました。しかし、発表から概ね一週間経ち、その間に避難経路も確認できた。安全を確保できる見通しが立ちましたし、何より15日はお盆の最終日。17時まで閉めていたら、お盆が終わってしまう。最後の一日くらいは浜で楽しんでもらおうと思って、再開を決めたんです。合わせてその日は浜で避難路を書いたチラシを配り、注意を呼びかけました。何かあったら……と、夕方まで気を引き締めっぱなしでしたね」


損害は5億円

 長い一週間が終わった。

 地震は発生せず、人命は失われなかった。しかし、大きな代償も払った。白良浜は年間60万人が訪れる景勝地で、中止した花火大会も例年、3~4万人もの人出となる。

「旅館組合の計算によれば、1週間で5億円の損失が出たと。この数字については精査が必要ですが、これに加えて飲食業などのマイナス分もありますから、損失が大きいものになるのは間違いありません」

 町の経済にとっては大きな痛手だが、この損失は業者が被ることになるのか。

「今、一番頭を悩ませているのがこの点です。情報を出したのは国ですが、それについての対応をしたのはそれぞれの自治体です。浜を閉鎖するという決断は町が独自に行ったことですから、国がその補填をするのは難しい。その点が今回とコロナ禍の時とは異なるところです。町として、金融機関に、損失が出た業者への無利子での融資をお願いするとか、GOTOトラベルのような観光振興策を取れないかなど、今後、対応策を関係各所と検討していきます。

町長は21~22日に上京して観光庁などを訪れ、観光客回復への施策について陳情をしてきたという。

 改めて今回の決断をどう思うのか。

「間違ってはいかなかったと思います。もちろん“やり過ぎだ”とのご批判もいただきましたが、概ね町民の方々からは“良かった”との評価をいただいているのはありがたいことです。一方で、国が情報を出したら出しっぱなしという姿勢だと、我々自治体としては対応に困ってしまうと感じたのは事実です」



 和歌山県の岸本周平知事は20日、定例会見でこう述べている。「県によってイベントをやったところ、中止したところ、延期したところがあった。同じ南海トラフの地域であれば、一定の対応をするのが本来ではないか。しかし、その物差しがなかった。統一の物差しを国に作っていただきたい」。




町長は言う。

「我々の気持ちを代弁してくれたと思います。今は、国は情報を出すものの、その後の対応は自治体任せになってしまっている。だからこちらも苦渋の決断を迫られる結果となりました。その実情を理解してほしい。今回を機に、臨時情報の発信の方法を検証し、合わせて自治体が取るべき具体的な対応について、その指針を示してほしいと思います。とにかくこの一週間、何も起きなかったことが一番でした。そしてさまざまな意味で勉強になった一週間でした」




損害は、大きかったな。

国がどう補償してくれるか

ですね。

5億円でしょ。

何かしら考えていただき

たいです。