(1) トヨタ「マークⅡ」(6代目):サイドウインドウワイパー




トヨタが、1988年発表の6代目マークⅡにオプション設定したのがサイドウインドウワイパーだ。


前席サイドウインドウの先端についた小型ワイパーで、目的は雨中にアウトサイドミラーの視認性を確保すること。ウォッシャーまでついていた。



特徴的な形状のサイドウインドウワイバー。当時、「セルシオ」にはドアミラーの水滴を超音波で除去する装置が搭載された。

アウトサイドミラーの視認性は、当時けっこう悩ましい問題だった。日産自動車は1980年発表の初代「レパード」のフェンダーマウンテッドミラーにワイパーを用意していた。

サイドウインドウの水滴のせいで、アウトサイドミラーが見えにくいとき、サイドウインドウを下げて上げて、雨滴をとった経験をもっている人は多いのではないだろうか?

なくなってしまったのにはいろいろ理由があると思う。現在こんな装備がないのは、空力の改良のおかげだろう。雨や雪どけのなか高速道路を疾走しても、車体側面の空気の流れのおかげで、汚れが上に跳ね上がってこない。

  (2) 日産「ブルーバード」(7代目):セーフティドライブアドバイザー



日産自動車が、1983年発売の7代目ブルーバードと、1984年に日本発売された初代ブルーバードマキシマに採用した技術がセーフティドライブアドバイザーだ。
運転時間や操舵パターンをパラメターに、プリセットされた“疲労パターン”と、類似していると車載コンピューターが判断したばあい、ドライバーに休憩を促す装置だ。


オプションで搭載できたセーフティドライブアドバイザーは、ダッシュボードに設置された。いちど注意喚起が必要と判断すると、一定のインターバルで、コーヒーカップのアイコンとブザーが作動するもの。このころ日産の上級車には、ライト消し忘れやキー抜き忘れなどの際、ボイスワーニングが作動する。

当時では、なんだかうっとうしくて、あまり評価は芳しくなかった。コストの問題もあっただろう、このあと、しばらくのあいだ、セーフティドライブアドバイザーは姿を消した。

現在、世界中のクルマでドライバーの疲労をクルマが読み取って警告する装置は一般的になっている。人事不省に陥ったと判断した場合は、路肩に自動で寄せる機構まで開発中。当時との違いはカメラ技術の発達で、ドライバーの目の動きもセンシングしている。でも基本的な考え方は一緒。これも、乗るひとのことを考えての技術だった。


  (3) ホンダ「アコードクーペ」(初代):パッシブシートベル



1988年に日本発売されたホンダの初代アコードクーペでものめずらしかったのがパッシブシートベルトだ。米国だと“オートマチックセイフティベルト”などとも呼ばれた。クルマに乗り込むと、自動的にセイフティベルトがからだにかかるようになっていた。

3点式ラップタイプのセイフティベルトのアッパーアンカーがドアに沿って動くようになっていて。乗り込むときに、まるで獲物を狙う網のようにセイフティベルトが広がって迎え入れてくれる。
シートに座ってドアを閉めると、アッパーアンカーが後ろに移動(ほぼ固定タイプもあった)。そしてからだにセイフティベルトがかかる仕組みである。通常はロワーアンカーにバックルを差し込むが、いってみれば上下が逆である。


パッシブシートベルはアメリカからの逆輸入車だったクーペのみ採用。

最初に量産化されたのは、1975年のフォルクスワーゲン「ゴルフ」らしく、驚いた。というのも私が実際に意識したのは、1980年代初頭のフォードなど、日本に導入されていた米国車に装着されていたからだ。1983年に米国では法制化されていた。

もうひとつの驚きは、オートマチックセイフティベルトは、米国において、多くの自動車メーカーが採用をやめたのが1995年頃だったこと。そんなに長いあいだ、米国では使われていたのだ。

アコードに話を戻すと、日本で前席乗員にセイフティベルト着用義務が法制化されたのは1985年。後席を含めてクルマに乗るひとは絶対にセイフティベルトを着用するという認識は、わりと早く定着したように思う。

それでも、アコードクーペのパッシブシートベルトはなんだか押しつけがましくて、好きになれなかったのは事実。周囲でもそう感じるひとが多かったように記憶している。ドライバーの心理ってつねにメーカーにとって大きな課題なのだ。



ホントにマニアックな

車ですね。

この時代では、

考えられない事です。


こんな車が売り出されているのを知りませんでした。


トヨタや日産にしても

ホンダにしても

凄いと思います。