アグリマーラの無差別大量殺戮


憤然と決意したアヒンサカは、舎衛城の中の人通りの激しい往来へ行き、阿修羅のように道行く老若男女を殺しまくりました。
目は血走り、髪の毛は逆立ち、返り血を浴びて鬼のような形相になります。
人々は突然の殺人鬼の出現に悲鳴をあげて逃げ惑い、舎衛城は大騒ぎになりました。
もともと体力があったので一気に何十人も殺し、指を切り取って真っ赤な首飾りを作り始めます。
それを見た人々は、この殺人鬼を「アングリマーラ」と呼び始めました。
指鬘ともいって、指の首飾りということです。

このことは、すぐに舎衛城の波斯匿王はしのくおうに報告が入ります。
驚いた王は、自ら兵を率いて現場へ急行します。

また、アングリマーラの母親、マンターニにも、噂が聞こえます。
町中に白昼堂々殺人鬼が現れ、どうもそれが自分の子供らしいのです。
もし本当に自分の子供なら、早く止めて逃げなければ、警察に取り押さえられて、殺されてしまうかもしれません。
マンターニは、現場に確かめに行くことにしたのでした。

  お釈迦様の導き

お釈迦様の導き
舎衛城の町には、お釈迦様の弟子たちも托鉢をしていたので、祇園精舎へ逃げ帰った弟子たちはお釈迦様に報告します。
それを聞かれたお釈迦様は、
「哀れな者よ。今より行って救ってやろう」
といわれ、舎衛城に向かわれます。

途中ですれ違う人が、
「そっちは危ないですよ、人殺しがいますよ」
と言うと、お釈迦様は、
「世界中が私の敵になっても少しも少しも恐れることはない。
ましてやたった一人に恐れることがあろうか」
と悠然と歩いて行かれました。

アングリマーラは、殺した人々の指を切り取って首飾りを作ると、ちょうど99人でした。
あと1人で完成すると思って辺りを見回すと、もうあたりには誰もいません。
首飾りを首にかけ、炎のような息を吐きながら、誰か通らないかと見ていると、遠くに人影を見つけます。
それは、自分の母親のマンターニでした。

マンターニも、アングリマーラに気がつき、
「まさか本当に私のアヒンサカが殺人鬼なの?」
と目を疑い、うろたえながら近づいて来ます。
もはや興奮して見境がなくなっていたアングリマーラは、ついに100人目がきたと意を決して母親に斬りかかろうとした時、そこにお釈迦様が従容として現れられたのでした。

それを見つけたアングリマーラはお母さんのほうからくるりと向きを変え、猛然とお釈迦様に襲いかかろうとします。
ところがどうしたことか、少しも近づくことができません。
アングリマーラは焦って思わず叫びます。
「沙門よ、止まれ!」
お釈迦様は、静かに
「私は止まっている。止まっていないのはそなたである」
と応じられます。
この奇妙な答えにアングリマーラは驚いて
「これはどうしたことだ?」
とうめきます。

「そなたは邪教にだまされて、みだりに人命を奪おうと焦っている。
だから少しも身も心も安らかになれないのだ。
私は生死を超えてなんら煩うところがない。
そなたを哀れんで救いにきたのだ。
惑える者よ。早く悪夢より覚めて無上道に入れ」
お釈迦様の尊いお姿と無上の威徳に接して、さしもの悪魔外道も慟哭し、剣を捨ててひれ伏します。

こうしてアングリマーラは、お釈迦様の後について祇園精舎に行き、お弟子になったのでした。
お釈迦様が35才で仏のさとりを開かれてから21年目、56才の時のことでした。

  アングリマーラの救い


やがて波斯匿王とその軍勢が現場に到着しましたが、もうお釈迦様が解決された後でした。
殺人犯はお釈迦様についていったという目撃情報を聞き、王はすぐに祇園精舎へ訪ねてきます。
お釈迦様が
「その賊はすでにここに出家している」
と傍らのアングリマーラを紹介されると、波斯匿王も一旦は震え上がりますが、我に返ってアングリマーラの前へ行き、僧侶に対する礼をとり、
「今後は供養するであろう」と言います。
そしてお釈迦様に
「お釈迦様はいつも慈悲をもって迷いを除いてくだされる。
これからも私たちをお導きください」
と礼拝して帰って行きました。

「仏の慈悲は苦しむ者にひとえに重くかかる」
と言われるように、苦しみのどん底にあったアングリマーラは、お釈迦様の教えを聞いて、その日のうちに悟りを得たといわれます。

仏教は、どんな極悪人でも救われる教えなのです。

  アングリマーラ、妊婦を救う


翌日からアングリマーラは、舎衛城に行って托鉢をし始めます。
すると、一人の女性がお産に苦しんでいるのに出会いました。
それを見たアングリマーラは、昨日は99人の人を無慈悲に殺したのですが、今日は憐れみを感じます。
しかし、昨日、大量虐殺事件を起こした手前、どうすることもできません。

祇園精舎に帰ってお釈迦様にご相談すると、
「そなたは今からその女性のもとへ行って、私は決して嘘はいわない。
生まれてから今まで、殺生をしたことがない。
私のこの徳によってそなたの悩みはいえるであろう、と言うがよい」
といわれます。驚いたアングリマーラは、
「昨日99人殺していますので、とてもそんなことは言えません」
とお答えすると、
「生まれてから、というのは、悟りを開いてから、ということである」
と言われます。
そういうことかと納得したアングリマーラは、女性のもとへ行くとそのように言い、女性の苦しみを和らげたといわれます。
アングリマーラの心はガラリと変わってしまったのです。

  アングリマーラへの迫害


しかしながら周りの人々はそうはいきません。
アングリマーラが舎衛城を托鉢に歩いていると、みんな無差別殺人事件を覚えていて、何のお布施もしないのはもちろん、口々に悪口を言います。
殺人鬼であるという噂が広まり、周りから石を投げられたり、棒で殴られたりもします。
多くの人を殺して血まみれになったアングリマーラは、今度は自分の血で血まみれになりました。
痛みに耐えて祇園精舎に帰ると、お釈迦様にこう言います。

「私は自分の煩悩によって多くの命を奪い、アングリマーラと呼ばれるようになりましたが、幸いにもお釈迦様のお導きで悟りを開きました。
仏さまはよくぞ私のような極悪人を憐れみたまいて、お助けくださいました。
おかげさまで心は明るく、痛みも苦になりません。自殺しようとも思いません。
やがてこの世の縁が尽きれば、涅槃に入ることは明らかです」
それを聞いたお釈迦様は、
「我が弟子の中、法を聞いて早く悟ること、指鬘のように勝れた者はなし」
と言われたといいます。




 


つづく