③からのつづき


迎えた1月2日。

 レース当日も、朝から慌ただしい連絡が入ってくる。

「10区を予定していた柴田の体調が思わしくなく、本人から『難しいかもしれません』という連絡が入りました。とりあえず、前日の刺激練習を走ってみて決めようという話をしたり……。もうバタバタでした」

8時に号砲がなってから間もなく、1区の溜池が遅れる。去年、同じ1区を区間4位でまとめた実力者なのに……。溜池は区間19位となり、続く2区。昨年、史上最高の2区を制したエース吉居大和も区間15位と番手をさほど上げられず、前回3区区間賞の中野は区間20位となり、総合でも18位と低迷した。


さすがにこの段階になると、異変は誰の目にも明らかだった。


 これは体調不良に違いない……。


 それでも主将の湯浅が区間3位の好走で13位まで挽回し、往路のフィニッシュ地点では10位とは18秒差と、シード権が見える位置でしのいだ。

往路が終わって、藤原監督は往路を走った選手のうち、湯浅を除く4人が体調不良だったことを明かした。

「藤原体制」を見続けてきた私も、なんともやるせない気持ちになってしまった。

よりによって、箱根駅伝でこんなことが起きるのか、と。


⑤につづく