コロナ自粛の一環として家に居ることが増えてきた。元々仕事以外で外出することは少ない出不精タイプだったのだが、最近は特にその傾向が強い。不要不急の外出を最後にしたのはいつだったか、とんと思い出せない。

 

さて、家、すなわち自室に居ると、必然的に手元のスマホやPCに手が伸びる。「情報汚染は存在します」派の一員として、普段から極力余計な情報を取り入れないようにしている。仕事や勉学、自分に有益なものだけを摂取するようにコントロールしているのだ。

 

「うわ何だこいつ。意識高い系か。」と思ってブラウザバックしようとしたそこの貴方、少し待ってほしい。これはそんなに堅苦しい話ではない。例えば漫画や動画も私にとっては”有益な情報”である。読んで楽しい。見て楽しい。これが有益でなくてなんなのだろう。

 

最近のお気に入りは物理エンジンによるおもしろ動画だ。見ていると脳が空っぽになって、スッキリした感覚を味わえる。ここを読んでいる貴方にもぜひオススメしたい。

 

 

 

 

逆に有益でない情報とは何なのだろう。その答えはシンプル。”摂取すると感情や思考が汚染される”情報だ。

 

「うわ何だこいつ。危ない電波系か」と思ってブラウザバックしようとした貴方、少し待ってほしい。これは割りかし真面目な話なのだ。

 

我々の周りには情報が溢れていて、それを得ることは確かに快楽に繋がる。だが、それが果たして本当に””有益””なのか?我々は口に入る食べ物の生産地や栄養表示には気をつけていても、耳と目から入ってくる情報の生産地や栄養表示は意識していないのではないか?

 

今回はそんなお話である。

 

ジムが閉まって行き場がなくなった貴方。ぜひタブレットにでも表示させて、スクワットでもしながら読んでほしい。

 

休校が相次ぎ暇を持て余した貴方。正直この文章にはテストの役に経つことは1ミリも書けていないので勉強を優先してほしい。

 

そして何より、おとなしく自粛しているはずなのに、ストレスばかり溜まっていく気がするそこの貴方。まずはニュースやまとめブログを閉じてほしい。そいつらは有害だ。汚染情報の中でもとびきりの有害情報だ。

 

それ以外の方々も、この記事を読んで日々の情報摂取活動改善の一助にしていただければ幸いだ。

 

なお、以下の内容において、何度か情報を食べ物や毒にたとえる言い回しを使っている。この毒とは、単純な真偽ではなく、要するにその情報を摂取した貴方がストレスを感じるかどうか。その一点にのみ判断基準を据えていることを、予めご理解いただきたい。

 

1.)情報は排泄できない

さて、まずはこの話から。我々は日々食べ物を食べ、飲み物を飲んでいる。私は違うよ!という方は居ないだろう、多分。
 
これらは我々の口から入って、胃や腸を通り、最後に肛門や尿道を通って外に出ていく。そんな働きをせっせとこなしてくれる細胞君サイドも日々入れ替わっているらしいので、トータルでいうと「我々の口から入ってきたもので、永久に体に残り続けるものは基本ない」はずだ、多分。(ガチ医学系の人とかで、そうでもないっすよってのがあったらコメント欄で教えてほしい)
 
一方で、情報を同じ切り口から見てみると、あれ、違くない?という気がしてくる。
 
これは自慢なのだが、私は記憶力がいい。今でも学生だった頃の恥ずかしい記憶を思い出して(比喩ではなく)ビタンビタンしながら悶えることができる。
これは何気にすごいことではなかろうか?顔が赤くなり、動悸を感じ、胃の辺りがきゅーっと締められる感覚に襲われ、最後は顔が歪んでしまう。ウン十年前の記憶だけでだ。
 
ここまで来ると、もはやちょっとしたのようなもの。別に毒に詳しいわけでもないが、一度摂取しただけで10年以上効果が残り続ける毒なんて、そうそうないだろう。
 
別に今恥ずかしい目にあっているわけでも、命の危機にあっているわけでもないのに、苦しくなる。もう少し若かった頃、私はどうにかやめられないものかと躍起になったことがあったが、すぐ諦めた。意識すればするほど、鮮明に思い出してしまう
 
嫌よ嫌よも好きのうち、なんてのは戯言だと思うが、記憶に関してはまさにそれだ。消そうとすること自体が既にそれを意識していることであり、結果としてより深く覚えてしまう。唐突に思い出すことも防げなければ、意図して忘れることもできない。クソゲーにも程がある。
 
そんなわけで私の黒歴史は、今やめでたく、脳皮質に強固に根を張っている有様だ。ボケるか、死ぬまで私を苦しめ続けることになるだろう。率直に言って、超辛い。が、どうしようもない。ウンコみたいに、そのうち勝手に出ていってくれると助かるのだが。
 

2.)情報からは逃げられない

というわけで、ここまでの話は、一言でいうと「情報って脳に入ってきた後に取り除くのは超大変だよね!」という話だ。
 
それで、ここからの話は「情報って取り入れないようにするのも超大変だよね!」という話になる。
 
情報はヤバいものだ。以下に、情報がどれだけヤバいものなのかを列挙していく。
 
・食べ物が腐っていたら、我々は吐いて、下痢をして、なんとかその毒を外に叩き出そうとする。しかし、情報は意識しないようにするということが事実上不可能。意識しないように”意識して”しまうため、結局意識してしまうという詐欺みたいな事態に
 
・食べ物が腐っていた場合、我々は鼻で嗅いだり口に含んだりした段階で、それがヤバいものであることはなんとなくわかる。一方で情報は、ヤバいかどうか判断するために一度飲み込まなければならない。
 
・食べ物は同じものを食べてても、飽きはしても無意味にはならない。けれど、情報はそうはいかない。基本的に一度入ったものは情報としての価値が激減してしまうことが多い。常に新しいものを取り入れ続けることを強いられているんだ。
 
と、ざっと書くとこんなところだろうか。場合によっては腐った食べ物よりずっと長く、ずっと強い悪影響をもたらすくせに、情報は”防ぎにくく、残りやすく、消しにくい”というヤバい性質を持っている。
 
特に、”情報を吟味したときには既に手遅れ”というのはとびきりヤバい性質だと思う。もう入っちゃった情報は消し難いのに、入らないと判断できない。詐欺みたいなヤバさを身にまとっている。それが情報だ。
 
また、我々が情報を取り入れる時、通常であれば目か耳から取り入れることになる。これが情報のヤバさを加速させているといってもいい。
 
なにせ、普段の生活で塞ぐのが難しい。耳や目を塞いで通勤しようとしても、部屋から一歩も出られない。特に目に関しては、情報を取り入れる上で9割9分とかそんなレベルで依存している。閉じながら生活するのは不可能だろう。
 

3.)その情報、必要ですか?

さて、ここで冒頭のコロナに話題を戻すとしよう。寝ても覚めても我々を悩ませるコロナ。当然その影響は日常生活の隅々にまで及んでおり、もはやコロナの情報を取り入れることなく一日を終えることは困難といえるレベルにまで達している。
 
テレビを点ければコロナ。ネットにつなげればコロナ。仕事をやればコロナ。コロナコロナコロナコロナ。めまいがしてくる。
 
そこで私は少し前に自分に投げかけた問いを、試しに皆さんにも投げつけてみたい。
 
そのコロナの情報、あなたに有益なものになっていますか?
 
ずばりこれだ。玉も石も、猫も杓子もコロナの情報をあなたに渡してくれる。その気がなく押しつけてくる。世俗を断ち切って山奥にひっそりと潜む仙人のような生活をしているのでもなければ、絶対に、絶対にコロナの情報は入ってくる。
 
ただ、その質には正直疑問符が10個くらい付く。
 
どこで感染者が何人出ただとか、
 
有名な誰かさんがかかっただとか、
 
中国が悪いだとか、、
 
WHOは中国の傀儡になってしまっただとか、
 
老人がマスクを買い占めているだとか、
 
自覚が足りない人がうろついてコロナを広めただとか、
 
日本の政府は対応がヌルいだとか、
 
どれ一つ選んでも真偽を検証するのに大変な労力と権力を要する話ばかりだ。それへの対策とあわせて、選ばれた立場の人以外は関われない話ばかりである。
 
BCGが効く?たとえ適当な解析ツールを使って有意差を検証してみたところで、じゃあ我々一般庶民に何ができるのか?何もできはしない。BCGを普及させることもできなければ、今すぐにBCGを接種してもらうこともできない。
 
中国が作ったウィルス兵器?なるほど。では中国に視察団でも送って、その真偽を明らかにするしかない。そのためにはまず政権に対して何らかの抗議を行わなければならない。一般庶民の声を政治家に届けるためには、それこそ社会現象と呼ばれるレベルの反響がなければいけないだろう。ではまず、100人の賛同者を集めるところから始めよう。
 
自粛が不十分な人がコロナを広めている?確かに大問題だ。必要最低限の外出にとどめて、できるだけ感染を防ぐのが今必要とされることだろう。ただ、我々一人一人の声は驚くほど小さい。総理大臣も都知事も、すごくバカっぽい言い方をすると有名人だ。権力もある。その気になれば数万単位で公務員に命令を下せる立場だ。そんな人達が四苦八苦している自粛への協力状況に対し、我々には何が出来るのだろうか。
 
言ってしまってはなんだが、今の状況で我々一般ピープルに出来ることなんて「ほとんど存在しない」に等しい。ツイッターや匿名掲示板で暴れようが、その労力に見合うほどの結果は全く期待できない。それなのに、そんな大きすぎる問題の情報が至るところに溢れている。
 
まるで知ってしまえば何かを変えられるかのように。

4.)無関心になる覚悟

断っておくが、今の状況について思うところがない、というほど鈍感な人間ではない。政治や経済、人々のあり方について、言いたいこと思うところはたくさんある。
 
ただ、それらを検討して、今の自分ができることを検討すると、まぁ驚くほどに少ない。そして、「そんなことに労力を使うくらいだったら、自分のために勉強とかしたほうがよくね?疲れてんならゲームして、漫画読んで、早めに寝たほうがよくね?」という意見が頭に浮かんでくる。
 
別に大きな物事に関心がある人を馬鹿にしたいわけではない。自分より大きな何かに向き合うことで自分を確かめられるということもママあるだろう。
 
ただ、脳のリソースは有限で、時間もまた有限だ。考えたり、情報を取り入れたりすると、脳は疲れる。一度頭に取り込んでしまった情報は、基本的に追い出せない。それらが積み重なって疲れてしまった貴方のストレスの処理もまた、貴方の脳の仕事だ。
 
必要最低限の情報だけ取り入れたら、あとはシャットアウトして、自分がやれることをやっていく。これもまた一つのあり方だろう。
 
現に私はそうしている。コロナ関連の情報にはここ1週間くらい意識して触れていない。仕事の同僚などに話を振られたときも、適当に返してお茶を濁している。めんどくさいからだ。
 
無論、これには覚悟も必要だ。もしかしたら、貴方がいつも見ているサイトやテレビ番組でだけとんでもなく有益な情報が公開される可能性も0ではない。
 
だから情報を取り入れない”覚悟”が必要なのだ。人間は情報を捉えそこねることで損をすることに本能的な恐怖を覚える。現代社会に生きる我々は特にその傾向が強い。
 
ただ、一ヶ月前と比べて我々が出来ることが増えたか?と考えると、その可能性も限りなく低い気がしてくる。また、有益な情報があるか、と言われると別にそんなことはないと思う。我々が取れる有効な対策は、”うがい”、”手洗い”、”外出自粛”の3つだ。何一つ更新されてはいない
 
それでも、どうしても情報がほしいのであれば、吟味に吟味を重ねられた情報を手に入れるべきだ。無駄に人を煽ることなく、あくまで我々に出来ることだけを伝えてくるような番組や情報サイトを。
 

まぁそんなものはないんですけどね。

 
当然といえば当然だ。別に自らのやっていることを誇るわけではないが、情報を発信するのには大なり小なり労力と時間を要する。
 
「現状我々(あなたたち)にできることは少ないので、情報をシャットアウトして、手洗いうがい自粛を続けましょう。いつ終わるかもわからないし、いつ感染するかもわかりませんが、淡々と続けましょう。」
 
なんて後ろ向きに感じられる意見をわざわざ発信するために頑張る人はいない。「今こそ踏ん張り時だ」「気を抜くな」「惑わされるな」「頑張れ」。そんなメッセージを送るために人は頑張る。
 
それ自体はとても良いことだろう。人間社会の本質ともいえる。それを貴方がポジティブに受け付けられているうちは。
 

真偽ではない。良し悪しでもない。量なのだ。正しい話だろうと、嘘の話だろうと、ポジティブな話だろうと、ネガティブな話であろうと、情報を取り入れる度に脳は働く。体にいいものでも大量に摂取すると悪影響をおよぼすように。情報もまた、過剰に摂取すると確実に悪影響をもたらす。

人が消化できる食べものに限界があるように、人が処理できる情報にも限界がある。そのキャパシティを超えて、無駄にイライラしてしまったり、そのイライラを人にぶつけてしまったり。そんなのは本末転倒だ。

 
……と、私は信じている。だからニュースを見ない。ツイッターを見ない。まとめブログを見ない。匿名掲示板を見ない。手も洗うし、うがいもするし、外出も自粛する。けど、それ以上の情報はいらない。勉強したり漫画を読んだり、ゲームをしたり動画を見たりしてる。
 
まぁ実際の効果は知らない。ただ、日々の憂鬱が少しは減ってくれた。
 
さて、今回の記事は以上だ。皆さんがこの文章を読むという行為に対し、脳の疲労をいとわず労力を費やしてくれたことに感謝を。何かしらのプラスになってくれていると幸いだ。