パリオリンピックの卓球女子団体で銀メダル、女子シングルスで銅メダルを獲得した早田ひな選手が、13日、帰国後の記者会見で、どこか行きたいところがあるかと聞かれ、「あんパンマンミュージアム」と「鹿児島(知覧)の特攻資料館」の名前を挙げ、「生きていること、そして自分が卓球をこうして当たり前に出来ていることっていうのは、当たり前じゃないというのを感じたいなと思って、行ってみたいなと思っています」と答えた。このことが、日本では大きな話題となり、韓国や中国のネットの世界では大騒ぎになっている。
会見での早田選手のほぼすべての発言は、以下のYoutube「テレ東卓球チャンネル」でみることができる。ぜひ本人の肉声で直接この発言の真意を感じ取ってほしい。その生の声を聞けば、この早田選手がいかに聡明で、しっかりと自分のことを分析し、自分と向き合うことを大切にしていることがよく分かる。つまり「鹿児島の特攻資料館」という突然の発言も、けっしてふざけて言ったとか、いい加減な考えで喋ったという訳ではないことが分かるはずだ。
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冷静な自己分析が光る早田選手の記者会見の中身
早田選手はパリオリンピック卓球女子団体決勝で、張本美和選手とぺアを組んで臨んだ最初のダブルスの試合で、フルゲームまで持ち込んだ末に2-3で敗れた試合について、記者会見では次のように語っている。
「金メダルをとるためにやらなければいけないこと、自分と向き合えなかったということには後悔があるので、結果はどうであれ、4年後を目指して、またあの舞台で中国人選手と闘っていい結果が出せたらいいなという想いです」。「向き合い方にちょっとしたズレがあった。決勝戦のダブルスで9-5(で日本が勝っていた局面)から9-10(で中国に逆転を許す)までいって、そこからデュースに追いついたんですけど、最後2本、自分がミスして負けたしまったんですけど、やっぱり9-5からのサーブの選択だったり、相手が追い込まれたときの技術力の高さだったり、その駆け引きと技術力っていうところで差が出てしまったのかなと思う。相手も5-9負けだったときでも相手の表情は別に焦っているわけでもなく、顔が澄(す)んでいたので、あぁ覚悟は決まってるんだろうなって感じてしまって、(却って)自分が怯(ひる)んでしまった部分があったので、そういう部分で真っ向勝負するのか、違うことで勝負するのか、その駆け引きの能力っていうのが足りなかっただけかなと思うし、やっぱりあそこで勝ち切るというのが中国人選手の強いところかなと思う。だけどそれは練習で身に付けられるわけでもなく、試合のああいった局面でしか出来ない、試すこともできないので、ああいった部分を自分が取りこぼさないように、そしてそこで負けたという部分にはしっかりと自分と向き合って反省して次に活(い)かせるように頑張っていきたいと思っています」(動画の最後の部分を字起こしした)。
こうした発言をみるだけでも、彼女がいかに聡明で、自分の試合と技術・能力を冷静に分析し、自分としっかり向き合うことを大切にしている選手だということが分かる。
特攻資料館訪問は特攻隊員の賛美に繋がるというのか
早田選手の記者会見での発言に対して、日本では、作家の百田尚樹氏や門田隆将氏、それにお笑いタレントのほんこん氏が、この若さでよく言ってくれたと大歓迎と感激の反応を見せ、実際に「知覧特攻平和記念館」などの関連施設を見学したことがある多くの人たちからは、「ぜひ見るべきだ。当時の普通の若者たちがどんな想いで戦争と向き合ったのかを彼らが残した手記などを見て、戦争と平和の問題を考えてほしい。悲しい犠牲を二度と再び繰り返さないために、何が出来るかを考えてほしい」などのコメントが溢れている。
ところで社会学者の古市憲寿氏はフジテレビの情報番組で「特攻があったから今の日本が幸せで平和だっていうのはちょっと違う」とコメントしているが、早田選手は別にそんな言い方はどこもしていない。自分がいま生きている世界、思う存分、卓球に打ち込める時間は、「当たり前に与えられたものではなく、かけがえのない特別なものなのだということを特攻の歴史を通して学びたい」と言っているに過ぎない。「特攻」という存在を肯定するつもりなどないのは明らかで、トンチンカンなコメントというしかない。
ところが、中国・韓国でのこのニュースの受け止め方は、古市氏の感覚に近いものがある。中国の検索サイト「百度百科」で調べた記事では、早田選手の「特攻資料館に行く」という行為は、「拜鬼」(鬼に敬意を表し挨拶する)という言葉を使って表現されている。この「鬼」(gui)とは中国語で「霊、霊魂」の意味で、「特攻隊員の霊に参拝する」つもりだ、と受け取られているのだ。
<微博.com「想拜鬼!孙颖莎和樊振东取关早田希娜,原则问题不容侵犯」>
<好看視頻「早田希娜欲“拜鬼”引争议,孙颖莎樊振东取关表立场」>
また、早田選手は中国でも好敵手として注目されている選手で、「苹果酱 」(リンゴちゃん)という愛称で呼ばれるほどファンも多いというが、今回の発言で「その好感度はゼロになった」という記事もある。
<好看視頻「好感度全无!早田希娜日本不当言论引争议,孙颖莎樊振东均取关」>
早田選手の平和への想いは誤って中国に伝えられている
そして、早田選手は、パリで男子シングルス金メダルの樊振東選手の勧めで8月12日に微博(ウィーチャット)のアカウントを開設したばかりで、中国からも多くのコメントが寄せられていたが、このニュースを聞いて、樊振東選手と女子シングルスで銀メダルを獲得した孫穎莎選手が、早田選手の微博アカウントのフォローを外したことが、中国のSNS上で大きな話題となり、コメント欄には「早田選手は中国人の越えてはいけないラインに抵触した」「侵略者を崇拝することは私たちの国民感情を傷つけ、受け入れられない」「この悪名高い場所が軍国主義を呼び起こす場所であることを知っているのか?」など、早田選手を非難する書き込みが相次いだ。
こうした中国における反応を共同通信が記事にして、世界に発信したものだから、日本では地方紙を含めた多くのメディアが一斉に報じ、さらに韓国でも共同通信の記事を引用する形で大きく報じている。
<共同通信8月14日 21:06配信「中国選手が早田選手フォロー外し 「特攻資料館に行きたい」発言>
韓国のメディアやネット上では、特攻のことを「カミカゼ」と呼び、太平洋戦争で日本が行った自爆・自殺攻撃のことだとし、「ハヤタが行きたがっている場所は第二次世界大戦当時、韓国を含むアジアを侵略した日本軍の自殺特攻隊を記念する場所だった」と主張した。別段、韓国へ特攻隊が出撃した事実はないのに、日本「軍国主義」の象徴として特攻隊を強調する意図がある。しかし、「知覧特攻平和会館」は中国や韓国がいうように「軍国主義を鼓吹し侵略者を崇拝する」施設ではなく、過去の悲惨な戦争の歴史をいまに伝え、恒久平和を祈念して建てられた建物であり、早田選手にとっても資料館の訪問は平和を願い平和の大切さをかみしめるものとなるはずだった。しかし、そうした気持ちは、誤った形で中国・韓国に広がる事態となっている。
純粋なスポーツの世界に過去の歴史を持ち込む愚
ところで、早田選手がパリオリンピックでメダルを獲得するために激突し、大きな壁となった相手こそ、中国の孫穎莎選手であり、韓国のシン·ユビン(申裕斌)選手だった。韓国メディアは「今回のオリンピックで主に対戦した選手たちが韓国と中国など日帝侵略を受けた国の国家代表選手だったということで、“神風の歴史を見ながら覚悟を決めたい”というハヤタの発言は物議を醸しました」と報じた。相変わらずのワンパターン化された歴史認識であり、日本はいまだに軍国主義に染まり、侵略を繰り返す存在のはずだ、という一方的な過去に対する思い込みをスポーツの世界にも押しつけている。
選手たちは、ただ自分の持てる技のすべてと実力だけを頼りに、孤独な戦いに挑んでいるのに、そこに国家間の対立や政治問題化された歴史を持ち込み、選手同士の精神的な葛藤を増幅させようという意図があるのかもしれない。スポーツに政治を持ち込むことで、何も考えない観客はただ普通に熱狂するだろうが、選手たちはおそらくまったく別の世界で闘っている。それは冒頭の早田選手の記者会見での発言でも分かるはずだ。競技で自分が見せる一瞬の技や、持てる力のすべてを発揮してつかんだ結果のその先に、人々の何事にも代えがたい感動の一瞬が待っていること、そうした選手の姿を見ることによって人々の世界を見る目は変わるかも知れない、未来はもっと可能性で開かれているかも知れないと信じ、自分も努力しようと、あとに続く挑戦者が増えること、そんな夢が広がる明日を選手たちは夢見ているのかもしれないのだ。
いつまでも、うしろ向きの暗い過去の話を持ちだし、何の役にも立たない虚像の歴史を論じるのはそろそろ止めにしないか。