「100年に一度の豪雨」で広東省が洪水被害

ことしは4月から5月にかけて、東アフリカや中東、アフガニスタン北部やブラジル南部など世界各地で、大量の降雨による洪水が同時多発的に発生、多くの人命が失われ、社会インフラにも大きな被害が出た。

そのうち中国広東省では、中国政府が「100年に一度の気象災害」だという洪水が発生し、多くの地域が水没している映像がメディアやSNSに流れた。「100年に一度」というが、その「100年に一度」の気象災害がここ数年、頻繁に起きているということは、もはや「異常気象」でもなんでもなく、それが通常の状態に変わりつつあることを意味している。

ところで、中国で頻発する洪水被害について、もはや「自然災害」というレベルではなく、「人災」ではないか、という議論が起きていて、日本のユーチューバーも何人かそういう議論を展開している。いわく、地方政府は治水事業として多くのダムを建設しているが、ダムは本来、洪水被害を軽減するためのものなのに、実際はダムを建設したあとのほうが下流の洪水被害が増えているのだという。また洪水の被害面積や被害規模に比べて、死者や避難した被害者の数が少なすぎ、洪水被害の規模を小さく見せるために、当局が虚偽の報告をしているのではないかという指摘もある。

日刊日本5月4日「中国広東省で100年に1度の豪雨 堤防決壊・河川氾濫で1.3億人に避難勧告」

 

ダムを建設したあとに洪水が多発する理由

なぜダムを建設したあとのほうが、洪水被害が増えるのかというと、台風などで河川の増水が予想されるときは、ダムはそうした増水に対応するため、あらかじめ放水して、貯水量を減らしておく必要がある。しかし、そうした事前の予備放水措置がとられないと、上流に降った雨でダムの許容量を越えたとき、緊急放流することになるが、そのときは、すでに下流でも増水しているため、ダムの緊急放流によって下流はさらに水嵩を増すことになるというわけだ。

今回、中国広東省で発生した洪水被害は、珠江デルタに注ぎ込む支流の一つ、「北江」という川の流域で発生したが、この流域の韶関市や清遠市といった地方政府は治水事業と称して、各地に水利ダムを建設し、中央政府や省政府から事業費として交付金を受けてきた。

そうした治水事業は、地方政府が土地の使用権を売却する不動産開発事業によって利益を得ているのと並んで、地方政府の大きな利権となっている。治水事業は中央政府などからの公的資金・財源を得る手段となっているだけでなく、工事費をピンハネしたり、工事業者と結託してコストを不正に抑えるなど、腐敗・汚職の温床になっているともいわれる。その結果、手抜き工事が横行し、本来の治水事業の目的が蔑ろにされ、ダムが本来の基準や品質が守られず欠陥が多いという指摘や疑念が生まれている。

三峡ダムはいつ決壊してもおかしくない「時限爆弾」!?

中国のダムと言えば、世界一の貯水量と発電能力を誇る「三峡ダム」が有名だが、航空写真でダム本体の堤体が歪んでいるように見えると指摘され、一時は、いつ決壊してもおかしくない「時限爆弾」だとまで言われたことがある。その危険はないというのが専門家の見方だが、今も毎年、豪雨の季節になると、三峡ダムの水位に注目を集まるのが年中行事になっている。

ところがダムの決壊という危険性より、長江が押し流す土砂の流れを変えたことによる地形や河川環境の変化のほうが問題は大きい。ダム湖のいちばん奧にあたる重慶市付近では、湖底に土砂が貯まりつづける「河床上昇」によって、水位が上がって洪水が発生しやすくなっているという。逆にダムの下流では、流入する土砂が減ったために「河床低下」という現象が起き、河口部まで土砂が供給されずに河口デルタが縮小し、河口や沿岸域の干潟が劣化し、漁業や農業に甚大な悪影響を及ぼしている。そればかりでなく、巨大な湖水面積から蒸発する水蒸気によって雨雲が形成され、三峡ダムの上流・下流では近年、降雨量が増大し、下流地域の洪水被害は却って拡大しているという指摘もある。何と言っても、ダム湖の総貯水容量は393億㎥(黒部ダム湖の約200個分)、湖水面積は約1084km2(琵琶湖の約1.7倍)、湖長は663km(ほぼ東京~姫路間)に達するという大きさである。その規模からだけでも、人間の手で地形や自然環境をいかに大きく改造したかが分かる。

 

中国は国内に世界最多のダム、海外へも「ダム輸出大国」

そういった三峡ダムをはじめ中国のダムをめぐるさまざまな問題点を論じたのが、時期は溯るが、2020年10月の『Newsweek日本語版』「中国ダムは時限爆弾か」という特集記事だ。それによると、中国は、世界でもっとも多くのダムを国内に抱える「ダム建設大国」であると同時に、アフリカや東南アジアなど多くの国のダム建設を請け負う「ダム輸出王国」でもあるという。2014年時点で、中国が海外に建設したダムの数は333基で、習近平が「一帯一路」構想を打ち出した2014年以降は、さらにその数を増やしているという。

『Newsweek日本語版』2020・10・7「その数333基、世界一のダム輸出国・中国の『無責任』

中国が、アジアやアフリカに投資して「ダム輸出」するのは、「相手国の電力不足を解消して経済発展を手助けするのと引き換えに、資源を確保したり軍事的な拠点を造ったりすることで、中国の政治的利益に直結している」(同上)。しかし、ダム建設という巨大プロジェクトとなれば、「往々にして新興国の汚職体質と結び付き、相手国の発展ニーズを考慮せず、粗製乱造のダムを建設することも少なくない」(同上)。Newsweekの特集記事では、建設からわずか2年で、7600か所ものひび割れが見つかった南米・エクアドルのダムや、嵐でダムに穴があいて決壊した中央アジア・ウズベクスタンの例などを紹介している。

またロイター通信によると、中国は、チベット高原に源を発し、ミャンマーやタイ・ラオスなどの国境を流れる国際河川・メコン川(中国名・瀾滄(らんそう)江)の中国側の本流でも、2023年までに10か所以上で巨大ダムを建設しているほか、瀾滄江に流れ込む支流にも95基以上の発電用ダムを建設している。さらに数十基の建設を国内で予定しているほか、ラオスなどメコン川下流域の国に対しても、巨額の資金援助を行ってダム開発のプロジェクトを推進し、多くの発電用ダムを建設している。

REUTERS ワールド2023年4月3日「メコン川上流に中国ダム、追いつめられるタイの漁村」

そうした中国によるメコン川・瀾滄江のダム建設によって、カンボジアなど下流の湖では水位が下がって干上がり、農業や漁業など流域住民の暮らしにも深刻な影響が出ている。メコンデルタ関係国の間では、中国によるダム開発と水位変化の影響は、大きな経済・環境問題として中国との外交イシューに発展して、すでに久しい。

チベットの渓谷に三峡ダムの3倍の水力ダム計画

メコン川の問題も、中国によって建設されたダムによって地球環境が大きく傷つけられた例だが、それだけではない。チベットの深い渓谷を流れ下るヤルンツァンポ川(雅魯蔵布江)でも、巨大なダム開発プロジェクトの話が、長年にわたって議論されている。

地図を見ると、ヤルンツァンポ川はヒマラヤ山系をぐるっと半周するように、チベット高原の南側の深い渓谷を東へと流れ下ったあと、南に向きを変え、インドに入ったあとは流れを逆向きの西へ向け、ブラマプトラ川と名前を変える。そしてバングラデシュに入ってからは、広大な湿地地帯を潤すように幾筋もの網の目のような流れを作り、やがてインド洋に注ぐことになる。

中国は、このヤルンツァンポ川がインドに入ってブラマプトラ川と名前をかえる手前、流れが東向きから南向きへと大きく屈曲する地点、中国語では「大拐弯」つまり「大屈曲」と呼ばれる地点の墨脱(ムトク)県付近で、海抜2900mから680mまで落差2200m、長さ250キロの渓谷の間に、あわせて6基の巨大ダムを建設する計画だという。一つのダムの発電量は落差400メートルの水流を使って1000万キロワット、6基あわせての総発電量は6000万キロワットは、三峡ダム(2250万㎾)の3倍、原発40基分に相当する規模だといわれる。

しかし、この地域まで大型トラックが通年で通行できるような道路はなく、交通の便の悪い山間の僻地に、これだけの大規模工事を行うには、莫大な資金と時間が必要であることだけは間違いない。「建設費は三峡ダムの28倍」だと試算する中国のYoutube動画もあるが、経済が低迷する今の中国でそれだけの巨額の資金を捻出できる能力があるのか。そもそも近くに電力消費地はなく、そこまでして元がとれるのかは分からない。さらにこの地域はヒマラヤ造山運動の地殻変動によって地震多発地帯でもある。渓谷に作られる巨大ダムの重さによって、地震が誘発されることはないのかなど、不安は尽きない。

チベット高原の水源をめぐる「アジアの水覇権」紛争

そればかりではない。天野健作著『アジアの水覇権』(博論社)によると、この墨脱ダムの水を運河でつなぎ、東北の方向にある黄河へ繋げる、いわば現代版『南水北調』の構想も進んでいるのだという。<参照:産経新聞4月24日長辻象平「ソロモンの頭巾」>

実は、中国には未来の「五大超級工程」(5つの超巨大プロジェクト)と呼ばれる構想があって、①ヨーロッパと繋ぐ高速鉄道、②独自の宇宙ステーション、③海南島を結ぶ長さ80キロの海底トンネルの建設と並んで、④「墨脱水电站」(墨脱水力発電ダム)と⑤「藏水入江紅旗河」が挙げられている。チベットの水(藏水)を黄河に入れる(入江)ための長さ6288キロの運河「紅旗河」を建設するというもので、毎年600億㎥の水を黄河に運ぶことができるという。

百度知道「中国未来五大超级工程」

しかし、メコン川やヤルンツァンポ川つまりブラマプトラ川をみても、チベット高原とヒマラヤ山脈は東南アジアや南アジアのほとんどの国が水源としている。墨脱ダムや紅旗河運河が出来たら、このチベット高原の水はすべて中国に吸い取られて、インドやバングラデシュの大地は砂漠化する可能性さえある。墨脱ダムの建設にインド政府が猛然と反対するのは当然でもある。

南シナ海の珊瑚礁が中国によって破壊され、軍事要塞としての人工島が次々と作られている海洋覇権と同様に、チベット高原でのダムや運河の建設は、まさにアジアの水覇権をめぐる問題であり、一国の独断専行によって、国際河川の水の流れがこれだけの規模で改変され、地球環境が修復不能なほどに傷つけられることを、世界は決して許してはならないと思う。