ロシアのウクライナ侵攻をめぐって、プーチンの戦争犯罪をストップさせ、ウクライナ国民を一刻もはやく命の危険から救うために、国際社会は一致団結し、必死の多国間外交を展開している。その一つが、西側の銀行や企業を巻き込んでロシアとの取引きを停止させ、プーチン体制を支える新興財閥オリガルヒを締め上げること、そしてロシア国民の厭戦気分をかき立てプーチンに対抗させること。また、中国の習近平に対してはロシアへの軍事支援・経済協力を止めさせ、国際社会なかんずくP5(国連常任理事国)の一員として責任を果たすように圧力をかけること。さらに、国際社会がユーラシア大陸に西側に目を注ぐウクライナ危機に乗じて、核ミサイル開発の総仕上げを目論む北朝鮮を徹底的に監視・威嚇し、金正恩の挑発を押さえ込むことだ。

<尹錫悦新政権による親中から親米への回帰>

ところで、薄氷の結果とはいえ、韓国の大統領選挙で革新左派の李在明氏ではなく、保守系の尹錫悦氏が次期大統領に決まったことで、韓国の外交は、レッドチーム入りと言われた文在寅政権の北朝鮮ファースト、中国べったり外交から、少しはまともな軌道に戻りそうな気配があり、韓国の今後の変化を期待させ、わずかでも希望を抱かせるものになった。

何よりも尹錫悦氏は、当選の勝利宣言から5時間後にはバイデン大統領と、そしてその1日後(11日)には岸田首相と相次いで電話会談を行い、日米韓の関係強化で意見が一致した。その後も、ジョンソン英首相(14日)、モリソン豪首相(16日)、モディ印首相(17日)と相次いで電話会談し、すでに米日豪印4か国による対中国の枠組みクワッドやインド太平洋戦略に加わるような勢いだ。

文在寅政権が中国に対する「三不(3つのNO)政策」、つまりサードTHAADの追加配備はしない、米国のミサイル防衛網には加わらない、日米との軍事同盟は形成しない、を約束し、その一方で、米日豪印の対中包囲網クワッドには参加しないとし、日本が提唱する「自由で開かれたインド太平洋(FIOP)」と距離を置く姿勢をみせたのとは正反対だ。

尹錫悦氏の大統領就任は5月10日で、それまでは「大統領職引継ぎ委員会」を構成し、人事など政権の骨格づくり、政策のアウトライン作りを行う。その引継ぎ委員会の人選に合わせて、矢継ぎ早に新政権の改革内容も明らかにしている。そのうちの一つが、大統領執務室をいまの青瓦台から市内の別の庁舎に移し、民情首席秘書官の廃止など統治機構を抜本的に変更するとしていることだ。尹氏は、大統領になったら「一人飯はしない、後ろに隠れない」と約束し、昼も夜も誰かと必ず食事を共にし、週1回は記者会見を開くと宣言している。文大統領が青瓦台に閉じこもり、年1回しか記者会見をせず、外国に出ても一人で食事したことを皮肉ったもので、当選後には早速、党幹部と連れだって商店街を散歩し、庶民的な食堂でキムチチゲを食べる姿を披露している。要するに、宮廷に閉じこもって強大な権力を奮う「帝王的な大統領」とは違って、国民のそばで国民の声を聞く大統領となるという姿勢をみせていることになる。

ところで、政権引継ぎ委員会の外交安保担当には李明博政権時代の外交ブレーンが多く起用された。たとえば李明博政権で外交部次官を務めた金聖翰(キム・ソンハン)氏は、尹氏の小学校の同級生で、尹氏の選挙対策本部でも外交安保政策本部長を務め、次期政権の外交部長官と目されている。韓米同盟を外交安保の中心軸に据えている人物だ。元大統領対外戦略企画官の金泰孝(キム・テヒョ)氏は、李明博政権で対外政策を主導した外交安保の中心人物と言われ、対北韓政策では強硬論者に分類されている。

<KBS日本語放送3/16「政権引継ぎ委、外交安保担当に李明博政権高官起用」

こうした人選を見ると、対米関係重視、対北強硬路線は確かなようだが、はたして対日外交はどうなるのか気になる。親日とみられた李明博政権も結局は、竹島に上陸し、天皇に謝罪を求めるなど、政権末期には反日に踏み出したからで、そのブレーンたちの対日観はどうなのだろうか。

<対日外交で見せる特殊な対日観>

そうしたなかで、選挙中、尹錫悦陣営の対日政策ブレーンを務めた朴喆熙(パク・チョルヒ)ソウル大国際大学院教授は、「新政権が発足すれば韓日関係改善に向けて積極的に取り組むとみられるが、関係改善には日本の努力も伴わなければならない」と指摘した。

聯合ニュース3/18「尹錫悦政権は「韓日関係放置せず」 日本も共に努力を=陣営ブレーン」

気になるのはその対日観である。朴喆熙氏によると、日韓葛藤の根底には相互認識の隔たりがあるとし、互いに相手にたいする不信感や信頼の欠如、責任は相手にあるという責任回避、相手が先に動かないかぎり自分から動く必要はないという責任転嫁、責任放棄があるという。そして、そうした認識の隔たりはどこから来るかというと、閉塞的な民族主義的な発想、具体的には「植民地時代の不法性を問い直す」という韓国の歴史認識、その一方で「もう反省も謝罪もしない」という日本の歴史修正主義、そして「美しい国・日本」、「世界をリードする韓流文化」などと自慢する自尊意識、自己中心主義があるという。

さらに朴喆熙氏は、日韓の間には、歴史認識や自己中心主義というギャップのほかに、序列意識というギャップもあるという。つまり、日本は韓国を上下の序列関係でみる傾向があり、日本はいまだに韓国を見下していると非難する。そして、そうした認識のギャップを乗り越えるには、対等な関係として水平化、横並びの関係で考えること、自己相対化し相手の立場に立って考えることが大切だという。

先進国入りした韓国は、PPP( Purchasing Power Parity)購買力平価での一人あたりGDPではすでに日本を追い抜き、個人消費も国防力も同レベルに達している。日本は韓国と対等となったことを認めるべきで、相手の立場に立って考える自己相対化こそ民族主義を乗り越えるためには必要だと主張する。

しかし、対等な関係だといっているのに、互いに見上げるも見下すもないはずで、いま多くの日本人には、韓国を下に見る、バカにするという感覚はないと思う。強いて言えば、ただ好き嫌いの感情があるだけだ。日本が自分たちを見下していると韓国の人が感じるのは、結局は、自分たちのほうが本来は上にたつ存在であり、古来より文化的には教える立場にあったという優越感があるからではないか?対等で、普通の国どうしの関係に戻るためには、いつまでも序列意識や上下関係にこだわっていたら、関係の改善など望めない。

被害者と加害者の関係といっても、今の大半の日本人にとって加害の経験と言われても「何のこと?」と実感はない。大半の韓国人にとっても、実体験として日本人から直接、被害を受けた経験はないはずだ。そんなことで被害者の相手の立場にたって考えろ、加害者としての責任と反省をはっきりしろと言われても、実体験も記憶もないのに「本心からの反省や謝罪」はあり得ない。それは韓国人とて同じで、学校や教科書でそう教えられているから、「日本は一度も謝罪していない」と非難し、「日本は歴史を修正し、軍国主義を復活させ、朝鮮半島に再び侵出しようと狙っている」と思わされているに過ぎず、それが本当かどうかについては、自分では調べたことも確かめたこともないのであろう。相互理解には歴史に対する謙虚さが必要だと朴喆熙氏はいうが、それは日本ではなくて韓国側に言えることで、慰安婦も徴用工も具体的な被害の証拠も証言もないのに「性奴隷」だ、「強制労働」だったと言いつのり、「植民地支配」といえば頭から悪だと決めつけ、それに反論すれば「親日」だと非難し、陣営の論理に置き換えれば済むと考えている。いずれにしても、論理がかみ合わず、互いに理解不能な複雑な感情を背景に、日本側には韓国を相手にするときの疲労感だけが残る。はっきり言って、できたら付き合いたくない、放っておいてくれというのが正直なところだろう。

韓国大統領選挙の結果を受けてNHKが世論調査で、“韓国の新大統領選出により、日韓関係がよくなると思うか”と聞いたところ、日本人の59%が「変わらない」と答えたという。関係改善が容易ではないことは多くの人が感じている通りだと思う。

<政権基盤の弱さが日韓関係の不安要素にも>

ところで、尹氏の当選翌日に行った日韓電話会談で、岸田首相が「日韓はお互い重要な隣国であり、健全な日韓関係は、ルールに基づく国際秩序を守り、地域や世界の平和、安定、繁栄を確保する上で不可欠だ」とし、1965年の国交正常化以来の友好関係が基盤だと話したのに対し、尹次期大統領は「韓国と日本は北東アジアの安全保障や経済繁栄など、今後力を合わせなければならない課題が多い。両国の懸案を合理的、かつ相互の共通利益に合致するよう解決していくことが重要だ」と強調したという。

KBS日本語放送3/11「尹錫悦次期大統領 岸田首相と電話会談」> 

これを見ても、尹錫悦新政権の対日外交に考え方は、ブレーンの朴喆熙氏の発言にもあるとおり、日本側が一方的な要求をするだけで自分からは何もしないというのではなく、相互努力と、お互いに得になることは進めるという相互利益を主張することにあるようだ。

ただし、尹政権のそうした姿勢も、国会では多数派を占める野党(現与党)の反対で政策の実現には多くの困難が伴うことから、ますます国民の声を気にするようになり、国民の声が反日に傾いたら、反日になるという恐れがあると指摘される。また親米路線を打ち出すために日本を利用しているだけで、自分たちは努力しているが日本がダメだったと責任を転嫁する可能性もあるという声もある。さらに政策が行き詰まったときには朴槿恵政権と同じく弾劾で失脚するという恐れもある。従って、日本にとって韓国は約束を破る国であると同時に、相手の政権がいつまで続くか分からないという不安を抱えた国でもある。結局、こちらから先に積極的に動くよりも、相手の出方を見極めて慎重に動く必要がありそうだ。

YouTubeチャンネル3/18「鈴置高史・韓国・次期政権と日本の向き合い方」