繁忙期 お歳暮は前より減ってる だが通販全盛…パケットものもひっきりなしに来る 疲れきって帰局
差し入れのカップヌードルがあった ひと段落ついてお湯を沸かす うむ 普段はオリジナルは食わないんやが うまいやん もう1個封を切る
お湯を注いで 帰る準備してたら麺が湯を吸っちゃったみたいでなんか固まってる笑 でもまあイケるわ 結局ふたつ食っちゃって…ふと思い出す
初めて食ったカップヌードルは マズかったなあ爆笑
アレは昭和46年頃か TBSの九州ネット局 日曜の夕方はヤングoh-oh!とゆー番組をやってた 大阪制作の若者向け歌番組
若かりし頃の桂三枝さんがバリバリ司会やってて 人気アナウンサーのかたが場内BGMにあわせて客席を回りながらギャラリーに「ハッピー?」「ハッピー!」と返すのが番組のウリで
当時の吉本興業の若手芸人が 全国区になる登竜門の役割を果たした番組でもあった 三枝さんはこの番組と「新婚さんいらっしゃい」やテレビCMで確固たる足掛かりをつかんだ
オレが見出した頃は若手落語家のユニットがあって 桂きん枝さんはレポーターで顔を売りながらたびたび女性問題で謹慎を繰り返し 林家小染さんは体格がよくて もっちゃりした語り口が特徴であったが酒の席の事故で早世してしまった 月亭八方さんは型破りな印象がある 月亭はハチャメチャなひとが多いと言ったら怒られるかw メガネでいちばんおとなしく見えた桂文珍さんは その後の漫才ブームから発展した創作落語で時代の寵児となった
人気者はまだまだ出てきて 明石家さんまさんがあの「小林繁投手のモノマネ」が火がついたのはまさにこの番組で 紳竜のりよしぼんちがボケとツッコミで3人ずつチーム分けしてゲームをやったのもこの番組
メインスポンサーは日清食品 とゆーわけで出前一丁やさまざまな製品のCMも流れていたのだが カップヌードルが発売になったとき 冒頭の「ハッピーじゃないか」というテーマソングと浜田省吾さんの出世作となった「風を感じて」が毎週毎週流れていたのである
幼稚園だったと思う 母親が買ってきたカップヌードル…オリジナルを一家3人 湯を注いで食ってみた…
おいしくないねえ(´Д`)当時オレらの感覚でインスタントラーメンと言やあ出前一丁…サッポロ一番…福岡風ならマルタイ棒かサンポー袋麺の印象 あきらかに異質とゆーかマズかった笑
だからオレは 長いことカップヌードルのオリジナルはキライやった 親に連れられてパチンコとか競馬に行くとカップヌードルの自販機がある カレーならおいしいねえ…子どもの頃はカレーヌードルしか食わなかった
シーフードヌードルが出てきて あーコレもイイねと チリトマトもまあよかった トムヤムクンは…日清食品のせいじゃない オレはあの手全般ダメで(^_^;)))
発売以来50年 やっとオリジナルがうまくなったのねと感慨しきりなわけだが
あの頃はアメリカがまだベトナム攻撃してて 中国は国交回復だっつってパンダを持ち込んで
日本も旧態然とした若者を取り巻くしきたりから 学生運動による荒涼と喪失感…ヒッピームーブメントの高まりとともにテレビの公開放送でハッピー?って一体感に酔わされてたんだろーねえ そんときゃそれでよかったんやろけど
半世紀を経て いま一度皆さんに問いかけたい ハッピーかい?と
悪いけどオラぁあんまりよくねーんだわ( ´_ゝ`)