週刊ゲンダイオンラインより

新潟大学医学部教授の岡田正彦氏(65歳) 続き

CTが原因でがんが発症するというデータは年々増えています。アメリカには、CTを繰り返し受けると、がんが十数%増えるというデータもあるのです。ところが、日本では全く問題になりません。それどころか、日本のCTの普及率は、2位以下を3倍も引き離す、ダントツの世界一なのです。

それでも、CTを使って数mmのがん腫瘍を早期に見つけることができれば、手遅れになる前に手術で切除して命を繋ぐことができる。だからCTは素晴らしいものだと、多くの人は思ってしまうでしょう。でも、一概にそう言えるでしょうか。

手術となったら、肺にしろ、胃にしろ、肝臓にしろ、組織をごそっと取り去ります。しかも、がんはリンパ管を通って転移するので、近くのリンパ節も全部取らなくてはいけない。大変な肉体的ダメージを受け、免疫力が大幅に落ちます。手術後には何度もエックス線写真を撮りますし、抗がん剤治療も必ず行われます。放射線療法をする可能性も高い。なおかつ、人間の身体にとって最もハイリスクな寝たきり状態を強いられ、何重もの責め苦を負うわけです。これで健康でいられるわけがありません。

 

例えば、胃癌・大腸がんでは、癌は粘膜→粘膜下層→固有筋層→漿膜の順に深く浸潤していく。

粘膜、粘膜下層までの深さであるものを早期癌という。

内視鏡で切除できるのは、粘膜下層までである。固有筋層を傷つけたら、腸に穴があいてしまうのである。

うち、粘膜下層のごく表層までにとどまっているものは、内視鏡治療で根治できる。

粘膜下層深部浸潤しているものは、病変そのものは内視鏡で切除できても、1割の人は、リンパ管に入ってしまって、リンパ節に転移してしまうことが分かっている。そのため、内視鏡で切除した標本を調べて、粘膜下層深部浸潤していた場合、追加で外科手術を勧めるのがスタンダードである。1割の人が転移する可能性がある、近くのリンパ節を切除するのである。

これはどういうことかというと、1割の群に入れば、手術を受けたことで根治し命が救われることになる。しかし、リンパ節に転移しない9割に入っていた場合、全く不必要な手術だということだ。自覚できなくても、リンパ節を切除されることで、身体にダメージを受ける。中には、そのようなダメージが加わることによって寿命が縮まる人もいるだろう。

9割の人は損をするのだが、1割の命を救うことができるのは素晴らしいから9割は無視する考え方である。

このように、癌の治療というのは、癌を再発させないために徹底的な治療をするので、身体に負担をかけるのである。だから、放置しても一生問題を起こさなかった癌を、検診で見つけてしまったがゆえに不必要な医療を受けることになったら、健康を害することがわかるだろう。

これが、がん検診をしても寿命が延びないカラクリである。

 

そうは言っても、やはりがんは悪いものなんだから除去すべきだという反論が必ず返ってきます。しかし、「がん=悪性」というイメージは、もはや古い認識です。

治療しない方がいいがん

動物実験で人工的にがんを発症させて、経過を調べたデータがあるのですが、がんの大多数は大きくならず、身体に悪影響を与えないタイプのものでした。

近年、世界的な研究が行われ、人間の場合も生涯大きくならないがんが相当数あることが分かってきました。そうしたがんは、へたにいじらない方がいい。それに、もしタチの悪いがんなら、早い時期に全身に転移するので、早期発見した時には手遅れの場合が多く、予後はそれほど変わらないというのが私の考えです。だとすると、検診で微細ながんを見つけ出し、激しい治療を施される不利益の方が、放置しておくよりもむしろ大きいかもしれない。これ一つをとっても、がん検診の有効性には大きな疑問符がつくのです。

先日述べた膵癌のような例なら、「タチの悪いがんなら、早い時期に全身に転移するので、早期発見した時には手遅れの場合」にあてはまる。

早期発見早期治療して寿命が延びる人もいるのは事実である。しかし、逆に、見つけてしまったがゆえに、治療の必要がない癌を治療して、身体にダメージを受け、寿命が縮む人もいるのである。

 

胃癌・大腸の早期癌(深部浸潤がん)が追加の外科切除にまわる例を説明した。

では、内視鏡治療する場合はどうか。放置しても結果として一生悪さをしない病変を治療してしまっても、たいした負担ではないのではないか?という疑問を持つのではないか。

しかし、治療の難易度の高い病変があるのである。

側方発育型腫瘍(laterally spreading tumor; LST)。簡単にいえば、平べったくて大きい、そして、癌を合併するリスクが高い。発見時に既に、2~3割の割合で癌を合併しているといわれている。

 

 

広い範囲を切除するので、出血のリスクが高いし、穿孔するリスクもかかっている。実際に穿孔することがあり、穴があいたら、緊急で外科手術にまわさなければならない。緊急手術になったら、身体はダメージを受ける。

傷が大きいのだから、出血するリスクが高くなるのは当然である。リスクが高ければ、絶食の期間を延長したり、実際に出血したら、もう一度下剤を飲んで、内視鏡で止血しなくてはならない。そしてまた絶食である。

また、見た目取り残しがなくても、顕微鏡レベルでのこっていて再発することがある。再発したら、また治療しなくてはならない。

出血にしろ、再発にしろ、患者は大変なストレス、不安により、目に見えないダメージを受けるだろう。

 

問題は、LSTは、癌を合併する確率が確かにあるのだが、発育のスピードと寿命を比べた場合、もし見つけなかったら、症状が出るほど進行する前に寿命が終わってしまい、一生悪さをしないかもしれないのだ。

進行がん、すなわち、ある程度深くなった癌は、発育がある程度早いので、放置すれば確実に進行するのだが。