立志 (新鮮美感)
2008-01-04 14:15:19
その昔15歳になると立志式なるものがありました。
私の中学生時代、中学2年の2月だったろうか。講堂に集められて立志式なるものをやった記憶があります。40数年前のことです。志の自覚を持つようにとのことだったように思いますが、日ごろの教育の中に立志意識を育てなかったので単なる通過儀式に終わってしまったように思います。浜松市在住の林英臣氏は、志の啓蒙活動を続けていますね。白河市には立教志塾なるものがございますよ。

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 「志」について、上記のようなコメントを頂きました。

「志を持つ」あるいは「信念を持つ」ということは、この方の言われるとおり心の支えであり気持ちの支えにもなっています。

しかし志や信念というものは、心の思いでもあります。この心の思いは、自分に良かれという思い、自分本位の思い、自分中心の思いになりがちであり、そこから評価や優位性や差別というものに繋がります。そうなりますと崇高ともいえる志や信念は、相手を蹴落としてもまい進しようとするような確執したものになる。それによって対立を生み出します。最も本人は余り、気付きませんけれどね。

だが今日ではこうしたバラ色とも言える志や信念は、高校野球とかスポーツ選手とかタレントとか政財界などでマスコミに取り上げられる者のように、薬物に手を染めたり乱交とか暴行とか偽装とか捏造とか隠匿などで薄汚れている。

これは自分の都合を優先させようとすることによる、志や信念を理念として持とうとすることにあるといえるでしょう。

ですから自分の都合に捉われない理念に裏打ちされた、志と信念を持って欲しいと思うのです。