実は大学に進まないか?という話がなかったわけではない。
わが校は商業高校ではあったが、大学への推薦入学という手段で
年に数人送り込んでいたのだ。夏休みが明けてすぐ担任に呼ばれ
「推薦で大学にいってみないか?」と尋ねられた事を覚えている。
推薦枠で2~3の大学に行く。という進路もある。という話をしてくれたのだ。
改めて今考えると、「大学へ行っておけば良かった」と思う。
当時の僕は、学生の時に誰もが一度は持つであろうと思われる「万能感」丸出しで
自分の能力を過信していた。皆のすることがドン臭く思えてしまい、就職しても
すぐに能力を十分に発揮できるだろう。と思い込んでいた。更に勉強もそれほど
好きじゃなかったので大学に進んでもそれほど得ることはないだろう。と思いあがっていた。
僕のような未熟者は大学にでも行きバイトのひとつもして「人に揉まれる」ことが
必要だったのだろう。他人の気持ちや思いを推し量ることがまだ出来てなく
高卒で就職してからも随分先輩や上司たちを怒らせてしまった。本当に恥ずかしい
思い出が沢山ある。商業高校なのに不思議だったのは、原則バイト禁止だったので
社会に出て金を稼ぐ。という経験もなく就職したのは致命傷だった。後に書くが
最初の就職で躓いてしまったことは後になって思うと慙愧に耐えない。
大学へ行く。という事は単に学ぶ。という事だけではなく
「世の中を知る」「人を知る」ためのモラトリアムな時間が使える。という事だったのだ。
あの頃の僕には、そんな事を考える余裕もなかったし、両親も
「行きたければ行けば?」程度の反応だったので深くは考えなかった。
高卒も大卒も、就職すればスタートラインは同じだ。と考えていた僕の愚かな考えは
就職して働きだしてから、見事に裏切られた屈辱を僕は何度も何度も味わうことになる。
こんな調子だったので「就職」についてもそれほど深刻に考えてはいなかった。
どんな仕事でも自分はやれる。という「根拠のない自信」だけは満々だった。
真剣に考えているクラスメートを横目に、まずは早く決めたい。という思いだけだった。
朝のホームルームで担任が「〇〇君が××会社に入社が内定しました」と報告するので
僕も早く内定が欲しかった。僕らが就職活動をした年は高卒の就職がやや不調だった
こともあって、早めに内定を取れる子は多くはなかった。地場の中小企業への就職も
多かった。僕は地場だが当時関東や関西方面に店舗を拡大中の小売業の入社試験を受けた。
面接の際、「君は入社したら神戸に行ってもらうことになるが、いいか?」と
告げられたが、僕は大して考えもせず「大丈夫です」と答えていた。
高卒で社会経験もなく、見知らぬ土地での就職は、能力のない僕には大きなハンディになる。
そんな不安も懸念も能天気な僕には全く見えなかった。
就職が決まって、神戸に行くことが決定してからの僕は卒業を待つだけになった。
その時は大した感慨もなく、「4月になったら神戸でがんばるぞ!」とあくまでも
前向きに考えていた僕に、ちょっと心に引っかかる出来事があった。
10月のある日、就職の決まった奴だけで、我が家で飲み会をやろう!という話をしていた。
(当時はそんなにうるさく無かったのです)
わちゃわちゃ話をしていて、それなりに盛り上がっていた時、急にさっちゃんが
何故か僕に絡みだしたのだ。いままでのさっちゃんはそんなことをするような娘では
なかったので、僕はかなり驚いた。何かさっちゃんの気に障るような事を言ったのか?と
考えたが、思い当たる節もない…ついにさっちゃんは僕に対してこう言い放った。
あんたなんか神戸でもどこでも行ったらいい!
=つづく=