イベントも終わったので、久々に映画のお話を。

直近で映画館で観たのが、この「あんのこと」。

『SR サイタマノラッパー』シリーズなどの入江悠監督が、世界的パンデミックが起きた2020年のある日の新聞記事に着想を得て撮り上げた人間ドラマ。

主人公の杏を、河合優実がそれこそ魂を削って演じています。

河合優実は、ドラマ「不適切にもほどがある」で注目され、今年のブレイク女優の1人となっていますが、私が彼女を知ったのは2021年のLINE配信ドラマ「上下関係」でした。        

ちょっと山口百恵さんに似た雰囲気があり、今後注目の女優さんだな・・・と思っていたら、その後「サマーフィルムにのって」や「由宇子の天秤」、「冬薔薇(ふゆそうび)」、「PLAN75」などで新人女優賞や助演女優賞を総なめ。

本当に素晴らしい女優さんです。

共演の佐藤二郎、稲垣吾郎もまるで実在するかのようなリアルな芝居でスクリーンの中に存在していました。

 

この映画の中の「あん」は、母親と祖母の3人で狭いゴミ屋敷のようなアパートで暮らしている。母親からは小さい頃から虐待を受け、10代で売春を強要され、客から覚せい剤を打たれて薬漬けに。

母親がホステスをしながら売春で生活費を稼いでいたため、娘にも同じ事をさせる。

母親が底辺の生活であれば、負の連鎖は否応なしに子供にもまわってくる。

あんは貧乏な生活の中で小学生の時に万引きをしてしまい、それがきっかけで小学校へ行かなくなる。もちろん中学校へも行っていないので、字も読めないし書けない。

もしここで学校なり民生委員なりが家を訪ねて、あんを施設にでも入れてくれていたら・・・と思う。救うチャンスはそれまでにも何度かあったのではないだろうか。

薬物で警察に捕まった事が、ようやく彼女の生活を変えるきっかけになる。

 

担当刑事の多々羅(佐藤二郎)は、あんを自分が運営する薬物更生自助グループへ誘う。

最初は自助グループにも溶け込めず、殻に閉じこもっていたあんだったが、多々羅やグループを取材中の桐野(稲垣吾郎)との交流を通して、徐々に心を開いていく。

多々羅と桐野は、あんにとって初めてあんの事を「モノ」として扱わず、本気で心配してくれる大人だったのではないだろうか(祖母を除いて)。

多々羅と桐野の計らいで、女性専用シェルターであるアパートを紹介されたあんは、なんとか母親を振り切り家を出ることができた。

これも多々羅と桐野のお陰で、介護施設での仕事にも就く事ができ、夜間の小学校へ通い勉強も始めた。

介護施設で働きたかった理由が、小さい頃母親の暴力から自分を庇ってくれた祖母。

その祖母が足が悪いので、介護を覚えたい・・・というもの。

髪も切り、生き直そうと懸命なあんだったが、不幸な出来事が彼女を襲うのだった。

あんの中に芽生えた小さな希望の光を、コロナ禍が次々と奪っていく。

コロナだけではなく、信じていた多々羅が更生者自助グループの女性に身体の関係を強いていた事で逮捕され、しかもリークしたのが取材をしていた桐野だった。

一番弱って頼りたい時に、二人に頼る事が出来なかった事が彼女の運命を決めてしまったような気がする。

映画の中ではオリジナルのストーリーとして、シェルターに住んでいた隣の女性が、男性トラブルから自分の2歳になるかならないかの息子を、あんに預けて姿を消すというものがある。

これは監督が、虐待を受けた者は自分の子供にも虐待をするという負の連鎖を、あんならば断ち切れたに違いないという想いから入れたと語っている。

介護施設の施設長も言っていたが、「あんは真面目に働いていた」と。

根が真面目だった事が、長年母親との縁を断ち切れなかった原因ではなかっただろうか。

真面目だったが故に、コロナ禍による環境の変化に対応できなかったし、多々羅と桐野を許せなかったのではないか。

当時あんに対して何もしてあげられなかった私たちが今できる事は、この映画の事を発信して一人でも多くの人に見てもらい、自分の隣にいるかもしれないあんのような子供に少しでも早く気づいてあげる事だと思う。