太陽の永遠 -5ページ目

「愛とは」 ロード・サナンダより




本日のテーマも、やはり、愛なのですが、


今回は、ロード・サナンダから来ているメッセージを


お届けいたします。




ロード・サナンダとは、


キリスト意識の源であり、その総体です。


多次元にわたる、マスターの中のマスターの中のマスターであり、


宇宙全体のアセンションを創始から永遠に


サポートし続けてきている、大いなる存在なのです。




マスターには、それぞれ、役割、担当部門というものがありますが、


ロード・サナンダの担当は、すばり、「愛と光」です。




それでは、以下、


ロード・サナンダからのメッセージをお楽しみください^^





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太陽の永遠



愛とは、神聖なる皆さん自身のことです。


愛とは、全き光であり、あらゆるすべての源です。




無限につらなるこの宇宙をつないでいるのが、


愛なのです。



愛は、いつも、あらゆるすべての中心に存在し、


なおかつ、あらゆるすべてに浸透しています。



太陽のように。




皆さんの中心とは、胸の中心、ハートであり、


そこにのみ、愛はたたずんでいます。




あなたが、ハートの中心にいるとき、


あなたは、あなたが愛であることを思い出し、


それゆえに、すべてが神聖であることを思い出すでしょう。




世界とは、皆さんによって、映写されているのです。


皆さん、一人ひとりが持っている力というものは、


とても大きなものです。




もしも、あなたがハートの中心から愛と光を放つなら、


あなたが住み、影響を及ぼしている地域全体の波動が上がります。




私たちは、いつも、皆さんを見守っており、


こうして、ハートの中心から輝こうと意図している人を見つけて、


サポートしています。




私たちから観ると、皆さんは、とても輝いています。


人の光は、地上で唯一の、真の灯台なのです。




その真のあなた、つまり、愛と光そのものであるあなたを、


あなたが表現しようとするとき、


私たちは、歓んでそれをサポートします。




宇宙には、たった一つの法則があり、


それは、


「与えたものが、大きくなって返ってくる」


というものです。




あなたが、ハートの中心から与える人になるとき、


あなたは、初めて真の幸福を体験することになるでしょう。




私たちは、常に、永遠に、それを願っています。





愛と光のコズミック・ゲート


ロード・サナンダ





愛とは・・・!?(その4)

昨日は、いったん科学ブレイクしましたが、


本日は、「愛と科学」というテーマで、


綴りたいと思います^^





究極から言うと、



愛とは、科学であり、


科学とは、愛です^^



え!?


と思うかもしれませんね。




これは、ものすごーく、深いテーマです!


(今回の記事だけでは、まとめきれません!)




昨日の記事では、


「科学とは、再現性のある、客観的体系」


ということで、


その先には、


「一人ひとりと全体の有機的なシステム、


その繋がりの自覚がある」


という結論となっていました^^




一人ひとりと全体の繋がりの自覚、


というのは、


愛以外の何物でもありませんね!!!




そして、確かに、あるレベル以上の愛には、


再現性があり、


それは、客観的な認識なのです。




主観的で、視野が広くない認識は、


愛ではありませんね。




そして、広い、普遍的な、客観的な認識とは、


愛なのです。




そして、よく考えると、


宇宙全体に奉仕しようとするなら、


広いユニバーサルな認識が必要なのは、


自明であると言えます^^




必要は、産みの母であり、


愛の拡大には、科学を必要とするのです。




このようわけで、


必然的に、あるレベルからは、


愛が科学を統合させるのです。




そのとき、その愛によって、いつでも、


特定のエネルギーを再現することができます。


それは、システマチックに起こっているのです^^




常に、最高のエネルギーを再現しているのなら、


それは、究極の自己の在り方であり、


永遠の愛になっている、


ということですね!!!




これが・・・実は、


アセンションの最大奥義なのです!!!




常に、MAXであり続けること、


自己のギネスを出し続けること!!!




自分の深奥から、


最高の自分を表現するとき、


あなたはアセンションします(*^o^*)





∞愛と光とともに



サン
















科学とは・・・(その1)!?

ここ数日「愛とは・・・!?」というテーマに


絞ってきましたが、


今日はいったんブレイクということで、


「科学とは・・・!?」というテーマに迫りたいと思います^^



まず、第一に、科学とは、

人類にとって、必須のものであると言えます。


現代社会には、いろいろなものがありますが、

人の意識の成長とともに、不要になっていくものと、

そうでないものとがあります。




例えば、権威主義的な政治、というのは、


ずっと必要なものではありません。


ある進化のプロセスにおいては必要でした。




それはある意味、中学校の制服みたいなもので、

ある特定のステージには必要だったのですが、

それを過ぎるとむしろ窮屈で、不要になるのです。



資本主義経済についてもそうだと言えるでしょう。

(今すぐにそう成ると言っているわけではありません)




それから、州境、というものも、そうです^^




「科学」については、これに該当しません。

それは、人の進化とともに、発展していきます。

ただし、3Dの科学は、そろそろ頭打ちで、


多次元科学に踏み込む時期に差し掛かっているのでしょう。



深遠な意識領域に関する探求を、


「それは科学ではない」



という観点を持つ人もいますが、


一体全体、科学とはなんでしょうか。




私が思うに、科学とは、


「再現性のある、客観的な体系」




です。






「再現性」というのは、

同じ条件なら、繰り返し行っても、同じ結果が出る、


ということです。




これは、そこに、

明確な法則性、因果関係があることを意味します。



では、「客観性」とは、なんでしょう!?!?

これは意外に、深いテーマです。



分かりやすくいえば、




「万人が認めることができること」




ということになりますが、

本当は、「万人」というのは語弊がありますね!




例えば、ピタゴラスの定理の妥当性は、


客観的に正しいと言われていますが、


幼稚園児には、それが分からないでしょうし、


また、もし、図形が認識できなければ、


これも無理な話ですね。





つまり、「科学的な正しさ」を認識するには、


それなりの条件が必要である、


ということです。




幼稚園児に関しては、「論理的な思考力」があれば、


ピタゴラスの定理の妥当性を理解できるでしょうし、

図形が観えない人が、「視覚作用」を取り戻せれば、


同じく、正しさを認めることができるでしょう。




よって、客観性には、「レベルと幅」がある


という結論に達するのです。



対象を認識する力のレベル、


対象を認識する知覚作用の種類、




ということですね!




これを兼ね揃えている、集合意識が同意できることを、


「客観性」というのです。



今の例で言えば、


「数学的な思考力」と「視覚的な認知力」を


両方持っている人たち、ということになるでしょう。




(それ以外にも条件はあるでしょうが、



簡潔にするために、この二つとしておきます^^)




科学が出来上がる過程というものを理解すると、


上記が必然であると理解できます。




科学において、初めになされることは、



「対象の観察」です。


これを行わないことには、何も始まりません。


そして、重要なことは、


「対象とは、意識が知覚するものすべて」ということです。





物質のみが対象である、という必然性はどこにもありません。


そもそも、この「物質」という考え方自体は


よりユニバーサルな観点からすると、主観的です。




存在はすべて波動なのですから、


それを「固い何か」と認識するのは、


限定的である、ということです。



さて、観察ののちに、あるいは同時に行うことは、



「分析」です。




対象そのものの分析、


対象とほかのものの、相互作用の分析など。




この過程において、「思考力」という要素が


必要になってきます。


そして、それには、無限にレベルがあるでしょう。



このように、探求していくと、


必然的に、そこには、



「明確な体系」



観えてくるのです。




一つひとつのつながり、


一つひとつと全体のつながり、


このような、有機的なネットワークシステムが、


構築されることになります。





もし、自身の中で、これが構築されてきたのなら、


あなたの中の右脳と左脳が統合されてきている、


ということを意味します。




ここまでの話で、右脳と左脳の機能について、


お話してきた、ということにお気づきでしょうか。




「観察」



というのは、右脳の働きです^^


バッと、対象そのものを捉える、


つまり、対象の波動との、同調です。


周波数は無限に存在するので、


その知覚レベルも、無限です。



これは、ある意味、女性性と言えるでしょう。




「分析」




というのは、左脳の働きです。


ものの詳細の構造や関係性を理解する。


これは、男性性ですね!




ここで重要になってくる認識は、




右脳が先、左脳が後!




ということです!!!




どちらが優っているという意味ではなく、


意識の自然な流れとしてそうである、


ということです。




この両方が統合されて初めて、


先ほど述べた、



「一つひとつと全体のつながり、



そのエネルギーとシステムのネットワーク」



が、把握されるのです。




別の観点で観てみましょう。


何かの「全体の中の個」というのは、


右脳にしかわからないことです。



人生の全体像、地球の全体像、など。




だから、左脳のみで考えていると、


人生全体の流れの中で、


今、転職する必要があるのか、ないのか、


ということはテンデ分からないのです。



でも、右脳を使うと、


人生全体の流れの中で、


今この瞬間の個々の選択として、


最も重要なことが何か、分かるのです。



一方、左脳というのは、


一つひとつの詳細を詰めるのが仕事です。


「分」析というくらいですから、


全体ではなく、部「分」にフォーカスするのです。




ですから、右脳だけだと、


インスピレーションは湧くけれど、


「詰めの甘い人」となります。


「詰める」のは、左脳の働きだからです。



さて、以上のようなわけで、


とても統合されてくると、科学というのは、


左脳的、というよりも、


右脳&左脳的、ということになるのです。




そして、アセンションするほどに、


必然的にそうなるのです^^




では、次回は、愛と科学というテーマに、


詰め寄ってみることにします!!!




お楽しみにーーーー(*^o^*)







∞愛と光とともに




サン












それから、生まれつき、目の不自由な人にも、

分からないと思われます。