「教育」と言い張って、幼稚園から学校まで「また怖い怖い鬼のような日本兵どもがやってくるぞー」とか言って、今も自国の子どもたちを恐怖に陥らせている中国共産党ですが、数は少なけれどそこから立ち直り、文化的に成長してきた善良な中国人たちは、戦場でさえ他国の文化を尊重し紳士的な振る舞いをした日本軍のことを語り継いでいます。ま、それは結果としてかもしれず、現在の中国人らしく、「ここの老君台はあの日本軍でさえビビって頭を下げた所だぞ、どうだ凄いだろ!」てのも大きいかな?(笑)
正確には下の方に転載した文を読んで頂きたいのですが、お急ぎの方向けに内容をざっくり要所だけ書いてみますと・・・。
中国の戦場で、ある堅牢そうな建造物を見つけた日本軍はそこを軍事的要塞と見て、破壊しようと12発も砲弾を撃ち込みましたが全ての砲弾が不発に終わり、着弾しても爆発しませんでした。
ここで、当時の日本人らしく、人間としてまともで真面目な面が出ます。
その砲兵は変だぞ、これはまさか?と気づいて、試しにその脇にある建造物に向かって発砲すると、ちゃんと砲弾は炸裂し、そこに在った建造物は一発で爆破されたのです。
しかしもう一度本来の攻撃目標に対して発砲すると砲弾は不発で、どれも起爆しません。
これは・・・、と城内に入り、そこで老子の像を目にした日本兵たちは、ここは神々が守る中国人にとっての神聖な場所であると気づき、老子の像に向かって全員跪いて無礼をお詫びしたそうです。
これ勿論、全部不発にされてしまったという奇跡も凄いのですが、日本兵がそれにすぐ気づいて無礼をお詫びしたというところがまた凄いなーと思うのです。思いませんか?だって、兵隊といえば若者、10代後半から20代、行ってて30代でしょう。
それでこの精神性。
昔の人は偉かったんだな。
だって、国(人?)によっては気づきもせずに、メンツにかけて今度は爆撃機で大挙して押し寄せて思いっきり空爆という可能性だってある訳です。
今も民間人を平気で爆撃しまくって虐殺とか、普通にあるでしょう。(ちなみに、民間人を殺すのは殺人で、違法な『戦争犯罪』です。国際法で戦争行為として許される範疇には入りません)
それにしても、後に起きた文化大革命で中国人自身にこの老君台が破壊されなくて何よりでした。結果的にこの件で日本軍は一役買わせて頂いたことになるのでしょうか。なんたって、ここの観光の目玉はこの件みたいですからね(^-^)
日本の古神道は、その御札に色濃く現れているように、道教の影響を受けており、老子に縁を持っていると言えなくもないし、これは光栄なことかも。
戦時中というのは、こんな奇跡を沢山見る事が出来る時期でもあります。
恐らく、あの奇跡に気づかないような奴相手だったら、神々はもっと荒っぽい方法を採ったでしょう。それは、今の中国の状況を見れば判ります。
日本人の中国古典好きは、こういう記憶によって戦後加速した面もあるかもしれませんね。
では、以下に転載します。
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科学では説明できない物語
(日本語訳)https://jp.minghui.org/2025/04/29/103919.html
原文(中国語)https://www.minghui.org/mh/articles/2024/10/24/484106.html
【明慧日本2025年4月29日】1937年、日本軍が中国に侵攻した後、一団の兵士が安徽省亳州市から西進し、河南省鹿邑県(ろくゆう-けん)へと向かいました。1938年6月1日、日本軍は鹿邑県の県都から約1.5キロメートル離れた村に駐屯していました。兵士たちは市内の北東隅と南東隅にそれぞれ高い建物が建っているのを目にしました。彼らはこれらの建物を軍事要塞と推測し、破壊することを決意しました。砲兵・梅川太郎は、南東隅の建物(魁星楼)を一発で破壊しました。しかし、北東隅の建物(老君台)に数発の砲弾を撃ち込みましたが、どれも不発でした。
砲手は砲弾に異常がないか確認するため、市街地に向けて発砲した。砲弾は予想通り炸裂しました。しかし、北東角の建物に向けて発砲したところ、再び不発に終わりました。12発の砲弾が不発に終わった後、分隊長はもう一度試みたが、これも不発だったのです。
(一)統計的に不可能
県の城に入城した日本兵たちは、正殿のテラスに老子像が立っているのを目にした。この場所は中国人が崇拝していた神々によって守られているのだろうと考える者もいました。彼ら全員は像の前でひざまずき、建造物を破壊しようとしたことを謝罪しました。

河南省周口市鹿邑県の老君台
老子は長年鹿邑県に住んでいたと伝えられています。このテラスは、老子が仙境を開いた場所に宋代に築かれました。老君台(昇仙台、拝仙台とも)は765平方メートルの土台を持ち、高さ13メートル、33段の階段があります。正殿には銅像が安置されているほか、中庭には碑文、鉄柱、その他の神器が安置されています。

この絵には、東側の壁に残された砲弾の穴と木の幹が描かれている
砲弾は正殿の東側と東側脇殿の奥壁に命中しました。砲弾の1発はヒノキの幹に突き刺さり、2発は壁を貫通しました。1発は屋根の梁の間に、もう1発は老子像前の祠(ほこら)に着弾しました。2003年に南西隅の補修工事が行われた際、作業員が錆びた砲弾を掘り出し、起爆させました。その時までに、13発すべての砲弾が発見されていました。正殿の裏には2つの小堂があり、そのうち1つは当時、守備隊によって黒焦げの砲弾で満たされていました。もし砲弾が1つでも起爆していたら、想像を絶する事態になっていたでしょう。

1938年の日本軍の不発弾
統計的に、13発の砲弾全てが不発に終わることはほぼ不可能です。保守的に、防弾の故障率は 40% (つまり、10 個中 4 個が故障する) であると想定します。失敗率が高いほど説得力があることは、後ほどわかります。

防弾の並列図
最初の防弾が爆発しなかったので、2 番目の防弾を発射します。 2 回目の防弾が爆発しない場合は、3 回目、4回目…、そうすれば「成功」の確率は上がるのではないですか?
このため、並列システムによって信頼性を向上できるため「並列」モデルを考案しました。読者の理解を容易にし、直感性を高めるために、図を作成します。
1 つの分岐は 1 つの砲弾の発射を表し、並列の 2 つの分岐は 2 つの砲弾の発射を表します。防弾の成功率は 60% です (失敗率は 40% なので)。成功率は信頼性です。信頼性と故障率(失敗率)は補完的、つまり相互に排他的で両立せず、その合計は 1 になります。成功率 = 1 - 失敗率。
2発の砲弾を発射したときの成功率はK=84%、3発の砲弾を発射したときの成功率はK=94%、4発の砲弾を発射したときの成功率はK=97%、5発目の砲弾を発射したときの成功率は99%に達しています。つまり、成功率はすでに非常に高いのです。13 発発射された場合、爆発が起こらないということはほぼ不可能です。
砲弾の失敗率を 20% に下げる(つまり、信頼性を 80% に上げる)と仮定すると、2 発の砲弾の成功率は K=96% となり、3 発目の砲弾の成功率は 99% に達します。そのため、故障率が 40% と高い場合でも「問題を解決する」ために必要なのは 5 つのシェルだけです。実際のところ、失敗率はそれほど高くないはずですよね?

老君台事件の説明文
現代科学では説明できない出来事が数多くあります。例えば、砂漠の洪水の可能性はどれくらいでしょうか? しかし、2021年と2022年には中国のタクラマカン砂漠で洪水が複数回発生しました。通常は中国南部でしか発生しない台風も、北東部で大きな被害をもたらしました。人類が神への信仰を失うと、文明を含め、多くのものが破壊される可能性があります。
歴史上のこれらの例は、中国で法輪大法の修煉者が実践してきたように、自らの原理と良心に従うことの大切さを私たちに示しています。中国共産党による厳しい迫害にも関わらず、彼らは過去25年間、ためらいも後悔もなく「真・善・忍」の原理に忠実であり続けました。なぜなら、それが正しいことだと知っているからです。
科学では説明できない物語
(日本語訳)https://jp.minghui.org/2025/04/29/103919.html
原文(中国語)https://www.minghui.org/mh/articles/2024/10/24/484106.html
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跪いてお詫びをしたということですが、これは多分日本軍に従軍していた中国人の通訳が、危険かもしれないからということで城塞外で待機命令を出されたはずで、門の外で聞いていて想像したことなんじゃなかろうか?(中国のお参りの作法としては、『跪いて叩頭する』だから)
日本人なら正座して地面に手を付きお辞儀をしたんじゃないのかな?
「せいれーつ!」「礼!」「老子廟とは知らず大変なご無礼を働き、大変申し訳なく思う次第であります。」とか何とか言ったんじゃないかな?などと妄想しつつ・・・。