信仰を持ち、その信仰に真摯に生きている人は現代医学を超越して心の平穏と健康を保つ、の証明みたいな方の体験談を転載します。

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【慶祝5.13】百歳の大法弟子が感謝の気持ちを伝える
https://jp.minghui.org/2024/06/19/100793.html

文/中国の大法弟子 楊縁

 【明慧日本2024年6月19日】私は1924年に生まれ、今年100歳になります。私は1997年に法輪大法の修煉者になりました。それ以来、本を読むときは眼鏡をかける必要はなく、薬も飲んでいません。

 私は、自分の身の回りのこともかなりうまくできています。一時期、迫害で体が麻痺してしまった娘の世話もしていました。昨年までは、食料品を買いに行くときは、毎日市場まで歩いていました。私を知っている人は、私が70代に見えると言います。法輪大法を信じているおかげで、師父は私に素晴らしい健康を授けてくださいました。

 娘は、私より先に法輪大法を修煉していました。ある日、私が腰を痛めたとき、娘は私に「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と心からの九文字を唱えるように言いました。

 私は娘の言う通りに心からの九文字を唱えると、暫くすると、何もなかったかのように腰をまっすぐにすることができました。私は、「信じられない! これから絶対にこの法輪大法を学び続けるべきだ!」と思ったのを覚えています。私は73歳で修煉者となり、長い間、娘と一緒に毎日法輪大法の書籍を読み、五式の功法を煉りました。

 1999年7月、中国共産党は法輪大法に対して迫害を開始しました。私と娘は、法輪大法を中傷する中国共産党の宣伝に騙された人々に、法輪大法の良さを伝えるために出かけました。ある日、私は大法についての資料を配っている時に尾行され、派出所の警官らに連行されました。警官は後に私を釈放したのですが、「人前で法輪大法を学ばないないように」と言いました。

 2023年、法輪大法を修煉していた私の次女と、1人の同修がバスで警官らに連行され、後に刑務所に拘禁されました。同修は断食を行い、強制的に灌食されました。チューブは不適切に挿入され、胃に入らず肺を突き刺したので、同修は即死しました。

 私の娘は椅子に縛られて、気絶するまで電気警棒でショックを与えられました。私の家族の誰もが、娘が不当に連行され、拘禁されたことを知らされていませんでした。私は弁護士を雇いましたが、弁護士は娘がどの刑務所に拘禁されているかを見つけるのに6カ月かかりました。そのころには、娘はすでに激しい電気ショックを受けたために、体は麻痺してしまい、視力を失っていたのでした。

 私が次女を家に連れて帰ったのですが、娘は自分の身の回りのことができませんでした。私は毎日娘と一緒に大法の教えを学びました。6カ月後、娘はゆっくりと立ち上がれるようになりましたが、まだ良い状態ではありませんでした。私たちは大法を学び続け、娘は1年後に完全に回復しました。刑務所で娘を助けてくれた同修たちに感謝し、彼女の命を救ってくださった李洪志師父に感謝いたしました。

 法輪功迫害の実態を伝えるために、また、同修たちが集まってパソコンの使い方を学べるように、私は自宅を提供しました。私は彼らのために料理をし、彼らの仕事に必要な事務用品を提供しました。私が85歳のとき、ある修煉者が私にパソコンの使い方を教えてくれました。私はすぐに習得し、小さな画面を見ることに何の問題もありませんでした。1台の機械が壊れたときには、師父に助けを求めました。するとすぐに動きました。私は96歳になるまでこのプロジェクトで活動を続けました。

 92歳のとき、私は重病になったのですが、私は師父を固く信じており、20日で回復しました。4年前、次女は私が一人暮らしすることを望まなかったため、私は次女と一緒に暮らし始めました。今でも私は毎日法を学び、煉功しています。私は師父について真の家に帰る決心をしています。

 偉大な師父に感謝いたします!

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【中国語原文】https://www.minghui.org/mh/articles/2024/5/25/477941.html
 

【慶祝5.13】百歳の大法弟子が感謝の気持ちを伝える
https://jp.minghui.org/2024/06/19/100793.html  
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 100歳になって尚元気!
 中国共産党の狂った野獣のような迫害にもくじけない心の強さは、本当に相当のものです。
 これは信仰の賜物でしかありません。
 正法の神仏は信じる者を本当に救うのでしょう。

 彼女みたいになりたいものです。

 ちなみに、この方が信仰し、学んでいるのは法輪大法(ファールンダーファー)という佛法です。
 

 法輪大法の本『轉法輪』は無料でネットで読む事が出来ます。

 https://ja.falundafa.org/book/html/ZFL_J_content_rb.html


 これは佛法書ではありますが、従来の難解なものとは違い、私達現代人に解る例えで、細やかな気遣いが見られる現代の言葉で、とても頭に入りやすく書かれています。
 どなたも楽しく読める本だと思いますので、お時間ある方は是非(๑´ω`๑)
 (日本人なら驚いて爆笑する箇所もあると思います。私は声を殺して笑い過ぎで困りました。)

 

 

 

 
 

 地獄について、日本では仏教を大衆化させるためなのか、簡略化して(?) 八大地獄が一般的のようですが、大乗仏教の本家中国では十八もあり、しかもかなり詳細で、刑罰を受けなければならない必要期間まで書いてあります。

 読んでいくと意外と身近な理由で地獄に落ちて、罪の償いをしなければ済まないようです。
 あれあれこれは、この人該当するかも・・・とか思いつつ読んでいくと、あの人この人と結構危ないのです。
 
 地獄行きなんて、凄く悪いことをした人のことだと思っていたら、そうでもない。今の人にとっては普通に行かなければならないところのようです。

 おそらく、昔の人の感覚で言えば凄く悪いことを、今は普通にしているということでしょうか。

 なのに、全然気づいていない。

 これはグローバル化によって現在人が活動できる範囲が、人の認識出来る限度を遥かに超えているということも指しているかもしれません。ビックデータなんて所詮は憶測のひとつに過ぎないでしょう。 

 

 この程度で地獄行きならば、現代は私達が気付かないまま、いかに凶悪な観念に取り巻かれてしまっている時代であるかということに思い至ります。

 確かに、これが地獄行きの理由になるならば、皆がこれを戒めとして自らを律すれば、それはかつて存在したかもしれない『古き良き昔』に戻ることになるのかもしれないと想像します。

 

 ちなみに、自殺も罪で、地獄行きです。

 考えている人は思い止まりましょう。

 

  この十八層地獄、現代の観念からちょっと解き放たれたいなという方、気分転換にオススメです。

 全文転載させて頂きました。リンク先の他の文も良いですよ。
 
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十八層地獄(一)(二)
https://jp.minghui.org/2026/02/05/114853.html

 【明慧日本2026年2月5日】人はなぜ善に向かい、悪を避け、徳を守り、身を修めなければならないのか。それは「人は死ねばすべてが消える」という言葉が、人を欺く虚偽だからである。ゆるされざる極悪の罪を犯し、無間地獄に堕とされる場合(たとえば江沢民のような例)を除けば、人の魂は不滅であり、徳と業の大小に応じて六道の中を輪廻転生し続ける。そして、人身を得て、かつ正法に出会えるその一世を待ち、救い済度されることによって、六道輪廻を完全に超え、それぞれの魂が最初に誕生した本来の天上の故郷へと帰還するのである。

 しかし、人として生まれることと正法に巡り合うこと、この二つの条件が同時に満たされることは、まさに千載一遇であり、求めても得がたい。元代の「北斗経注(ほくときょうちゅう)」には次のように記されている。「老君、天師に告げて曰く、人身は得難く、中土(中国本土)に生まるるは難く、仮に生まるるを得たりとも、正法に遇うは難し」。また、明代の『西遊記』において、三蔵法師はこう語っている。「人身は得難く、中土は生まれ難く、正法は遇い難し。この三つをすべて得ること、これ以上の幸いはない」

 なぜ人身は得難く、正法は遇い難いと言われるのか。人が一生を生きる中で、業を作らずに済むことはほとんどなく、怨みが怨みを生み、業が重ければ死後に地獄で報いを受ける。そしてその業力の大小に応じて、次の生で六道のいずれかに転生することになる。人として転生し、しかも正法に出会えた時にのみ、はじめてこの業力による輪廻の苦しみから完全に解脱する可能性が生まれる。

 では、地獄における刑罰とは、いったいどのような概念なのだろうか。近年、インターネット上にはさまざまな説が存在する。ここでは厳密さを求めるのではなく、基礎的な理解を目的としていくつかを整理する。より多くの人が善を守り、徳を修め、何が悪であり、悪をなせばどのような結果を招くのかを知り、心から自らを律し、あらゆる形の悪行をやめることを願ってのことである。

 「十八層地獄」という概念は、佛教の『瑜伽師地論』や『大蔵経』などの経典にまで遡ることができる。十八層地獄とは地獄の名称であり、閻魔大王が地獄の首長で、その配下に十八人の裁判官がいて、それぞれ十八の地獄を司っているとされる。ここでいう「十八」とは、第一層から第十八層まで順に積み重なっているという意味ではなく、苦をなめる時間、苦をなめる方法などによって分類されたものである。十八層地獄における受刑期間は極めて長く、人間の時間感覚からすれば天文学的な長さである。

 「無間地獄」とは、十八層地獄とは別に存在する地獄であり、永遠に転生することができない地獄の総称である。その意味は、苦しみが一瞬たりとも途切れることなく続き、休むこともなく、永遠に超生できず、永遠に苦しみを受け続ける地獄である。

 『地蔵経』および『十八泥犁経』には、これらについて詳細な記述がある。

 第一層:抜舌地獄(ばつぜつじごく)

 抜舌地獄は、十八層地獄の第一層である。この地獄は、生前に人を仲違いさせ、誹謗中傷し、口先が巧みで虚言を弄し、嘘をついて人を欺いた者を専門に処罰する地獄である。これらの罪は、生前に「口業(くごう)」を犯したことによるものであり、死後、その魂は抜舌地獄へ堕とされる。死後、獄卒(小鬼)が罪人の口をこじ開け、鉄の鉗子で舌を挟み、生きたまま舌を引き抜く。その苦しみは一瞬で終わるものではなく、徐々に引き伸ばされながら抜かれ、計り知れない苦痛を受け続ける。

 この種の罪行には、具体的に以下のものが含まれる。

 虚言・詐欺:常に嘘を作り、他人を欺いて私利を図ったり、不正な目的を達成しようとする行為。たとえば、商人が粗悪品を良品として偽り宣伝すること、政治家が権力を得るために虚偽の公約を掲げることなど。

 誹謗中傷:故意に他人の名誉を傷つけ、噂や流言を広め、悪意をもって中傷し、精神的苦痛や社会的評価の損失を与える行為。たとえば、陰で人の人格や実績を貶める虚偽の話を流すこと。

 悪口・暴言:粗野で悪毒な言葉を常用し、他人の感情を顧みず、尊厳や自尊心を傷つける行為。日常生活において、無分別に罵詈雑言を浴びせることなど。

 是非を弄ぶ行為(噂話・扇動):事実でない情報を好んで広め、人と人の間を離間させ、対立や争いを作り出し、人間関係を破壊する行為。親族や同僚の間で根拠のない噂話を流し、不要な紛争を引き起こすことなど。

 十八地獄の第一の獄である抜舌地獄では、人間界の3750年を地獄の一日とする。一年は人間界の135万年となる。罪人は、この抜舌地獄において一万年の刑を受けねばならず、それは人間界の時間に換算すると、135億年にも及ぶ。

 第二層:剪刀地獄(せんとうじごく)

 剪刀地獄は、十八層地獄の第二層である。人間界において、婦人の夫が不幸にも先立ち、彼女が未亡人となったとき、それにもかかわらず、他人が彼女に再婚をそそのかしたり、縁談を取り持ったりすれば、その者は死後、剪刀地獄に堕とされ、十本の指を切り落とされるとされる。ましてや、夫がまだ生きているにもかかわらず、他人をそそのかして姦通を助長した場合は、さらに罪が重い。『水滸伝』に登場する王婆がその例である。潘金蓮はもともと西門慶を誘惑する意思はなかったが、王婆が彼女をそそのかし、西門慶に取り入らせ、さらには毒薬を与えて武大郎を毒殺させた。王婆がその邪念を起こした時点で、すでに剪刀地獄は彼女を待っていたのである。

 剪刀地獄では、人間界の7500年を地獄の一日とし、罪人はこの地獄において2万年の刑を受けねばならない。これは人間界の時間に換算すると、540億年に相当する。

 第三層:鉄樹地獄(てつじゅじごく)

 鉄樹地獄は、十八層地獄の第三層である。生前に肉親の間を離間し、父子、兄弟、姉妹、夫婦の不和をそそのかした者は、死後この鉄樹地獄に堕とされる。この地獄には、全て刃の生えた鉄の樹が立ち並び、罪人が来ると、背中の皮膚の下から刃が突き入れられ、そのまま鉄樹に吊るされる。この刑罰を受けた後、さらに業鏡地獄(孽鏡地獄)および蒸籠地獄へ送られる。

 十八層地獄の第三層である鉄樹地獄では、人間界の1万5千年を地獄の一日とし、罪人はこの地獄で4万年の刑を受けねばならない。これは人間界の時間に換算すると、2160億年に相当する。

 第四層:業鏡地獄(ごうきょうじごく)

 業鏡地獄とは、生前に罪を犯しながらも、それを隠蔽して処罰を逃れた者、権力や裏取引によって罪をもみ消した者、あるいは逃亡生活の末に生涯を終えた犯罪者が、死後に堕とされる地獄である。この地獄では、業鏡に自らの罪がすべて映し出され、その罪状が明らかにされる。ここでの拘禁期間が終わった後、罪の内容に応じて、さらに別の地獄へ送られ、刑罰を受ける。

 もし罪があまりにも多く、閻魔大王が一つ一つ裁くことができない場合でも、その罪深さが明らかな者は、業鏡地獄に送られる。業鏡は、その者が犯したすべての罪を一つ残らず映し出し、罪人はこの地獄に収監される。さらに、ここでの刑期を終えた後、残りの十七層の地獄に送られ、引き続き刑を受ける。

 十八層地獄の第四層である業鏡地獄では、人間界の三万年を地獄の一日とし、罪人はこの地獄で8万年の刑を受けねばならない。これは人間界の時間に換算すると、4320億年に相当する。

 第五層:蒸籠地獄(じょうろうじごく)

 蒸籠地獄は、十八層地獄の第五層である。日常において、噂話を広め、虚偽を伝え、人を陥れ、誹謗中傷を行った者は、死後この蒸籠地獄に堕とされる。罪人は蒸籠の中に入れられ、蒸し焼きにされる。その後、冷風にさらされて再び人の形に戻され、さらに抜舌地獄へ送られる。

 十八層地獄の第五層である蒸籠地獄では、人間界の6万年を地獄の一日とし、罪人はこの地獄で16万年の刑を受けねばならない。これは人間界の時間に換算すると、8640億年に相当する。

 第六層:銅柱地獄(どうちゅうじごく)

 銅柱地獄は、十八層地獄の第六層である。放火を企て、証拠を焼き払い、復讐のために火を放ち、人命を奪った者は、死後この銅柱地獄に堕とされる。獄卒たちは罪人の衣服をすべて剥ぎ取り、裸のまま、直径一メートル・高さ二メートルの銅の柱を抱きしめさせる。柱の内部では炭火が焚かれ、扇いで風を送り続けるため、やがて銅柱は真っ赤に焼ける。

 狐の妖に取り憑かれたとされる妲己は、人間界の存在ではなく、陰界のものとされるため、このような地獄の手段を用いたとも言われている。

 十八層地獄の第六層である銅柱地獄では、人間界の12万年を地獄の一日とし、罪人はこの地獄で32万年の刑を受けねばならない。これは人間界の時間に換算すると、1兆7280億年に相当する。

 第七層:刀山地獄(とうざんじごく)

 刀山地獄は、民間伝承における十八層地獄の第七層である。神佛を冒涜した者、殺生を行った者(陰司では、六道輪廻に属する存在を総称して「生霊」と呼ぶ)これらの罪のいずれかを犯した者は、死後、刀山地獄に堕とされる。

 罪人は衣服を脱がされ、裸足・裸身のまま刀山を登らされる。罪の軽重によっては、長くこの地獄に留め置かれることもある。

 刀山地獄の光景は、見る者の背筋を凍らせる。無数の鋭利な刃で形成された高山が天にそびえ立ち、罪人は血にまみれながら登らされる。一歩ごとに肉が裂け、少しでも足を滑らせれば刃に切り裂かれ、全身を損壊される。

 罪人は、地獄の64万年(人間界では3兆4560億年)にわたり、死よりもなお恐ろしい苦痛を、何度も何度も繰り返し味わう。

 第八層:氷山地獄(ひょうざんじごく)

 氷山地獄は、十八層地獄の第八層である。夫を害した者、不倫を行った者、悪意をもって堕胎を行った者などの悪婦は、死後この氷山地獄に堕とされる。罪人は衣服を剥がされ、裸のまま氷山の上に立たされる。また、賭博に溺れた者、親に孝行しない者、不仁不義の者も、この地獄で刑罰を受ける。

 この地獄での刑期は、地獄の128万年に及び、人間界の時間に換算すると、6兆9120億年に相当する。

 第九層:油鍋地獄(ゆなべじごく)

 油鍋地獄は、十八層地獄の第九層である。売春・買春、盗み・強盗、弱者を欺き虐げる行為、婦女や児童の誘拐・人身売買、虚偽の告発や誹謗中傷、他人の財産や妻を謀って奪う行為を行った者は、死後この油鍋地獄に堕とされる。

 罪人は衣服をすべて剥ぎ取られ、熱した油の鍋に投げ込まれて揚げられる。罪状の軽重に応じて、繰り返し揚げられる判決が下される。罪業が特に重い者は、氷山地獄を出た直後に、さらに油鍋地獄へ送られることもある。

 この地獄の刑期は、地獄の256万年に及び、人間界の時間に換算すると、1兆3824億年に相当する。

 第十層:牛坑地獄(ぎゅうこうじごく)

 牛坑地獄は、十八層地獄の第十層である。これは、畜生の怨みを晴らすための地獄とされる。

 生前に、むやみに家畜や動物を殺し、自らの快楽を、彼らが虐殺される苦しみの上に築いた者は、死後この牛坑地獄に堕とされる。罪人は野牛の群れの中に投げ込まれ、牛の角で突かれ、蹄で踏みつけられる。

 この地獄の刑期は、地獄の512万年であり、人間界の時間では、2兆7648億年に相当する。

 第十一層:石圧地獄(せきあつじごく)

 石圧地獄は、十八層地獄の第十一層である。生前、いかなる理由であれ、たとえば先天的な知的障害や身体障害、あるいは男尊女卑などの理由により、生まれたばかりの嬰児を溺死させたり、遺棄した者は、死後この石圧地獄に堕とされる。この地獄には、四角い石の槽があり、その上には同じ大きさの巨大な石が縄で吊るされている。罪人を石槽の中に入れ、斧で縄を断ち切り、巨大な石で押し潰す。

 この地獄の刑期は、地獄の1024万年であり、人間界の時間に換算すると、5兆5296億年に相当する。

 第十二層:舂臼地獄(しょうきゅうじごく)

 舂臼地獄は、十八層地獄の第十二層である。生前に、食糧を無駄にし、五穀を粗末に扱った者、たとえば宴席の食べ残しを平然と捨てたり、気に入らない食べ物を少し口にしただけで投げ捨てたりした者は、死後この舂臼地獄に堕とされる。

 罪人は臼の中に入れられ、杵で突き殺される。また、現代人にとって意外なことに、食事中に下品な言葉や汚い言葉を口にした者も、死後この地獄で同様の刑罰を受けるとされる。

 第十三層:血池地獄(けっちじごく)

 血池地獄は、十八層地獄の第十三層である。年長者を敬わず、父母に孝行せず、不正直で邪道に走った者は、死後この血池地獄に堕とされる。罪人は血の池に投げ込まれ、刑罰を受ける。

 ここでは、舌を切られ、眼をえぐられる激痛に加え、血の池に浸され、さらに様々な小地獄の刑罰を受け続ける。血なまぐさい悪臭が充満し、周囲は陰鬱で恐ろしく、苦痛は言葉では言い尽くせない。その刑罰は極めて長く、数千億年にも及ぶとされる。

 第十四層:枉死地獄(おうしじごく)

 枉死地獄は、十八層地獄の第十四層である。人身は得難いものであるにもかかわらず、人間界において命を軽んじ、自殺を選んだ者(動脈切断、服毒、首吊り、飛び降り、身投げなど)は、死後この枉死地獄に堕とされる。

 自殺によって解脱するどころか、逆に永く拘禁され、人として転生する資格を二度と得られない。これは、人命の尊さと自殺の重大性を強く示す、極めて厳しい処罰である。

 第十五層:磔刑地獄(たくけいじごく)

 磔刑地獄は、十八層地獄の第十五層である。墓を荒らし、墳墓を掘り返した者は、死後この磔刑地獄に堕とされる。獄卒たちは鋭利な刃で罪人の身体を細切れにし、一片ずつ切り落とす。その苦痛は、言葉では到底表現できない。

 人間界においても、古来より墓荒らしは最も人倫を失う行為とされ、中でも「絶家の墓を掘る」行為は、陰徳を極度に損なうものとされた。清代の『大清律』にも、墓を掘り起こした者への厳罰が明記されている。「一般人の墓を掘り起こし、棺を開けて遺体を露見させた場合、首謀者は即刻斬首刑に処し、共犯者は回数を問わず、すべて絞首刑・監候とする。また、墳墓を掘り起こして棺を発見し、鋸で継ぎ目を切り、穴を穿って衣服や装身具を抜き取ったが、まだ遺体そのものを露出させていない場合でも、首謀者は即刻絞首刑に処し、共犯者はすべて絞首刑・監候とする」

 暗黒と烈火が交錯する地獄において、罪人は肉体を千刀万剐される苦痛だけでなく、他の罪深い霊による嘲笑と弄びにも耐えねばならず、精神は完全に崩壊へと追い込まれる。

 第十六層:火山地獄(かざんじごく)

 火山地獄は、十八層地獄の第十六層とされる。公の利益を損ねて私腹を肥やした者、贈賄・収賄、窃盗・強奪、放火によって悪事を助長した者、戒律を破った僧侶や道士は、死後この火山地獄に堕とされる。罪人は火山の中へ追い立てられ、生きたまま焼かれ続け、死ぬことすら許されない。

 第十七層:石磨地獄(せきまじごく)

 石磨地獄は、伝承における十八層地獄の第十七層である。五穀を粗末にした者、盗賊、小悪党、汚職役人、民衆を虐げた者、肉食を行う僧侶や道士は、死後この石磨地獄に堕とされる。罪人は石臼で肉の泥にすり潰され、その後再び人の形に戻され、再度すり潰されることを繰り返す。

 第十八層:刀鋸地獄(とうきょじごく)

 刀鋸地獄は、伝承における十八層地獄の最下層である。生前に、重大な切断や身体損傷を他人に加えた者、手抜き工事や不正を行い、上を欺き下を隠し、婦女や児童を誘拐し、不公正な取引を行った者は、死後この刀鋸地獄に堕とされる。

 経典によれば、罪人は裸のまま巨大な刀鋸の上に横たえられ、または四本の杭に「大」の字に縛り付けられ、股間から頭部に向かって鋸で挽き殺される。

 人間界において他人にこのような地獄の刑罰を加える者は、その皮膚の内側にはすでに人の魂はなく、地獄から来た鬼や悪霊が宿っているとされる。人は万物の霊長であり、低級霊が人間界で人を害することは、人を冒涜するだけでなく、神をも冒涜する行為である。その罪に対する報いは、単なる受刑ではなく、完全な消滅であり、それは人にとっての汚染物が廃棄されるのと同じである。

 また、人間界において修行者に対して地獄の刑罰、あるいはそれ以上の残虐な行為(例えば生体臓器収奪)を加えた者は、生前に自らおよび家族・一族が突然の悪報に遭い、死後に待ち受けるものは、決して十八層地獄だけではない。

 (完)

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【中国語原文】https://www.minghui.org/mh/articles/2025/12/25/504076.html


 十八層地獄(一)(二)
https://jp.minghui.org/2026/02/05/114853.html
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 超能力をお持ちの方によると、地獄は十八層どころじゃないよ、ということです。

 お釈迦様の話に、8000年アリに転生し続けて業を返しているという話とか、もっと怖い話もありますね。

 

 

 

 

 『国の君主であろうと、小さな地方の長であろうと、公務員である人はすべて、使命感と責任感を持ち、民のために善を行い、悪を避けるべきです。今、天は中国共産党を滅ぼしており、『九評』を広めて「三退」を促すことは、国と民の利益にかなう行為です。すべての官僚にとって、邾文公のように民と国を利することを念頭に置くのは賢明な選択です。晋の景公のように、自己中心的で、嫉妬深くて残酷で、国と民に災いをもたらし、自らの将来も台無しにすることがないように注意しましょう。― 天命を知る君主と、知らない君主』

 


 今回の医療費国民負担増ですが、これでは病院の倒産を食い止めるのは難しいと話されるお医者さんが居ます。
 ちなみに、このお医者さんは、以前に聞いたところによると、半年先くらいまで予約でいっぱいだということでした。

 こんなに繁盛していたら、倒産なんかしそうもありませんね。
 この方は法律の範囲内でいながら現在の日本の医療制度を超えた精神力をお持ちで、沢山の人の病気を実際に治しており、多分、何よりも患者さんに対して最高の善意を持ち、本当に現在自らが持てる精一杯の真実の事を話す誠実なお医者さんだからこそ、こんなに人が集まるのではないか?と想像します。

 

 勿論、日本のお医者さんは海外より善良な人が多いという話です。

 なのに経営が危ない病院か少なくないといいます。

 この両者の違いは何なのでしょうか?

 制度を作る側の人が行ったことは多くの人に影響を及ぼすので、他の職業の人より重い業を作ることになるのではないか、と、浅はかな私は思って少し心配しています。勘違いだと良いのですが。
 
  以下は中国の人が書いた文章ですが、日本も他人事じゃないのでは・・・と思われたので、転載します。

 


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【伝統文化】天命を知る君主と、知らない君主
https://jp.minghui.org/2025/03/26/108164.html
 
文/陸文

 【明慧日本2025年3月26日】歴史を振り返ると、天命を理解していた君主もいれば、そうでない君主もいます。彼らの行い、是と非、歴史上での評価は大きく異なります。

 まず、天命を理解していた君主の話からしましょう。紀元前614年の春秋時代に、小さな国の君主・邾(ちゅう)文公は政治と経済の発展に応じて首都を繹(地名)に移す計画を立て、史祝(ししゅく)に占いを依頼しました。史祝は、吉凶を占って朝廷で君主や大臣の疑問を回答することを職とする官僚です。占いの結果、「今回の首都移転計画は民にとっても国にとっても良いが、君主には不利」と報告されました。多くの大臣は首都移転に反対しましたが、邾文公は「首都を移転することで民衆と国に利益をもたらすのは、長期的に私自身にも利益があるということです。天は民を生み、民を守るために彼らに君主を与えました。民に利益があるなら、私は賛成します」と述べました。邾文公はその時すでに51年間も在位し、高齢でした。大臣たちは「占いによると、首都移転を数年延期すれば、君主の寿命が延びる可能性があるようです。なぜ移転を止めないのでしょうか」と言いました。邾文公は「人間には天命があり、それを理解することが重要です。君主の真の天命は寿命ではなく、使命にあります。寿命の長さは自分では分からないし、コントロールもできません。首都を移転することが民衆に有利であれば、それを実行することは大きな善行であり、私の責任でもあります。これは私の天命です」と答えました。

 その通りに、首都を移転した後、国と民衆にとって非常に有益でした。邾文公も翌年の紀元前615年に亡くなり、国民全体が彼を悼み、感謝し、尊敬し、彼を「自分の天命を分かっている君主」と讃えました。つまり、彼は君主としての使命を理解していたのです。

 想像してみましょう。もし邾文公が遷都をしなくて、古い都にずっと留まっていたら、彼は不老不死になりますか。答えは、遷都しなくても彼は早かれ遅かれ死んでしまうでしょう。最後に誰でも死にますが、死は「或いは泰山より重く、或いは鴻毛より軽し」、「芳名を百世に流す、或いは醜名を万年に遺す」というのは、自分で選ぶことができます。邾文公は正しい選択をしました。彼の死は当時の人々や後世の人々に尊敬されるだけでなく、死後の輪廻転生のためにも美しい基盤を築きました。

 次に、天命を知らない君主の話をしましょう。紀元前581年、同じ春秋時代に、晋という国の王・景公は無罪の民衆をたくさん殺害したため、毎夜悪夢に悩まされ、心身ともに疲れ果てました。そこで、占い師の桑田を呼んで治療を求めました。桑田は、「君主は今年の新麦を食べることはできません。葬儀を準備してください」とはっきり報告しました。景公はこの忠告を聞き入れず、桑田を追い出し、別の名医を呼びました。6月になり、新麦が収穫された時、晋景公は桑田を呼び戻し、「見てごらん、私は今から新麦を食べるぞ。食べた後で、お前を殺すぞ」と言いました。景公は箸とお椀を手に取って食べようとした途端に突然の腹痛に襲われ、トイレに駆け込み、そこで倒れて命を落としました。結局、新麦を食べることはありませんでした。

 晋景公は国の君主として、国民の福利を考えるべきですが、無罪の人を殺害するなど、許される行為ではありません。占い師の言葉は耳に痛いものですが、それを聞き入れるか入れないかは自分の自由で、権力を使って占い師を殺したいと思うのは、本当に心が狭くて残酷です。晋景公は、君主の使命を理解していない人でした。

 国の君主であろうと、小さな地方の長であろうと、公務員である人はすべて、使命感と責任感を持ち、民のために善を行い、悪を避けるべきです。今、天は中国共産党を滅ぼしており、『九評』を広めて「三退」を促すことは、国と民の利益にかなう行為です。すべての官僚にとって、邾文公のように民と国を利することを念頭に置くのは賢明な選択です。晋の景公のように、自己中心的で、嫉妬深くて残酷で、国と民に災いをもたらし、自らの将来も台無しにすることがないように注意しましょう。


【伝統文化】天命を知る君主と、知らない君主
 https://jp.minghui.org/2025/03/26/108164.html 
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