こんにちは。
昭和の子供時代の事を、また思い出したので書きますが、スルーして頂いても大丈夫です。
小学2年の時、家で1人でいて、隣の部屋のちゃぶ台で、皆んなが楽しそうに話していた。
ここは私の居場所ではないと思い、
私は家出しようと、飴玉を1個ポケットに入れ、
すっと立った。
けど、どこに行ったらいいんだろう、ご飯はどうしよう、寝る場所は.、
考えたがどこも無い。
我慢して後で ご飯よの声で、仕方なく夕食を食べにいった。
子供は力が弱いので安心できなくても、その居場所で我慢しないといけないんです。
小学6年の2学期に転校した。
それまでも不安と緊張で生きていたが、
環境も人も人間もガラリと変わって、耐えられなかったんだろう。
冬休みの宿題に先生が、作品でも何でもいいので提出して下さいと言った。
自分の辛い気持ちを文章にして提出した。
3学期になって学校から帰ってくると、母親が、
私のところへ来て、
先生に、弱くてはダメです。強くなるなければいけません、このままでは社会人になっても通用しません。
と言われたわ。
母は悔しそうに怒って話して離れていった。
裏切られた!!
もう誰も助けてくれない、誰も信じない、自分以外は敵だ。自分だけが頼りだ。
中学生になり感性が強い時期、友達はできたが、心のよりどころは、ラジオと音楽。
不良になろうか引き篭もろうかと相当迷ったけど、母と父の悲しい顔を見るのが辛いと思い、いい人になることにした。
高校になると、息抜きに中学時代の友達と踊りに行ってた。
感情に蓋をしていたが、時々、ふっとわいてくる寂しさ悲しさ怖さを見るのが嫌で、外にばかり矢印を向けていた。
社会人になって、幼い心と注意力散漫と他人軸だったこともあり、仕事で大きなミスをしていた。
やっぱり、その時の息抜きも音楽やダンス、それからライブを見に行っていた。
そして時々、襲ってくるネガティブな感情の繰り返しで生きていた。
今は、人のサポートがあって、感情の蓋も開いて、本音で家族と話している。
思い込みは強く、今でも昨日も今日も、何度も過去のパターンが、誰かをダミーにして出てくる。
また、ふと思って書くかもしれませんが、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ではでは🍀