プロフィール
- 性別:
- 男性
- 誕生日:
- 1971年3月9日
- お住まいの地域:
- 東京都
- 自己紹介:
- 学生時代はずっとソフトボール部。 主に外野を守ってました。 内野はゴロが怖いからね。 ダウンタウ...
Re:無題
>ゆきさん
ありがとうございます。
ほんと一生見られんと思うてた嫁さん見させれたのは良かったです😊
35歳過ぎたあたりから結婚せえへんのかも言われなくなったしね😅
お父さんのご冥福をお祈りします。
生きておられるうちに、こおりんさんが奥様を連れて行けたこと、
ほんとによかった。
それだけでも、救われような気がします。
きっと、お父さん。お空でこおりんさんご夫妻を見守ってくれてますね。
Re:無題
>ルゥさん
ありがとうございます。
確かに嫁さんがいるから、そんなに考えないし結婚してて良かったかもですね。
部屋で1人だったら色々と考えそうやし。
帰ってすぐは脱力感ありましたが今は大丈夫です。
謹んでお悔やみ申し上げますと共にご冥福をお祈りいたします。
誰もがどんな形でも通る道とは、色々考えてしまいますね。急逝・持病看護の末・認知症介護の末など看取りでも受け止め方がそれぞれ変わると思いますし。
すぐに乗り越える事は、難しいですが奥様とご一緒なのが個人的に良かったなと感じています。すべき事を一度終えたら、先ずご自身の心身優先で労わって下さいね。
Re:無題
>あびしにあんさん
色々お言葉ありがとうございます。
田舎を離れると死に目に会えないのは覚悟してましたし、最近は弱ってたので近いうちかなぁとも思ってました。
でもやっぱりいざとなると色々考えますよね。
元気なんですがふと考える時があるんですよね。
確かにお互いの親と残された時を何度も行き来するの大事ですよね。
こおりんさん、お父様のこと、、大変でしたね。ご冥福をお祈りします。長渕さんの曲に元気貰ってください。
私も15年前に父を亡くしましたがやはりお父さんは大黒柱なんですよね。
でもちゃんと奥様に会わせることも出来たしお父様、嬉しかったと思いますよ。こおりんさんも喜びも悲しみも奥様と共に乗り越えて行ってください。
自分も同じく都内にいたもので連絡貰った時には既に亡くなったあとでした。号泣して新千歳空港に到着し対面しました。
離れていたしいつかこんな日が来るときが来るのも想像出来た、、なのにいざ現実となると本当に後悔しますね。
後悔するよりも毎日、お父様のこと思い出してあげること、、これが一番の供養になるかと思います。
若い時の結婚と違って親もそれなりの年齢ですからあとはお母様と奥様の親御さんと出来るだけ行き来して会っておくといいかと思います。
こおりんさんが早く元気にならないとダメですよ。