看板は蝶のようにふらふらと揺れながら飛び回り、店の軒上の元あった場所に自分から取り付いていった。
何も書かれていなかった看板から文字がはっきりと浮かび上がった。
『佐伯青果』と、そう書かれてある。
「青果……確か果物屋さんだよね。そっかぁ、ここって果物屋さんだったのかぁ。あれ、誰だったか忘れちゃったけど、ぼくが知ってる人で果物屋さんをやってた人がいたような」
廃れていた店内が綺麗になっていった。
棚には様々な果物が置かれている。リンゴ、みかん、ぶどう、マスカット、梨、バナナ、イチゴ、パイナップル、さくらんぼ、メロン、スイカ、びわ、プルーンなどなど、どの棚も熟した果実でぎっしりと埋め尽くされ、色鮮やかだった。
「わあ、すごいすごい」
イツキは目を輝かせた。
あまりにも種類が豊富で、今がどの季節なのか分からなくなるほどだった。
「看板が文字を思い出したら、お店まで何を売ってたのか思い出しちゃったんだ。すごいすごい、これはすごいよ!」
現れたのは、新鮮な果物だけではなかった。店の中から店主のおばあさんがエプロンをつけて出てきたのだ。
イツキはどきりとした。どこかで見たことがあるおばあさんだった。
けれど、誰なのか思い出すことができない。
スズメがちゅんちゅんと鳴きながら三羽飛んできて、お店の軒先にとまった。
「さあ、いらっしゃいませ。果物はいかがですか」
おばあさんが、しわだらけの手をぽむぽむと叩いた。
イツキはみかんやびわのかごを眺めながらポケットの中を探ってみた。
あんまりにもいい匂いが鼻をくすぐるので、食べたくなってきてしまった。
けれど、お金を持っていない。
イツキは目の前のびわにちらりと目をやってから、うつむいてしまった。
「いらっしゃい」
どこからか客がやってきた。買い物かごを持った女の人だった。
「これとこれ……あと、そうね、これも下さいな」
「はいはい。いつもありがとうね」
客は一人ではなかった。次から次にやってきて、あっという間に人でいっぱいになった。
「リンゴ、三つくださいな」
「このさくらんぼ、二パックお願いね」
「スイカ、よく冷えてるじゃないの。じゃあね、これ、頼むわ」
一体どこにこんなに人がいたのだろうとイツキは不思議に思った。