「…………」
クウラは静かに息を吐きました。
確かに炎は怖いと聞いたことがありました。
けれど、わたしの守ってきた家には、もう誰も帰ってこない。捨てられた思い出を守る必要もない。
ファイルなら部屋に閉じ込められた思い出を全て呑み込んで、外に解放してくれる気がしました。
何が起きてもいい、彼の光にじかに触れてみたい。
天井に吊るされているクウラは自分の方から近づいてみようと試みましたが、ゆらゆら揺れても、とても彼に届くことは叶いませんでした。
「ぼく、誰にも触れなければ、このままただの小さな明かりでいられるんです」
「でも、わたし、あなたに触れてみたいわ」
クウラは疲れているのをこらえて、一生懸命吊り下げられている体を揺らしてみました。
「だめですよ」
ファイルは体を縮ませて、クウラが近づくのを拒みました。
「あなたになら呑み込まれてもいいの。体をなくしてしまってもかまわないわ」
「だめです、だめなんです」
ファイルは何度も首を横に振りました。
「だめ」とは言っているファイルでしたが、縮ませていた火の体が、急にふっと大きくふくらんで、クウラに近づこうとします。
壁から、しゅっと煙が上がりました。
炎の影は、クウラを呑み込もうとしていました。
ファイルは懸命にこらえました。
「ぼくは、クウラさんの代わりに部屋を明るくする仕事を与えられたんです。その仕事がどうでもいいって思うくらい、クウラさんのためだけに光りたいって思います。美しく照らしたいって思うんです。けど、触れることだけはしちゃいけないんです」
「そう……なの……」
クウラは、あきらめて、体を揺らすのをやめました。
「ごめんなさい……」
ファイルが体を曲げて謝ると、
「…………」
クウラは何も返さずに、うつむいてしまいました。
二人は黙り込んでしまい、部屋はまたひっそりと静かになりました。