一言で脳内出血というと、その患者の状態やら半身麻痺やら、大体、誰もが思い浮かべるイメージがあると思うのですが、人によって麻痺に見舞われた患部が人によって異なること、麻痺の程度が様々であることを、私自身その身になってみて思い知ることになりました。

 

 私の病状は……というと、余程、酷いことはないけども軽いこともない。

麻痺の程度がそこそこである反面、麻痺を患う患部があちらこちらにあって天こ盛り…

構音障害まで咥え込んでまともに話すことができ難いということ、ご丁寧に高次脳機能障害のオマケ付きでありました。

 

※高次脳機能障害については、また改めて整理をしたいと思います。

 

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 さて、私がお世話になっていた病院は特に脳卒中、脳梗塞の患者ばかりを集まっていたのではないと思うのですが、いまにして思えば私の病室はこの種の患者ばかり、それも重体の患者ばかり集まっていたのではないかと思います。

 

 ナースセンターのまん前で、一部屋4人、1人を除いて全員、車椅子のお世話になっていたのですが、その1人は全身麻痺…といって良いのか、ベッドに寝たきりの状態でした。

 

 まだ若い男性で年嵩に見積もっても30後半か40前半、食事の場面を見たことがないから流動食やろうなぁ、それにしても見えていたり、聞こえたり、嗅いだりはするのか、暑かったり、寒かったり、それ以前に意識は有るのか…

意識も無いとなれば、それは俗にいうところのところの植物人間ということになるのかな。

 

 でも、もしそうなら、僕らの中には混じって治療を受けてたりすることなんてあり得るのんかな…

 

 何時見ても仰向けに寝ているけど目を開けている。

瞬きもせずに見つめている、というか、ただただ虚な眼差しを前方に向けている感じ…

人間の眼球というものは瞬きをすることで、表面を濡らしてまともな状態を維持することができるということを僕程度でも知っているから、もしかしたら義眼?かなんかかな。

 

 詮索がましく色々と想像をしていると、瞬きをしない眼球が干し葡萄みたいに萎んでいくのを想像してしまいました。

 

 そのうち彼にも意識があるらしいことが分かりました。

というのは、言語聴覚士らしい人が彼のところに来てリハビリを施しているらしいのに出くわしたのです。

 

 私のスペースは、部屋の出入り口から見て通路の左右に2つづつ並んだうちの右側の奥、彼のスペースは右側の出入り口のすぐ脇、すなわち、私のスペースの隣にありました。

 

 カーテンで仕切られていましたから通路にでなければ彼の姿を見ることは叶わないのですが、誰かが尋ねて来れば、気をつけてさえいれば遣り取りの様子は分かるのでした。

 

 「暑かったら手で合図をするから瞬きをして?」とか、「背中がかゆいなら瞬きをして?」という風に語りかけている様子なのです。

  ……してみると彼は全身不随で口はきけないにせよ、意識があるのは勿論、聞こえはするし見えている……

 

 或る時、ようやく歩く練習をしても良いといってもらって、恐々、ヨチヨチ歩きを始めた頃のことでした。

 

 病室からの一番奥から杖をついてリハビリ室まで出るだけでもエラい時間が掛かるのですが、これを乗り越えることができれば歩く様になれるかも?あわよくば歩いて退院できれば…と当時はムシのいい思いでシンドいリハビリにも精を出していました。

 

 さっき話した様に彼のスペースを前を通過して病室の出入り口に向かうのですが、そのわずか3〜4メートルの距離を通過するだけでエラい時間が掛かります。

2分ほどの時間でしょうか、もうすぐ彼のスペースを前を通過しようという時、大抵は自分の足元と前方を等分に見るのに精一杯なのに、何気なく左側の彼の方を向いて思わずギクっとしてしまいました。

 

 何時もは虚な眼差しを前方を向けているだけの彼が物凄い形相で私を睨んでいるのです。

 

 やはり彼は私とは比べものにならぬほどの地獄を味わっているのでした。