まだ、救急病院の次の病院に入院していた頃の事でした。

 2ヶ月かに一度、散髪してもらうのですが、理容師と2人きりになり頭に手を入れてもらい、髪を切り始めてもらうと何もおかしい事もないのに、おかしくておかしくて堪らなくなり、こみあげて来る笑いが止まらなくなるのです。

 ああ…この理容師、頭のおかしな患者の相手をさせられて、脳病院の仕事とはいえ、さぞ気持ち悪い事やろな…
 恥ずかしくて堪らないのに、その恥ずかしさに反する様に笑いが止まらないのです。

 

………

 

 或いは、私の2〜3ヵ月後から隣のベッドに入院してきた男が居ました。

 私は口が不自由な状態で誰ともコミュニケーションを採れる訳ではないのですが、ただ1人、友達になれそうな人物に思えました。
 年齢は二つ三つ上、それとなく様子を見ていると、やはり何らかの障害を頭に負っているらしく、夜遅くに誰?俺の家に何の用?とか、子供達がどうのとか聞く相手もいないのに自分の事を話すのです。
 それを聞いていると彼の身の上に関して大体の事が分かるのでした。

 子供は娘9歳が1人……
 年齢の子供が割に小さいな…と思っていると思いの外、年齢が若いのでした。

 

 そして、小型の電子ピアノを持ち込んでいて、盛んに演奏を披露するのです。

 或る時、彼のピアノ…ラ・ヴェオレテラを聴いて、感情が爆発した様になって、さめざめと涙が止まりなくなってしまいました。

 先に話した様に、髪をカットして貰っている時の様に、いや、今度は違うな…あの時は内心、困った…というか、恥ずかしくて困ってたけど、今度は感情の波に押し流される様になっていたのでした。
 彼のピアノは上手くもなく、楽器もちゃちなシロモノなのにです。
 なのに涙がとめどなく出てくるのでした。

 これはなんでしょう?

 インターネットで調べると(感情失禁)て云う事らしいです。
 やはり高次脳機能障害の特徴の一つなのでした。