『クリスマスケーキ?いや、いらないな。クリスマスは食事取ることになってる』




先にそう告げられていたクリスマスの夜。私はどうしていたのかと言うと、何の気の迷いか、スーパーで買ったお肉の群れと安物のウィスキーでひとり酒に明け暮れていた。











「ただいま」




──帰ってきた。玄関のドアが開いた音を聞いて、私は構えていた腰を上げる。
そうしてこちらからすぐに玄関まで出向き、ニコリと笑っていつもの定型句を口にした。




「おかえりなさいませ、ご主人様」




一瞬、彼の目に疑問か動揺のような迷いが映る。いつも通りを装ったつもりだったが、おそらく上機嫌なのが見え見えだったのだろう。
しかし特に言及はなく、彼は改めて、ただいま、とこちらに笑顔を向けてくれた。
まったく、優しい人。こういうところがこの人の長所だと思う。




「本日もお疲れ様です。昨日はクリスマスということで、お仕事先で呑んでいらっしゃったようですけど、その。今日はお酒、いけますか?」




彼の後について行きながらそう尋ねて、さっそく後悔した。
いや、いくらなんでもせっかちすぎだ。もう少し我慢できなかったのか四季のバカ!欲求不満!←




などと脳内で自分に自分で蹴りいれる妄想とかしつつ、彼の様子を伺ってみる。
彼は特に不思議そうな顔もせず、ただ一言、




「大丈夫だよ」




「そ、そうですか。でしたら幸いです!
ではご飯の用意してくるんですけど、あのですね。今日はでざーとがございましてですね」




「デザート?」




ついに驚いた顔をするご主人様。まぁたしかに、日は既に26日。クリスマスはとうに過ぎ、誕生日とかそういう別口のお祝いだったりもしない。唐突にデザートなどを持ち出すような謂れはどこにもないのだ。
しかしというか、だからというか。その予想外のお顔が、ちょっとだけ嬉しい。
なので、私はできるだけ気持ちを伝えられるようにもう一度笑顔を作ってさらに続けた。




「はい!あ、デザートはですね、冷たいのとそんなに冷たくないのとありまして!
あ、いえ、その前にご飯とお酒なんですけど!!とにかく、デザートは食後に持ってきますので!じゃ!」




と、しゅたたっと勢いで台所に向かって取り繕い、何でまたせっかちにもネタバレしちゃうんだとか思いながらも背中で隠すようにグッとガッツポーズする。。。
よし。今日こそはひとつの邪魔も入らない。凄惨なりしクリスマスの反撃はここに成就する!悪しき風習よ滅びろ世界!この世から仕事の付き合いなんて無くなればいいのに!今ここに成すのがこのケモミミアイドル(自称)の怒りと悲しみ、それから溢れる愛で紡がれた、呪いの限りを尽くせり復讐の狼煙と知れ!!(?)




と、そんな感じでお盆に既に温めてあったお酒と、昨日四季が一人で食べたのと同じようなお肉の群れの入ったバケツみたいな入れ物を載せて居間に持っていく。
そんな我が家ではそうそう見ない肉肉しいテーブル事情に、横で見ている彼は相変わらずちんぷんかんぷんな顔で居間と台所を行き来する私を追っていた。




そうして、お肉バケツ、お酒、受け皿、グラス。全ての準備が出来たところで私もコタツに腰を下ろす。
温めてコーヒーポットの中に入れていたお酒をグラスに注ぐと、彼はまだ困惑していそうな声色で反応した。




「え、これって、お酒ですか?」




「はい。こちら、以前ご主人様に頂きました、夜のコーヒー?なるお酒です。リキュールですね」




コーヒーのお酒というのに初めこそ驚いたものの、これは個人的にとても気に入った品だった。
なので、また呑んでみたいとも思っていたのだ。彼が気に入っていたかどうかは知らないが、多分嫌いではなかったと思う。思いたい。




それぞれのグラスにその黒いアルコールを注ぎきり、ふぅ、と一息。
改めてご主人様と向き合ってから、グラスを手に取って、こう言った。




「それでは、ご主人様。めりーくりすます、です」




未だになんの説明もない私だったが、いよいよ困惑するのも飽きたらしい、彼は少し呆れたように笑いながら、




「はい。乾杯」




そう、何も聞かずに付き合ってくれた。










25日の夜、彼が職場のクリスマス飲み会に参加させられている最中。私は何の気の迷いか、スーパーで買ったお肉の群れと安物のウィスキーでひとり酒に明け暮れていた。




少し前までの私なら絶対にしない事だったと思う。一人でお酒を呑むことも、スーパーでそんな馬鹿みたいな値段の出来合いのご飯を買うことも。しかも実の所、その間はしたなくも通話&ゲームなんかしていたりした。。。


けれどそれが余計だったのか、頭の中身はずっと別の事ばかりが巡っていて。
人と話してまぎらうこともなく、ゲームで忘れることも出来ず、お酒で忘れるなんて以ての外。ウィスキーを実に1ℓ近くを呑んでいたはずだけど、酔いなんて全く感じなかった。




頭の中を巡っていたのは、やはり彼の事。けれどそれ以上に、普段ならやらないような無駄遣いと1人酒に溺れる罪悪感。
いや、むしろそっちが大半だった。そりゃ、クリスマスに飲み会してる彼のことは気になるけれど、それ自体は仕方のない事だと私だって受け入れている。文句は言うけど。。。


しかし暴飲暴食は話が別だ。私は私に、そんな自由を通り越した暴走を許したつもりはこれっぽっちもありはしない。 
したいと思ったのかといえば、そうでもない。してみようかという自虐的な好奇心こそあれ、欲求みたいなものではなかったと思う。




ただ、じゃあなぜしてみてしまったのかと言えば、そう。いつか彼に言われた言葉があったからだ。




「もう少し自由にしてくれた方がいい」と。




その言葉の意味を、多分私は未だに探しあぐねている。









「…………昨日、四季一人でなんかすごいヤケクソぱーてぃーしてたじゃないですか」




食後のケーキも終え、残るはお酒とお皿に移した『雪見だいふく』なるお菓子だけとなった頃。私はたぶん無意識にそう切り出していた。




「そうだったな。お前、ほんとお酒強いな」




「いやそこはどうでも良くて。。。……率直に言って、後悔しました。すごーく嫌な気持ちになってしまいました。
うう。ごめんなさいご主人様!!なんかあんな、一人でバカやるのにお金使って!!だって一食にー900円!お肉の山みたいなバケツパックに!!しかもそれ全部一人で平らげて!!!お酒もたらふくバカみたいに呑みまくってー!!!!」




胸に飛び込むみたいに彼にしがみつくと、よしよーし、とか言いながら頭を撫でてくれた。。
うう。なんとお優しい。四季惚れちゃいます。いやとっくに惚れてますけど。。




「それ言ったらほら、俺もお昼とか自分の店で買うしな……。飲み物も買うしなぁ……。。。その、いつもすみません………」




「い、いえそれは全然!!
四季はただ、なんか四季がそれやるのは違うよなーっていう、そういう自罰的というか、罪悪感みたいな……なんと申しましょうね、これ……」




何事においてもそうだが。私は他人の成すことに口を挟むことはあれ、それの善し悪しをどうこう言うことはない。例えどんな悪行でも、本人がすべきだと思っ他ならするべきだと思うタイプなのがケモミミ脳だ。
ただ、自分のことについては少しだけシビアであるべきだと思っている。善悪ではないけど、『すべきこと』以上のことに不純というか、だらしなさみたいなものを感じてしまうのがケモミミさんの悪い癖。


いつかpso2をやることについても言ったけど、それをするのが『責任』なのか『好きだから』なのか、みたいやつ。
その例で言うと責任でやっていたことを好きになるという問題だったけど、そういうのに不純とか不義理みたいなものを感じてしまうタチなのです、当ケモミミ。




だから、『自由であれ』という彼の言葉を実践しようと思ったら、どうしようもなく自分の気持ちが最大の壁だった。
ついでに言うと『自由』の意味も履き違えている気がして、もう二重の意味でやけくそだった。。。そういうヤケに呑まれて自暴自棄になっている自分もついでにひどく気に入らなかった。




だからこの気持ちを懺悔したかったのだ。謝罪したかったのだ。


もう二度としません、とは違う。
ただ、ここまで後悔することをしてしまった事を、本当は自分に謝りたかったのだと思う。




「……なので、今日のはそのお詫びというか、何と言うか。クリスマスぱーてぃーなんてものでもないのですが、自己満足の押し付けと笑ってください。
本当は形に残るプレゼントとかとも考えましたけど、ほら、そういうのご主人様の方はご用意ないと思いましたし。。。こういう方が受け取る側は気楽かなって」




「うむむ。。それはそうだな、すまん」




「いや謝ることないんですけどこっちこそごめんなさい!っていうかさっきから口を開けば謝りあいなんですけど!!」




あはは、と彼は静かに笑った。
……その笑顔ひとつに救われる。罪悪感は消えないけれど、彼が今この時、確かに私を許そうとしてくれているのが嬉しかったし、救われた。




ついでに言うと、ちょっとかっこよくてときめいた←
ぐっ、このタイミングでそういうのやられると惚気けるに惚気られないのでもうちょっと自重しなくていい時に笑って欲しい!




「こほん。。。えーと、あ、ケーキいかがでした?高かったんですからね、あれ!最近甘いものなんか用意してなかったですし、お肉とかばかりじゃないように、四季からの精一杯の気遣いと大盤振る舞いだったのですが




「え?あーいやまぁ、おれは昨日、一昨日と職場で散々ケーキ食べたんだよなぁ……しかもかなり美味しいやつ……」




それ言う必要ありました???てかずるいんですけど」




「あはは……(目逸らし
とにかく、ありがとう」




突然に礼を言われてキョトンとする。いや、さっきも言ったように、どちらかと言うとこれ懺悔なんですけど。




 「お前がそういう気持ちでも、俺からは礼を言いたいイベントだよ。
クリスマスとか、いつも一人にさせて悪いな。素直に美味しいご飯用意してくれて、並べて一緒に食べれて、俺は嬉しいよ」




そう言った彼の目はいつもより優しげで。返す言葉に困って、口を噤んでしまった。
……本当は少しおちゃらけて締めたかったのだけど。そんなふうに言葉に詰まって俯いてるところに頭まで撫でられて、いよいよ何も言えなくなって、その日の会話は休むまでそれきりだった。