今夜は珍しく、四季家の面々が全員揃っての酒の席だった。
色違いのケモミミ女子が広間にテーブルをぐるっと揃えて並ぶこと、実に12人。見渡す限り圧巻のケモミミ率100%。
しかるにこれだけの人数が集まってお酒を飲むとなれば、各々が勝手に酔って乱れて好き放題しだしたのも否応なしというか、なんとゆーか(?)。お酒に弱い白さん、黒さんを筆頭に、一応一端の大人である(はず)の四季ーずらしからぬ、とてもお酒の席とは呼べないようならんちき騒ぎが繰り広げられたのだった。




しかしそれも束の間。久しぶりだったからか、それとも大人数の雰囲気に呑まれたか。一人、また一人とその場に倒れるように寝静まり、今やこの広間に残された勇者は十二人中の残り四人。




薄い橙色が綺麗な長い髪がひとり、御前さん。
実はお酒を呑んでいない露出度の高い和服がひとり、四季さん。
和室には似合わない銀髪に青いメイド服がひとり、メイドさん。
同じく和室に似合わない金髪碧眼の白ドレスが私、四季姫。


比較的冷静だったその四人だけがまだ意識を保ち、『そろそろ休みたい、しかしこの死屍累々の惨状をこれから片付けようかと思うとさすがに面倒くさい』と、揃って酔い潰れてしまわなかったことを後悔している所だった。。。






「──話は変わりますが。皆さん、砕けましたね」




現実逃避がてら、お酒を注ぎ足しながら話を振る。
私の言葉に、そうだな、一番に反応したのは御前さんだった。




「砕けたな。良い表現だ。いがみ合うばかりでは疲れよう。
私はそんな貴様らも嫌いではないが、まぁ。どちらかと言えばな?誰しも仲が良い方が良いに決まっている」




そう言って御前さんは、口につけたお猪口をまーたそうやって勢いよく傾けちゃう。
さすがに良くありませんよ、そろそろ。御前さんは基本的に食べ過ぎだし飲み過ぎだし、飲み食いが早すぎです。




御前さんは、痛いところを突かれた、と目を逸らす。
以前、酔って寝ていたところを私に起こされた事を思い出したのか。この人はおよそ一般的な尺度では計れないお人柄だが、そういう律儀な考えをする人ではあった。




ちなみに、『砕けた』というのは別にお酒にぶつかって撃沈→沈没した的な微妙な比喩ではなく、ここに集まったメンツの交友関係の事である。
というのも、今更だが我が家のケモミミーズ12人、その半数以上はお互いの仲がよろしくない。




大元の四季さんは『自分と同じ姿の他人なんて見るだけで嫌になる』と全否定だし、
闇さん、幼女さんも無条件で毛嫌いしている。
白さん、黒も本心はどうあれ友好的な態度は取らないし、
魔女さん、mk-2さん、メカさん、メイドさんは我関せず。

友好的な部類になる猫さんは、『まぁ、仲良く出来ればいいんですけど』というくらい。
御前さんは『仕方あるまい』と笑って流しがち。
そして私が唯一、『少しずつ仲良くなれれば』というぼっちスタンスなのである。




だが、それが良くなってきたと言うのであれば喜ばしい。なんであれ、改善されることは良い事だ。
が、そんな風にホッコリしている私の横でげんなりしているもうひとりの金髪、こと四季さん。見た目の違いは主に目の色(四季さんは赤)。


彼女は、はぁぁ、と言葉にしたような深いため息で返事をした。




「ご不満ですか」




しれっとした顔で平然とお酒を飲んでるメイドさん。
クラシックなメイド服と和料理&お猪口がこれでもかと言うくらいに不似合いである。ついでに言うと、我が家では幼女さんを除けば唯一の未成年だったりする。なお幼女さんも酔って倒れてる模様




「ご不満ってゆーか。。四季的には、正直微妙な気持ちです」




四季さんはそれだけ言って、オレンジジュースをもう一口。


この『あなた達とお酒を呑む気はありません』という態度が、この人のスタンスの表れか。
どちらかと言うと四季さんはお酒を呑むのに変なこだわりがあるから、別の人と一緒でも呑まないのだろうけど。
何にせよ、うちのけもみみさんたちと来たらひと癖もふた癖もある曲者揃いというわけだ。




すると御前さんが、はぁ、とため息。
それからギロリ、という擬音が鳴りそうな目を四季さんに向けて、




「貴様のそれが悪い。この席は一応祝い事の類だ。
七夕だったか?それにかこつけて短冊を立て、願い事を並べて、いそいそと〆のお酒などと洒落こんだのではなかったか。だと言うのに貴様は何だ。およそ主催者のノリとは言えん」




「その目をやめてください怖いです。
はぁ。仰ることは分かりますけど、でも主催者は四季じゃないんでそこんとこよろしくお願いします」




「うん?そうなのか」




御前さんがこちらに視線で確認を取ってくる。
私は渾身のにっこり笑顔で、『はい、私が犯人です』と無言で答えた。




「なのに仕切るの私なのがなんか気に入らないんですけどー。。。
まぁ、頼まれるぶんには仕方ないですし、とりあえず参加しますけど」




「四季さんのそういうところ好きです。ツンデレって言うんですよね、姫知ってます」




「違うし、知ってもらっても別に嬉しくありません!」




もぅっ!とか言いながら、そっぽを向いちゃう四季さん。かわいい。
この人のこういう、無害な人には当たりが優しくなるところは私の好むところだ。根っこが優しいというか何と言うか。


ついでにワガママも聞いてくれるし、無茶ぶりにも応えてくれる。芸人としても一流なのがこの四季さんのとっても良いところだ。




「ツンデレも良いがな。もう少し素直になれば良いものを。
……ま、どちらでも良いがな。とりあえず、今はそれよりこの惨状をどうにかせねばなるまい』




そう言って、御前さんは改めて部屋をぐるりと見渡した。


広間に倒れるケモミミたち。放置されたお皿達。自分たちを除けば追加で8人分。
一体これをどうやって片付けたものか。私はひとまず現実逃避していたけど、どうも真面目な御前様はそういうの許してくれないらしい。




『話は変わるがジャンケンでもするか?ちなみに私はパーを出す」




「私はチョキを出します」




「では同じく、チョキで」




「えっ、えっ???じゃ、じゃあグーで」




それだとあいこなんですが。。。




視線が交差する。いつしかピリピリとした重い空気が地獄の広間にのしかかる。
部屋中の空になったお皿と、倒れ伏したケモミミ達が気になってしまう。静まり返ったその肩がゆっくりと揺れているのが面白いような、悲しいような。




四人が同時に顔を見合わせ、きっと向かい合う。
お酒の席とはなんだったのか。今この瞬間のみ、この部屋はもはや戦場の趣きを匂わせていた……!






とかなんか脳内でひとり言ってるあたり、私も酔ってるんですかね。←




「ではいくぞ。
じゃーん、けん────」












◇◇◇










「姫様」




暗い夜空が遠く見える、小さくて綺麗な星々。
そんな空を縁側に腰掛け一人見上げる、白いドレスの女性がいた。




女性はゆっくりと振り返る。
白いヴェールに包まれた金色の髪。異人じみた碧い瞳。肌色の多い洋装は少し目に毒だけど、見る度に一度目を奪われる。


腰掛けた縁側の少し先には、夕食前に皆で飾った短冊がある。相変わらず和風のお屋敷には似つかわしくない姿だが、しかし。




それでもただ一言、『綺麗』という言葉が脳裏を過る。
それから少しばかりの羞恥心を思い出して我に返る。困ったことに、いつからかこの人と目を合わせる度こうなるようになってしまっていた。




「メイドさん。お疲れ様です




ニッコリと微笑んでくれる姫さん。
いや、結局あの後の片付けジャンケンは四季さん、御前さんの負けとなったものの、私も姫さんも手伝ったので特別私だけが言われることではないのだが。
とにかくこちらもお疲れ様です、と返して、その隣に遠慮なく、少し距離を詰めて座ってみた。




不思議そうにこちらを見上げる姫さん。
それは単純に近いことにか、それとも私が姫さんと同じように縁側から足を下ろした姿勢にか。
しかしそれも束の間、すぐにいつもの優しい外行きの笑顔に戻っていた。




「……珍しいですね?メイドさんが、こうして距離を詰めてくるの」




なんて言いながら彼女はさらに身を寄せてきつつ、私が自分の膝に乗せていた手の上に手を重ねてきた。




これである。この人は相手から仕掛けられると、あらぬ反応で返してすぐにマウントを取りたがる。
何かと相手のノリに合わせがちな姫さんだが、その実合わせるくせにエスカレートしたり斜め上に行ったりして、とにかく相手の心を引っ掻き回すのがこの人だ。
ようはボケ専というか。ツッコミ待ちしないではいられない困ったお転婆お姫様なのである。




しかし、それを分かってしまえば動揺も抑えられる。
私はそのいたずらっぽくした碧い視線を逸らすことなく、じっと見返してみた。




「………………。ち、近いですね。すみません」




「あら。お嫌ですか?」




顔を逸らして身を引こうと上げかけた手を、指先でそっと掴む。
それからもう一度、驚いて振り返った彼女も間近で顔を見合せた。




──その見開きかけた目に。崩れた表情に、もう一度どきりとさせられた。




「い、嫌ではありませんが。その。困ってしまいます。
……今日は積極的ですね?どういう心境の変化でしょうか」




「変わる信条は持ち合わせておりませんが、さて。ところで、今日は七夕ですね。お願いごとは済まされました?」




動揺を隠して捲し立てる。
急な質問に彼女は考える余裕を持たず、慌て気味に答えた。



  
「お願いごとですか?それならさっきそこの短冊に……、
いえ、そういうのは一応内緒ということで」




「では当ててみましょうか。『一年間良い年でありますように』とか、そういうのとみましたが。如何でしょう」




キョトンとした顔でお目目をぱちぱちと忙しく開閉するお姫様。
それからくすりと小さく笑って、




「……正解です。確か、『また来年もこうしてお願いごとができますように』だった気がします」




『来年もこうしてお願いごとができますように』。


私が言った『良い一年でありますように』という当てずっぽうとは視点が違うが、なるほど。それは確かに同じ意味だ。




ふと、彼女は短冊に目を向けた。




私も習うようにそちらを見る。
……こうも自然に目をそらされてしまっては仕方ない。頑張って攻めたつもりだったが、今はここまでにしよう。




「いつかもこうして、七夕のお願いごとのお話し、しましたね」




その声はどこか、ふと懐かしむように。
あるいはもしや、儚むように。静かで、夜に溶けるような声だった。




「はい。お悩みでしたね。お願いごとなんて私には無い、とか」




ふふ、と口許に手を当てて上品に笑う。


もちろん、その口からそんな直接的な悩みごとは出ていない。
とはいえ、具体的に何と言っていたかは覚えていないけど、そういう詰まり方をしていたのは概ね事実だったのだろう。
彼女は、お見通しなんですね、と恥ずかしそうにして続けた。




「そうですね。私に願いなんてない。それはまぁ、ある意味今もそうなのでしょう。
けれどこうして今回、願い事と言われて悩むことはありませんでした。それについては私も成長した、ということで良いのでしょうか」




「申し訳ありませんが、願い事の基準とか、哲学的なお話は一介のメイドの領分ではございません。
ですが、そうですね。それを自身で成長だと胸を張れるのであれば、きっと間違いはないのでしょう」




そうですか、と一言。


彼女は嬉しそうにそう言った。




「メイドさんのお願いごとは?」




「素敵なご主人様募集中、です」




「ふふ、ブレませんね。そういうとこ、好きです」




星空に照らされて、金色の髪が無邪気に笑う。
そういうとこ、はこちらのセリフである。簡単に好きとか言うものではない。その気にさせられる方の身にもなってもらいたい。


それに。今のは笑って流されると少しだけ寂しい。




「それこそ、前にも言いました。
私はあなたの可愛いリアクションを見るためにちょっと意地悪をしたり、それらしい態度をして見せたりする程度には、性悪です」




その無邪気な笑顔からは、およそ性悪らしい姿を思わせない。
と、彼女は一度目を伏して、でも、と呟いた。




「……でも、意地悪は疲れるから、嫌いです。性にあわないと言うか。
だから、今夜はとっても嬉しかったんです。皆が集まって、元気に笑ってくれていて。ちょっとお元気がすぎてしまったかもしれませんが、はい。皆が仲良くしてくれているのが、とても嬉しかったんです」




そう言うと、しばらくの無言。




それから彼女はぽつりと、酔っていますね、とはにかんだ。
確かに割と支離滅裂というか、前後のお話にまったく関係がなかったというか。弱音は珍しいというか。
それが少しだけ辛くて、思わず言い訳のような気休めを口走った。




「お酒ですから。酔うものです」




「そう言うメイドさんは、あんまり酔って見えませんが……?」




「メイドですので。いざと言う時お世話をできる程度に慎んだだけですわ」




「ずるいです。私が酔っているのに、メイドさんは格好つける余裕があるなんて。ですわですわ。」




「私は光栄に思います。姫様の珍しいお姿を拝見できて。
──それに、独り占めできて、嬉しいとも(イケボ




できるだけ格好つけて言ってみた。。。




すると姫さんはまたしばらく目をぱちぱちさせて、もう、と笑ってくれた。
効かなかったらしい。恥ずかしい。割と死にたい。




はぁぁぁぁ、と大きくため息をついて落ち込んでいると、姫さんが私を呼んだ。
頭を上げると、彼女は最初と同じくらいの至近距離でこちらをじっと見つめていた。




「……ね、メイドさん。私たち、さっきからお互いのことしか喋ってませんね?
これはもう、相思相愛と言っても良いのでは」




げほっ、ごほん。。。
失礼、いきなりすぎてさすがに驚きました。何を仰るんですか」




「素敵なご主人様募集中、なんですよね?
私、立候補したいです。私の専属メイドさんになりませんか?私では不服でしょうか」




「話が早い!!不服だなんてことはございませんが、話が違うというか、難しいことを仰るんですから!大体同じ顔で主従とか、ビジュアル的にどうかと!」




「私は私です。顔も名前も姿も関係なく、メイドさんもメイドさんです。
メイドさんに至っては初期設定、『となりの見習いメイドさん』って名前になる予定だったんですしね?」




その話は掘り返さないで欲しい。。。




くいっと袖を引っ張られる。
少し逸らしていた目線を戻される。攻守逆転の機会とみたのか、金色の髪から覗く碧い双眸は、やはりじっとこちらの目を見て離さなかった。




その目から、これでもかと言うくらいにわかりやすい意思が伝わってくる。


攻守逆転、などではない。
どこか寂しげな彼女の目は躊躇いがちに、しかし明確に『逃げないで欲しい』と訴えていた。




「……………。あの。メイドさんは、私を独り占めできて嬉しいんですよね?」




それは質問というより、脅しめいた確認だったと思う。
一瞬返答を躊躇ったこちらの様子を見逃さず、彼女はもう一度、そうなんですよね?と重ねて訊いてきた。




「……………………た、確かにそう申しましたが。」




答えに窮しているとどんどん近づいてくる綺麗なお顔。。。
それから逃げるように仰け反って顔を逸らしたりしながら苦し紛れに答えると、彼女は、よし、と満足げに姿勢を正して座り直した。




「はい。実は私もです。今改めて確信しました」




「確信って、何を……」




言いかけて思いとどまる。
この人は何を言っているのか。
いや、私は何を言っているのか。




顔を合わせる。その綺麗な碧の瞳をまっすぐに見つめる。




綺麗だと、いつも見惚れていた人の顔が目の前にある。
自分や他の四季ーずとほとんど同じ顔のはずなのに、この人だけは違って見える。それはきっと、彼女の容姿だけに見蕩れていたわけではないことの証明であるはずだ。




いや、本当にそれでいいのか、とブレーキがかかる。
しかし目の前の碧眼が言う。『こっちを見て』と。目をそらす事を許されない。




金色の綺麗な髪。碧く煌めく瞳。今はほんのり赤みがかった白い肌。
どこをとっても本当に綺麗で、近くで見ると余計に言葉に困ってしまう。けれど今何かを言わないと、進むにしろ退くにしろ先手を許してしまう。
いっそ思ったことをそのまま言うべきだろうか。なら私は、今何を言うべきなのか。
とかなんとか考える途中、ふと目に映ったものがなんとなしに気になって、




「やっぱり、綺麗ですね」




────脳死で、そう呟いた。




「…………………………………え。」




固まる姫さん。


その見たことのない彼女の顔に一度、私の胸も固まるように高なった。




「あ………あ、あの!
綺麗というのはその、はい、褒め言葉で!この、短冊?とか色々和風のシチュエーションにドレス姿は果たしてどうかと思いそうなものですがむしろ来年もこれでと言うか、ふつつかメイドですが今後ともよろしくと言うか!
いえちがくて、ど、どんな時でも姫様はお綺麗だなと……!!」




弁解するように慌てて言うが、今度こそ何の弁解にもなっていない。
私は慌てて、違くて、とか、そういう意味では、とかあわあわしながら何か訳の分からないことを呟いていたと思う。。。




姫さんも姫さんで珍しくきょろきょろと目を泳がせて、は、はぁ、とかなんとか言って困っていた。
……コミュニケーション能力が欲しい。メイド業にうつつを抜かしすぎたのかもしれない。。というか私、こんなにコミュ障だっただろうか???




「…………っ、ふ」




と、漏れだしたような声に顔を上げる。




「…………ふふ。本当に、もう。
そんなこと、私以外に言っちゃダメですよ?」




急にくすくすと可笑しそうに笑う姫さん。
よく分からないけど、何がウケたのか。慌てふためいてたからか。。。




「そ、それは、はい。姫様以外にこのようなことは言えません」




「いえ、それもどうかと思いますが。
でもそうですか。じゃあ、いいです」




と、唐突に腰を上げる姫さん。




暗い庭をてくてくと少し歩くと、飾られた短冊を背に、白いドレスがふわりと翻ってこちらに振り返る。




「…………はい、今後ともどうぞよろしくお願いします。
ふふ。願い事とはそういうものですよね」






暗い夜、まばらに光る空の星々。
立て掛けられた短冊と、その奥の和風な石造りの塀。
そしてその前に立つ、純白のドレスに身を纏った金髪碧眼の異人風な美女。




暗い和風で固められた景色に際立つ、白い光。
それはどこからどう見ても激的に似合わないようで。その実、どこからどう見ても綺麗に見えた。