静かだった寝室に、軽快な電子音が流れ出した。




彼のスマホから流れるアラームの音だ。
急に部屋中に響き渡る大音量に気持ち耳を押えながら、私はあえてそれを止めはせずに、この状況下でもベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てている彼の肩に手を置く。
それからひとまず、トントン、と控えめに肩を指で叩いてみた。




「おはようございまーす、ご主人様ー!」




返事はない。ただのしかばねのようだ。




休ませてあげたいのは山々だが、今日は朝からお仕事の日。そういう訳にもいかないのが嫁事情というものだ。
仕方ないので、強引に両肩を手でわし掴んで割と強めにゆさゆさと身体を上下左右に振ってみる。。。


次第に大きくなるアラームに耳をつんざかれながらそのまま身体をぶんぶんすること数秒、ようやく彼の口から何か『うぅ……』みたいな呻き声を上げることに成功した。




「起きましたー?起きましたねー!?はいおはようございまーす!!(息切れ)




「…………ん…………」 




閉じた口の奥から漏れた小さな声。
それは返事だろうか、それとも呻き声の延長だろうか。目を開けないので測りかねるのですが。。




確認のために一度手を離して、すとんとベッドの横に正座して待ってみることにする。
ついでにそろそろ四季の自慢の耳がまずいことになるので、テーブルの上でギャンギャン鳴いているスマホを勝手に操作して音を止める。
で、もう一度彼の寝顔に目を向けた。




「………………………( ˘ω˘ ) スヤァ…………………」




「安眠しない!!!
そろそろお時間ですよー!!遅刻しちゃいますよー!!!!




と、ようやく眉がピクリと動いた。
寝顔ながらもしかめっ面みたいな表情にいっしゅん笑いを堪えながら(←)、今度は穏やかめにおはようございます、と改めて挨拶し直してみた。




「…………………なんじ…………………」




↑多分こう言ったと思う。
私は一度咳払いをしてから、




「八時半です。もうだいぶ限界だと思いますがいかに。ごはんいります?」




「……………………むり……………」




「でしょうね。。。ほーらっ、早く起きないと!」




と、立ち上がって彼の上に手を差し出してみる。
彼はまだ目を開けてはいなかったが何となく気配で察したのか、数秒かけてどうにか片目を一瞬だけ開けて私の手の位置を確認した。




「…………………( ˘ω˘ ) スヤァ…………」




「で寝るなっ!!!!!
ほら起きて下さいー!体重乗せていいですからー!!」




ほっぺを人差し指で刺しまくりながら耳元で騒ぐ。。。(  '-' )ノ)))))))`-' )


実はこれ↑、私が彼を起こすときの最終手段だったりする。
毎朝の事ながら彼の寝起きが悪さは折り紙付きで、こうやって身体に無理矢理訴えでもしないとそうそう朝には起きないのである。。
嫁的にはできれば主人に対して極力乱暴なことはしたくはないのですけど、こうでもしないと起きてくれないので仕方がない。決してちょっと楽しいとか思ってはいない。決して。




ちなみにそれが休日になると急に早起きしだす。
それでたまーに朝ごはん作って待っててくださったりしたりもするので、ほんとそういう不意打ち良くないと思います。。。




「い、いたいいたい………ごめん、あのほんとにいたい」




「あ、起きました?おはようございます(ニッコリ)」




「……おはようございます……。いま何時……?」




「八時半を過ぎました。そろそろ時間危ないと思いますけど、ご飯はいります?」




「…………起きる…………」←半分聞こえてない




と言いつつも身体を起こそうとしないのを見て、ついでにすぐ目を閉じてるのを片手で(  '-' )ノ))))`-' )しながら、もう片手で再度手を差し出す。。。




何故か分からないけど「ごめんて、ごめんなさい、すみません」とか謝りながら、彼は私の手を借りて体を起こし、ようやくベッドから立ち上がった。




「はい、おはようございますご主人様(はぁと)!




「おはよう。………あの、ご飯は……」




「あ、食べられます?そう仰るなら、一応あるにはあるんですが」




「いや、さっさと行く。悪い」




「いいえ。ひとまず、さくさくっと準備を済ませてしまってくださいませ」




ようやく意思の疎通ができ始めたなー、と内心笑いを堪えながら洗面台に向かう彼の背中に手を振った。




それから私は私で今のうちに、彼のお洋服と仕事の荷物やらメガネ、スマホに財布をすーぐズボンのポッケとか部屋中そのへんに、しかもいつも違う場所に散らばせて置くのでひとまとめにテーブルに並べて置く。


その脇におまけのお水と、朝ごはん代わりとチョコレートを少し。
朝ごはんを食べれないなりに少しの足しになればと思うのだけど、実際効果があるのかはイマイチ分からない。




そうこうしている間に彼が洗面所から出てくる音がしたので、そそくさと居間から逃げて寝室のベッドに腰を下ろして待機しておく。
時計を見れば、時刻は8:40。ひとまず、これで朝の支度は済んだはず。あと私がすることと言えば、出勤する時に居合わせて忘れ物がないかとかネチネチ確認するくらいだ。


彼の場合は、というより男性はそうなのかもしれないが、朝の支度にほとんど時間を取らない。
35分に起きたとして、かかった時間は実におよそ5分。出るまでの猶予は10分と言ったところか。
……つまり、出勤30分前というギリギリの時間に起きても、まだ出るまでに幾ばくかの猶予がある。そこばかりは徒歩通勤の良いところだ。






「四季、入っていいか?」




さっそく支度を済ませたのか、寝室の戸の向こうから彼の声が聞こえてきた。
どうぞー、と答えるなり静かに戸を開けて入ってきた彼の姿は、すでに仕事着を着てカバンも持って、後は行くだけ!の状態だった。。




「はい、忘れ物ありませんね?えらいえらい!」




「もしかしてバカにしてるか???」




「そんなことありませんよ?はい、これっぽっちも!」




何のジェスチャーなのか、両手を開いたり閉じたりとグーパーして見せる。
彼は、そうか、とこれまたよく分からないリアクションをして、私の隣、かと思いきや私が座っているベッドの脇に腰を下ろす。




そして、迷いなく私の膝に自身の頭を顔から突っ込むように乗っけてきた。。。




!?




声は出さない。が、思わず変な声が出そうだった。。。
一体何のつもりなのか。もしかしてまだ寝ぼけているのだろうか。いや、寝ぼけてはいるんだろうけどこれはどうか。せめて横向きになってもらわないと太ももがくすぐったいんですけど!←




「……………………」




反応はない。
いや、自分からいきなり膝枕されに来て無言とかマジどうかと思うんですけど。。。ていうかどういうつもりなのか。それよりどうして欲しいのか!




膝枕なんて、まぁ、何かの勢いでやってあげることはあっても、こうさも当たり前のようにやられるのはさすがに困るというか、何と言うか。。。
そう、それだ、困る。とても困る。。。なのでここは私にも逃げる権利があると見た!←?




「………あ、あのー………」




「……………………………」




へんじはない。ただのしかばねのようだ。




はぁぁ、と聞こえるように大きくため息をついてみる。
が、それでも無反応だったので今度こそ内心で深々とため息をつきながら、彼の頭に手を置いた。




「………………何です、急に」




静かに問う。



「…………………………………」




が、やはり返事はなし。
というかすでにちょっと寝息が聞こえてきてる気がするんですけどあの。。。なんで人の膝の上でガチ寝するんですかもー!!!




「はぁぁぁ…………まったく」




彼の頭に置いた手を、起こさないようにゆっくりと動かして撫でてみる。
何だか分からないけど、寝ぼけながらも膝枕されに来たあたりしてほしくない訳ではないのだろうし。時間もそれほど長くは出来ないし。急に来られて驚いたけど、別に嫌という訳でもないし。




「…………お疲れですね」




不意に、そんなことを口にした。
そうでなければ、きっともっとたくさん普段から話せたり遊べたりするのに、と思いながら。




「……………………」




「お怪我が堪えてたりもするんでしょうか。お時間ある時に、また遊んだりしましょうね」




黒い髪を撫でながら、何となしに言葉を紡ぐ。
相手に伝わらない言葉なんかに意味は無い。ましてや伝えようともしていないものには尚更。
だけど何故か、今はこうして彼の寝耳に伝えたかった。




「好きですよ。ずっと四季がそばにいます」




そうして、最後まで返事はなかった。




…………ちぇ。ワンチャン聞こえてれば面白かったかな、なんて思ったりもしたのだけど。
いや、聞こえていたら自爆するのはこちらだっただろうしそれもそれなんですが。。。





ちらり、と時計に目を向ける。
時刻はもうじき50分。普段なら遅くてもそろそろ行く時間なのだけど。
でもシフト上の出勤時間は実は9:30からなのを知ってしまっている四季が、わざわざ早く出勤しろーなんて急かす道理はあんまりないわけで←




もうしばらく、勝手に起きるまではこうしてみるのもいいかもしれない。
だって、自分の仕事の時間に起きれない彼が悪いわけで。基本的に面倒は見るけど、それは私の好意とかであって義務とか仕事ではないし。私は怒られませんし。




…………私くらいは。甘やかしすぎるくらいでもいいだろう。




そう思って彼の頭をポンポンしていると、突然彼のポケットからスマホのアラームが大音量で鳴り出した。。。




「(ガバッ)やばい寝てた、行ってくる……!」




「アッハイ膝枕にはノーリアクションですかそうですか。。。」