「はい、それでは」




缶ビールを持った手を彼に向ける。
彼は一度私と視線を合わせると、その硬い表情を少しだけ可笑しそうに緩ませてから、同じように、ビールを手に取った。




「……しんどい時のヤケ酒に」




「あは。はい、乾杯です」




そう言って、ゴツン、と慣れない容器を不器用にぶつけ合った。















昨日、彼が足に怪我をして帰ってきた。




それも割と痛そうな怪我で、片足を上げながら案山子みたいにしてひょこひょこと帰ってきたのだ。
ろくに足を使って歩けないようで、腫れも酷く、一目見てもしばらくは苦労するなー、という感じだった。


で、帰ってきた彼が言った言葉が一言、『お酒でも呑まないとやってられるか!』




やけ酒というのは我が家では割と珍しい。


このブログでも何度か私のお酒へのこだわりというのは書いた気がするけど、やけ酒なんていうのは完全にそのこだわりの埒外だ。
ざっくり言うと、お酒というのはできる限り何かの報酬として頂きたい。そんなケモミミ特有のよく分からないこだわりがあるのである。
そもそもの話、マイナスな気持ちで呑んでしまうとあんまり美味しく呑めないし後に残る。




だけどそのこだわりも考えようというか。別に、『それ以外では絶対にNG』というわけでもないしとゆーか。。。


その方が理想的、というのとそれ以外は嫌!ということでは少し解釈が違ってくる。
その点私にとってのお酒は前者なので、望まれるのであればそういうのも吝かではないというか。


そう、突き詰めれば、報酬にしろ何にしろ意味のある道具として使えていればそれで良い。
私がお酒を報酬として欲しがるように、彼がそれをヤケになってパーッと忘れてしまうために求めることを止める道理はない。そんな権利もないし、義理もない。いえ、義理はあるかもですけど。。。




とにもかくにも、そう。


まぁ?呑みたいってゆーなら?
別に信条を曲げるのも??みたいな???って感じです←






「いたた……、胡座かけないな、ほんと」




そんなことを呟きながら、もぞもぞとうまくテーブルに座れる体勢を探すご主人様。
私はそれを横目に見ながら、変なため息を小さく吐いていたりした。




「……悪い、余計なこと言ったな」




「い、いえそういう意味ではありません!




ぶんぶんと両手を振って否定する。
すると彼は、いや、こっちこそ悪かった、とさらに謝ってきた。




「いえ、そこはほら、本日やけ酒につき。弱音も吐き気もお付き合い致しましょう。
四季はここに居ますから、どうぞお気を楽に」




「吐くまでは飲まんよ。。。まぁ、慣れてないお酒ではあるからなんともだが」





お互いの手元にある、小さな缶に目を向ける。
今日はやけ酒というのも珍しければ、缶ビールというのも珍しい。
アルコール度数も5%くらいしかない、なんかシュワっとする黄色くて麦っぽい感じの普通のビール。
たくさん種類はあったのだが、どれも違いがわからなかったので適当にお値段の安いもの、中くらいの、高いものの3つを選んで買ってきた。。




ちなみにこれを言い出したのは私の方。
口にする分には「たまには違うものを」なんて言ったが、やけ酒なんていう道楽にもならないことをするのに、普段呑むお酒の味で覚えて欲しくなかったのだ。




テーブルに並んだおつまみもこれまた珍しく、彼が選んだ油多めのジャンクなお肉やらポテトやら(ビールと一緒に買ってきたもの)。。。
その辺どうも、『今日のお酒は普段とは別』という意識は彼にもあるらしかった。




「そういえばディバイド行ってるか?今週だか、たしかキャンペーンあるんだろ?」




「そうでしたね。実は最近、1人の時にあんまりゲームしてなかったりします」




「そうなのか?別に、気にしないでやっていいんだぞ」




「んー……まぁ、何と申しましょうか。。ちょっと休憩中、みたいな?




言葉に困って頬をポリポリかくフリをしてみる。
そんな私を見て、そうか、と彼は意味もなくビール缶を揺らしてみたりする。いやあの、多分それって揺らすものじゃないですよ???




…………そう、最近はあまりゲームとかをしていない。というかろくに何もしていない←


ブログを書く頻度も極端に減っているし、睡眠と活動の時間が普通と逆になりだしている。
彼が仕事に行っているお昼に寝て、帰ってきてからご飯を一緒に食べて、休んでいる間に朝の支度をして、朝起こして仕事に行くまでは一緒に、みたいな。
まぁ、その分これ以上しても対して足しにならない家事に余計に時間を割くようになっているのだけど。。


というか、こう見返すとブログを書き出す前の生活に戻ってるだけじゃないですかヤダー!!()
だってほら、この方が朝起きて夜寝るよりご主人様といる時間が長いんですもん!!まぁ半分は寝顔眺めてるんですけど!←




「モチベーションがないとか、そういう訳でもないのですけどね。どちらかと言うと体力がないです(切実)
ウィークリーだけは回してますが。。。」




「俺の方でもウィークリーやってくれませんか」




それとこれとは別だと思います。。。






沈黙が流れる。




その上をまばらに、カチャ、コトと箸をとったり食器を置いたりする音が歩いていく。
私は常に気をつけている方だが、彼も食事の際に手先の音はあまり立てない方だった。




お酒の意味も確認した。無駄話もした。
あとに残るのは、テーブルに並んだあれそれを飲み食べ仕切ってこの席を良かったものにする事のみ。
そうして今夜を終えたなら、明日にはきっと良い思い出になっている。




閉め切った窓の外から、ベランダに滴り落ちる雨音がポツポツと聞こえてくる。
そんな小さな音ばかりが続いた時間は、はたして何分だったか。何十分だったか。その静寂は、食事を全て終えるまでしっかりと保たれた。




「ごちそうさま」




「はい、お粗末さまでした。今日はほとんど買ってきたものでしたけど。。。」




悪いな、とやっぱり少しだけ微笑んで謝るご主人様。
その表情が、いつか脳裏にこびりついていたものと重なって驚いた。


……その顔だ。それがずるい。そうやって、それ以上の言葉を許さないその顔がいつもずるいと思う。




怪我をした、なんて見せてもらった時もそれだった。




『あんまり驚かないで欲しい』なんて言いながら、私が何を言うより前に謝ってきた時の顔。
心配して欲しくないけど報告はしないといけない。そんな逃げ場のなさから、出てくる言葉は私のオーバーリアクションを封じるもの。
気持ちはわかるけど、そこは私だけには許して欲しい。







やけ酒だーなんて言って元気に振舞ってみても、やっぱり気落ちするものはしているんでしょう?
情けないとか不甲斐ないとか、仕事に対して、職場の人に対して、私に対して負い目を感じているんでしょう?




そんな問いは、さすがの私にも聞けなくて。


腐ってしまわないように、あるいはそうなっていることを気付かれないように頑張る彼に、やっぱり私は何も言えないでいる。
それこそ、この不甲斐なさをどう割り切れば良いんでしょう。






「そう難しい顔をするな」




と、ポンっと頭に手を置かれた。




「え、あ。すみません、変な顔してましたか」




「固くはなってたかな。俺の怪我でお前が落ち込むことはないんだって」




そう言われても、困る。そもそも落ち込んでいるのはそちらであって、それが伝播しているのだと理解して欲しい。




「……別に。とにかく、早めに病院に行って診てもらうこと!いいですね!?」




「お前のその、すぐ『別に……』って言って話を変えるクセ直らないよな。いや直せとは言わないんだけど」




「なっ!!べっ、別に……じゃなくて!!
あーー!もう!!早く寝て休んでください!!!」



















※怪我は一応ただのひどい捻挫とのことでした!
とりあえず大事ではないとの事でしたのでホッとしてますすごい腫れてるからヒヤヒヤしてて気が気じゃなかったので。。。