ことことこと、とグラスが満ちる音がする。




無音の和室に響く微かな生活音。
夜は遅く、とっくに深夜に差し掛かっている。それをここに来て、今から始めるようというのは何の席か。




しっかりと桃色に染まった二脚のグラスを見比べてから、私たちはそれぞれを手に取った。




「はい、それでは!」




きっと言葉には言いづらいだろう。


そう思ったのでそこまでにして、見せつけるようにグラスを彼に向けて差し出した。




彼は、ん、とかそんな感じの言葉にならないリアクションだけして、私のグラスに自分のグラスを近付ける。




…………本当に。不器用というか、恥ずかしがり屋さんというか。
その程度のことでいちいち困っていて、よく生きていられるものだと感心してしまう。




けれど、これが彼なりのやり方だし、誠意なのだろう。
それを蔑ろにするのは良くない。少なくとも私だけは、彼のノリに合わせて上げるべきだと思う。




そうして彼はどこか戸惑うように、しかししっかりと私の目を見て言った。




「乾杯」




「はい。乾杯です!」







空も道路も、ご近所さんも寝静まった深い夜。




それは有耶無耶にして明確。曖昧にしておいて、確かに伝えようという青いような、やっぱり桃色の意思。




多分ホワイトデーのお返しなのだと思われる夜のお酒の席は、ちりん、という控えめな音とともに始まった。

















香りはどこか葡萄酒のようで、でも爽やか。
よく見れば泡が上がっているが、炭酸なのか。こういうの、お酒だとなんと言うのだったっけ。




軽く口に含んでみれば、優しめな刺激とやはりワイン独特の風味というか、辛さがある。
爽やかめな香りの印象通り、後味はあまり残らない。


一言で言って、『飲みやすいワイン』といったイメージだ。




「…………珍しいお酒ですね?ワインですよね?これ」




「…………みたいだな」




物珍しくてそう聞いてみると、彼も私も同じように一口飲んで、少し考えてから返答した。


彼にとっても珍しいものだったのだろう。私よりお酒を飲む機会は多いだろうから、あるいはこういうものを飲んだ事があって買ってこられたのかと思ったりしたけれど。




「ふと、コンビニで見かけて良さそうだと思ったから選んだだけだよ。
で、どうだ。好きか?こういうのは」




「んー、そうですね。好みますよ。ワイン、好きですしね」




曖昧になりそうな返事を、できるだけ明らかにする。こういう所で雑に答えて困らせるのは本意ではない。




実際ワインが好きなのは本当だし、この淡い炭酸葡萄酒(?)は普通のワインより私好みだとは思った。


ただの味の好みで言うなら、甘かったり飲みやすい方が良い。
それ以外の意味では、私にとっては日本酒に限る。いや、それは好みというか、ただの拘りなのだけど。  




…………ふと、年始に実家に集まっていた人間どものことを思い出した。




彼らは、多分車の運転をする人以外は揃ってお酒を飲んでいた。そして当然のように私にも勧めてきた。




いや、当然私はそれを断ったのだけど。。
そんな私を見て彼らは『酒を飲まないなんて、人生の半分損してる』とかなんとか言っていたと思う。




それを聞いて、そういえば彼らの中で私はお酒を飲まないキャラだったのかと、ちょっとした発見をしたのだった。
いや、そこはすこぶるどうでもいいのだけど。。。




飲まないのではなく、単に呑む時場所を気にしているだけなのだ。
呑みたい時に呑むし、不要な時には飲まない。ことお酒に関して、必要か否かの判断基準がシビアなだけで。




……なんて。相変わらずそういう無駄な決め事からは抜け出せない。悪癖だと知りながらも、そんな考え方を曲げられないでいる。




あるいは、そう開き直れるほど強くない。
自分で自分の悪い部分を分かっていながら、それを修正できないどころかしようと思えない。それをしてしまうのは、自分を自分で許せない。




我が事ながら、非常に面倒くさい人間だと思う。




「どうした?」




声をかけられてはっとする。
いけない。多分今、ひどい顔をしていたと思う。




「な、なんでも。すみません、余計な事を考えてて。。。お忘れください」
 



あははー、と笑って誤魔化すと彼は一言、そうか、と呟いてグラスを持ち上げ、くいっと一口。




こういうところ、すごく気が利くというか、優しい控えめに言って都合が良い


多分、ちょっと嫌なことを思い出していたのは察していたんだと思う。
それをただ声を掛けて我に返らせて、その上で言及せずに黙っていてくれる。これ以上の対応があるだろうか。いやない(嫁フィルター)。




「そういえば、モンハンのお話。
はやくマスターランク上げてくださいよー、一緒に金銀とかティガ亜種とか行きましょうよー!」




「う。そうだな、なかなか時間がとれなくてすまん……」




「あと個人的にはボダブレもちょこっと付き合って欲しいんですよね。今のイベント?で気になる武器があって、せっかくですから凸したくて。
PSO2は、まー、今週は何も無いようなのでウィークリーだけしてスルーかもですが。。。」




「ん?PSO2ブロガーさん???」




「四季にもフォローできることとできないことというのがございます……。
いえほら、今週はさておき近々新しいクエストと解式PAとかあるんで!!」




「あー、ナックルとツイマシのな。あれは楽しみだな。」
 



「楽しみと言えばですね、いつ発売か知りませんが、ガンダムのVSシリーズの家庭版新作?が出るそうですよ?よ?(チラチラ」




「あ、それ俺も興味あるんだけど、買うか?やるなら買う。なんならモンハンみたいに二人で買って二人で組んでやりたいまである」




「え、え。。意外と乗り気でビックリなんですけど。。。」




「そうか?無駄遣いは嫌いじゃないしな」




そう言ってまたくいっとグラスを傾ける。




……そんな仕草がいちいち似合わない、なんて言ったら怒られるだろうか←
いや、だってなんかこう、見た目の印象が若いというか!若く見えるっていう褒め言葉?的な!←←




「無駄遣いとは、無駄に遣うから言うのであって。
ご主人様のそれは余裕とか、遊びって言うものですけどね」




無駄は無駄だろ、と彼は答えるが、そうではない。そこに楽しみをもって、意味を見出している時点で無駄ではない。


だってその言い分では、娯楽とか気まぐれとか、あらゆる必要以上のものが不純になってしまう。
ていうか自分のことだからそう言うけど、他人が同じように言えば彼だってそれを否定する。あまりわざわざ言葉にする必要のないことまで言わせないでほしい。




「…………ま、無駄とか蛇足も楽しみようということですが。何事にも、楽しさを見出すことに楽しく生きていくコツがありますよね




「そういうのお前は上手いよな。俺には難しい」




それは違う。もしそうだとするなら、それは彼が忘れているのか、疲れているのかのどちらかだ。




いや、毎日時間に追われるように生きていてはそのどちらもだろうけど。その点余裕のある私にそれが残るのは当然というか。


しかしこと時間というものだけは、どうしても替えがきかないものだ。
世に飲食店があり、生活の効率化が進み、需要が広がりさらなる効率化を求めるように。時間だけは、どんな人間の些細な瞬間にも替えがない。




だから、その一瞬一瞬を無駄にしない。意味のある事だけをする。
私が自身に課している、数少ない心情のひとつだ。




「結局は同じ事なんですけどね。楽しいと思ったことをするし、したいと思わなければしないだけで。
周囲の人間に流されるのが人の悪癖だと思いますが、流れに逆らうのも個性であるし、それには度胸も行動力も必要なもの。四季はそういう人、割と応援しちゃいます」




「俺なんか、結構そういう流される方な気がする……」




「ふふ、どうでしょうね。あんまり流されちゃダメですよ?流されるなら、四季にだけです♪」




ちょっとふざけて言ってみたが、彼はそんな私を虚無虚無しい目で一瞥したあと、




「…………気をつける」




「今の反応どういう意味です!?」




「いや、普通に気をつけないとなーって」




いやいや、明らかに「何言ってんだこいつ」みたいな顔してたと思うんですが……!!!




気のせいだよ、とか何とか言いながらおつまみとワインを交互に取るご主人様。誤魔化し方が雑である。なんなら誤魔化すというよりスルーに近い。




変なところで曖昧にしたり、変なところで堂々と伝えてきたり、この人は。
まぁ、それがこの人の味なのだけど。

   


それがきっと余人に理解しがたくても、私だけが分かっていればそれでいい。
そんな風に思ってみれば、それはそれで良いものなのである。




「はぁ。四季は割と本気で言ってるんですけどねー。四季以外の人に流されたり、絆されたりしてるのを見てると、ほら。ついこう。ねえ(ハイライトオフ)」




「いやーそういうとこさすが四季さん。。。そこはまぁ、そんな事があっても許して欲しい」




「……………………まぁ、別に許しますけど。ていうか、ご主人様があんまり他人に優しくなくなったらそれこそアレですし。解釈違いでどうにかしそうですし」
  



「お前ほんとめんどくs……難しいな」
 



「あーーーー!!!!今めんどくさいって言いましたーーー!?!!?



「いや、言ってない言ってない。HAHAHA(目逸らし」