寒空の下。ふと、何の気なしに大きく吐いた息が白くはっきり見えた。




見慣れない景色に少しだけ驚く。
思えば最近はそもそも外出する頻度や時間の問題で、あまりこう真っ白な息を見る機会がなかった気がした。外に出たばかりというのもあるが、やはり今日は特別寒いらしい。




左手に差した傘の上には、ぼたぼたと重いものが落ちてくる。


ひとつひとつに重さはないが、塵も積もればというかなんというか。
こういう経験も珍しくて、そういうものだっただろうかと思い返すも、どうもこんな景色は記憶に思い当たらない。




肌を刺すような冷たい暗がりに振るその姿はやけに白くて、ひとつひとつが大きくて、きっと柔らかい。
激しくもなく、寂しくもなく。けれどしっかりと冬の夜を彩る様は絵画のそれにも勝る。




……本当に、この辺りでは珍しい光景だ。こういう日が年に一回でもあればと思っていたが、これくらいの振り方は何年に一度だろうか。


明日の朝はもしかしたら積もっているかもしれない。実際そうであったら困る反面、もしそうならと年甲斐もなく喜んでしまう気持ちがあった。




と、きぃ、とドアを開ける音がした。




目の前の建物から、この時間になってようやく外に出てきた人影が一つ見える。いや、いつもより数時間早いので一応褒めてあげるところかもしれないが。


とにかくその人影は建物の透明なドアを閉めるとこちらに振り返って、それから私の姿に気付くなりピクリと驚いたように固まった。




「傘。お持ちじゃなかったようですので」




私はそう言いながら近寄って、右手に持ったもう一本の傘を差し出す。
すると彼は無言でその傘と私を交互に見比べてから、おお、とやや混乱気味に傘を受け取った。。




私がひょいっと一歩離れると、彼は傘を開いて道に出る。
そして何より先に傘の下から空を見上げて、




「……少し、歩かないか?」




などとおかしなことを呟いた。























ざく、ざく、という足音を立てて少し先を進む彼の背中を追いかける。




少し歩くなどと言って『スーパーで買いたいものがある』と先を進み出した彼だったが、しばらく会話らしいものがなかった。




前後に並んで歩いているので単に話しずらいこともあるけど、いつもなら何か話しかけてくるのだが。
周囲に人の気配はなく、音もない。普段より開けて見える道なみには、静寂を踏む足音だけが鈍く響いている。




手を伸ばしても届かない、二歩か三歩くらいの距離。
お互い傘をさしているので仕方がないけど、やはり距離が遠いのがちょっとだけさみしい。




いや、どうせ傘がなくても並ぶわけではないのだけど。
それなのに何故そんなことを思ったのか。ひとつ理由が思いあたったところで、すぐに考えるのをやめることにした。




「買いたいものとか、あるか?」




と、突然前から声がした。




「醤油でしょうか。そろそろなくなるかなと」




「そうか。せっかくだから夕飯は買って帰るか?」




「その方向で。家にあるおかずは明日のお夕飯にそのまま先延ばしですけどね」




この手の夜の買い物デートの際には、夕食という名の菓子パンを買って帰るのがお決まりになっていた。
個人的には甘いものだとあまり量が取れないという問題があるのだけど、まぁいいだろう。ああいう俗っぽい甘味は彼の数少ない嗜好品なので、口を挟まないことにしている。私も好きではありますしね←




「…………付き合わせる」




「今になって???」




「む。それは、そうだな……」




端的で断片的な、言葉の上では無意味なやり取り。


けれど言わない気持ちも省いた言葉も通じている。
分かったような口を利くほど理解できてはいないけど、それなりに分かるものも増えてきた、という事だろう。




「そういえば、pso2の方はどうだ?禍津常設、ランキングは入れそうか?」




「どうでしょうね。エレガントくらいは欲しいところですが、それももう少し余裕を持っておきたいかなーって思うくらいです。。
四季的にはそんなランキングよりsopつきノヴェルユニットが欲しいんですけどね、できればレアなヤツというか欲しいやつ!」




「すまん……多分そこそこいい感じの当たりを引いてしまって本当にすまない……全アークスにすまない……」




「レア充はこれだから……!!
たまにご主人様のFGO見せてもらうとほんとレアの多さにビックリしますしね。サポート欄、宝具重ねまくった星5鯖で固めたらフレ申請沢山来ると思うんですよ。その辺いかが?」




「いや、それはちょっと廃課金だと思われるから嫌かな……。。。
実際全クラス宝具3以下がいなくなるくらいできそうで怖い……あ、でもスカディが2だな」




「無駄に2枚当ててんじゃねーです。。。」




はは、と笑って誤魔化す背中にため息をつく。
無駄な軽口も済ませたし、十分だろう。私も彼も、またさっきまでのように半端に濡れる道を歩くことに専念した。







「…………………………」




ざくざくと進む後ろ足を無心に追う。




その背中を見て、後ろ髪を見て、傘の上を見る。
暗い夜にもよく見える、ぼたぼたと流れるような白い彩色が眩しくて。




────綺麗。




それは何に対しての感想だろう。









…………こんなもの、いずれ見返せばいつか冬の日の何でもない日常だけれど。




それでも、この景色を。
白ずんだ景色を歩く彼の背中を、目に焼き付けようと思った。