「ふぅー……」
張った肩をゆっくりと下ろして、貯まった疲れを込めに込めての息を吐く。
今にも『極楽極楽……』とか言い出しそうなその様子に、ついつい笑いが込み上げてしまった。
と、笑われたことが不服だったのか、一度こちらに抗議の目線を向けてきたご主人様。。
しかしそれもすぐにやめ、テーブルに挟んだ布団に手まで突っ込みはじめる。笑われて恥ずかしい気持ちの方が大きかったのだと思うけど、それよりもコタツで温まる方が大事なのか。
テーブルの上には大きなお鍋と、お野菜の和え物、レンジであっためただけの冷凍唐揚げ、それからいつか気まぐれで買ったおつまみ用のチーズ。
そして本日の主役。日本酒は、大容量パックでお得な月桂冠さんである。
お椀にお鍋を取り分けて、おちょこにお酒をちまちまと注いで、箸を箸置きにセットして。
準備を済ませると、合図もないままお互いに目を合わせ。
それから手元のおちょこを手に取って。
「はい、それでは」
「ん。じゃあまぁ、今日もお疲れ様ってことで」
「それで。。。はい、乾杯です」
こつん、とお互いの杯を優しくぶつけた。
「如何です?念願のコタツは」
食事を始めるなり、さっそくの質問をしてみた。
実は去年だったか、コタツのコード部分が壊れて動かなくなってしまっていた。
それをコタツ愛好家たる我が旦那様はたいそう悲しまれて、『コタツ買いたい、コタツ欲しい』と呪文のように繰り返していたのだ。。。
なので、お休みの日に買い物に付き合ってもらうついでにそれも見繕った次第である。
なんか立場が逆ですけど。ある種の報酬とか、お小遣い的な意味で。。
「やっぱりコタツだよな。コタツが人類を救うよ(真顔)」
「さようですか(ツッコむ気なし)。
まぁ、ご主人様に喜んでいただけるなら何よりです」
ちょっと辛辣だったかと思ったが、そんなことは気にも介せず満足そうにお酒を呑んでいるその姿には正直半分呆れてしまう。。。
もう半分は感心というか、安心する。
ああ、そういえばこの人はこうだったな、と。
「にしても、今日は珍しいですね。明日も朝からお仕事でしょう?お酒、大丈夫ですか?」
そう問うと、彼は少し悩むような素振りをした。
と、間を繋ぐようにお椀の中身をひょいひょいととって食べる。
そうしてお鍋の中身をお椀に移し足す頃に、ようやくぽそりと口を開いた。
「まぁ、そんなには呑まないから」
「割と悩みましたね。。。たくさん呑みたかったですか?」
「うーん、でも最近俺弱いしな……」
「えー。先日の飲み比べは結局お互いがダメになる前にお酒が切れちゃいましたし、次はお休みの日とかにやりましょうよー!」
「それお前が呑みたいだけだろ???」
「どちらかと言うとご主人様を酔わせたいです」
「あ、そう……」
対称的な笑みで見つめ合う。
それが楽しくて、つい、手に取ったおちょこを勢いよく口に傾けた。
…………おちょこというのは、サイズ的に本当に少ししかお酒が入らなくて、すぐに注ぎ足すことになってしまう。普通に口に含んでしまえばものの一口か二口だ。
正直、それがわずらわしいと思ったりもする。どうせ飲むのだから、もう少し一気に注いでしまえる器の方が向いているのだとは思う。
でも、枡のような四角い容器よりはこちらの方が四季好みだ。
理由はあまりうまく説明出来ないけど。形状とかだろうか。こういう方が、お酒を楽しんで呑める気がする。
「飲むペース、気をつけろよ……?」
「そんなに簡単に酔いませんってば。。」
ならいいけどな、なんて言って彼も同じようにぐいっとお酒を流し込んだ。
それからおちょこをこちらによこして『おかわり下さい』と目で訴えてきたので、大きな月桂冠パックをひょいと掴んで空になった2つの容器に心持ち多めに注ぐ。
「そういえば、昨日は雪が降りましたね。あまりリアクションがありませんでしたが」
おちょこを彼の手元に差し出しながら、ふと思い出した話題を投げかけてみた。
そう、前日の朝から昼頃だったか、雪が降っていたのだ。
大きな粒でもないが、水っぽくもなくてふわふわとした雪らしい雪だった。
窓を開けてそれを見るなり『雪降ってますよ雪!』とかはしゃいで報告した私だったが。
それに対して、こういう時割といつもノリノリなはずの彼のリアクションがあまりにも薄かったので、どういう心境の変化かと気にかかっていたのだ。。
「ああ、降ってたよな。普段ならテンション上がってたと思うんだけど、多分寝ぼけてた」
「えぇ……。。。せっかくの雪だったのに、勿体ない」
「東京の雪なんて年に一度くらいだしなぁ……今年はもう見れないかな」
それを聞いて、ちょっとだけ残念に思ってしまう。
私も彼も雪は好きだ交通の問題を除けば。それを二人で見る機会を『寝ぼけていた』でやり過ごされるのはやはり、こう、勿体ない。
ちらり、と窓に目を向ける。
カーテンの先には、きっともう濡れてもいない道路が広がっている。また次に雪が降るとしたら、もう来年になるのだろうか。
「ま、そういう時もありますか。
とはいえ、雪はともかく今年はコタツがありますしね!それで冬を満喫しましょう、ぬくぬく」
「コタツでお鍋つつきながらお酒を呑んでるしな。冬満喫イベントとしては上等だろ」
くい、と二人でもう一杯。
それから目を合わせて、お互いきっと何の意味もない笑いを交わした。
「四季、今日の酒はどうだ」
「……そうですね。実のところ、ちょっと気軽すぎやしないかとか気にしてましたが。
ですがまぁ、ご主人様からの頂き物ですし。今回はコタツ復活記念ということで、よろしいかと」
「別に、飲みたきゃいつでも飲めばいいけど。お前は変なとこにこだわるよな」
「そういう甘言で四季を惑わさないでください。。。」
お酒の呑み方について、私は基本的に『報酬として貰ったものしか呑まない』ということにしている。
私個人に対してお酒をくれるのは彼くらいのもので、つまり私は彼と一緒にしか呑まないわけだが、実は最近「一人の時に飲んでいい」と言って頂いたお酒があった。
別に一緒の時にしか呑まないと決めている訳ではなかったし、私なりに理由をつけてそれは頂いたのだけど。正直気持ちのいいお酒ではなかった。
勝手なこだわりではあるけれど、やはり私なりに必要なことではあったのだろう。
……そういうのが、私に不要になることがあるとしたら。
考えてみても、まだあまり想像がつかなかった。
「Zzz…………」
「ごーしゅーじーんーさーまー!!おーきーてー!!
こたつで寝ない!ベッドに行きますよほら!!そこで寝ると絶対寝不足になりますから!身体痛めますから!!立ってくださいってばほらほらほら!!!」
「んー…………」
「起きました!?ほらベッド行きますよ!!聞ーこーえーてーまーすーかーー!?!?」
「……………明日……早いから………こたつで寝る……………」
「ですからこたつで寝るの良くないからって言ってるんですけど!!ねーーーえーーーってばぁーーーーー!!!!!
あーーーんもーーー!!!だからコタツ復活反対だったんですよぉーーーー!!!!!(全ギレ)」