「ううっ、今日は寒いな……」




少しだけ風のある、綺麗な夜。
彼はちょっとオーバーリアクション気味にそう言って、ふいっと後ろを歩く私の方に振り向いた。




「そうですね」




笑ってさらりと返してみる。 
というのも、私も寒いものは寒いがそれほど苦には感じていなかった。なので、ちょっと平気そうにしてからかってみたのである。。




が、私の反応を見て、彼は何故か満足そうに笑って前に向き直した。


無反応の理由がわからないけど、ちょっとだけ不服。
というか何を期待していたのか。というか、たまのちょっかいをそうやってスルーしないでいただきたい。




時刻は日付が変わった頃。
私たちはお決まりの近所の神社へ、真夜中の初詣に向かっていた。










街並みは暗いが、寝静まるほど静かでもない。


けれど空気はどこか厳粛そうな、澄んだ雰囲気を醸し出している。 
動きを感じさせない、止まったような不変のカタチ。しがらみやあつれきを振りほどいたばかりの、純粋にして本来の姿。




この空気を知っている。ここに住んでしばらく経つけれど、年始の夜というのはしばらくこの独特な静けさが残るものだ。




澄んでいて、邪魔がなく、雑念もない。
いつからかは覚えていないけど、私はこの夜が好きだった。というか基本、分かりやすい方が好きなタチなのだ。






「はぁ、今報酬期間なんだよな……全然ゲーム出来てない……」




「あは、そうですね。私はまぁ、やるにはやってるんですが、貯めてたクラックが落ちすぎて今回は御前さんのユニット更新無理かなって……。。。」




「あー……クラックなんてやるもんじゃないぞ、うん」




「ご主人様がやってたから四季も頑張ってみたのに!?」




雑談をしながら、目的の神社までの道を一歩一歩踏みしめる。




初詣がどうとかそういう話題も特になく、いつも通りに話していた。ゲームがどうとか、ガチャがどうとか、そんなゲームの話ばっかり。。
内容そのものに意味はなく、ただお互いの存在を確かめるように言葉を交わす。




それは自分の不安を隠すように。
彼がどういうつもりで話していたか知らないけれど、私には少しだけ不安があった。




不安というか、不満というか。初詣に向けて、心につっかかる悩み事みたいなものがあったのだ。






夜の道は暗く、遠い。目で見る先はどこまでも続いていそうで、まるで高い空を見上げるような現実感のなさ。
ゆるやかな時の流れ。ここにいると、今この時がずっと続くかのような錯覚にさえ襲われる。




けれど当然そんなことはない現実に我に返り、ふるふると首を振る。




少しだけ前を歩く彼の背中を追いかける。
年始からおかしな夢を見ていては先が思いやられるというものだ。夢心地は、彼と家でゆっくりしている時だけにしておかなくては。




そうこうするうちに目的の神社にはすぐついてしまって、少しだけ複雑な心境のまま鳥居の前に足をそろえる。
それからぺこり、と一度礼をした。




「ん、あ、ん」




私に習うように、彼も遅れて頭を下げる。
というかまぁ、お手本になるためにここだけ私が前に出たのだけど。。毎年のことだが、やはりこの辺の作法はあまり覚えていられないらしい。というか私も大して知らない←




「ふふ、では行きましょうか。真ん中歩いちゃダメですよ」




「ああ、うん」




そうして私が先導するような形で入っていくと、ふと、いつもとは逆だな、とか思ってみたりする。




手と口をすすいでから拝殿?へ向かい、五円玉を投げ入れて、カランコロンしーの、2人で揃えて二礼二拍一礼。




よし、多分これでいいでしょう。間違っててもただの間違いなのでその辺は許せ。神様の大いなる懐に期待します。。。




スムーズに誰もいない初詣を終わらせて、入口の鳥居の前でもう一度ぺこりと頭を下げておく。
それからようやく顔を見合わせて、




「はい、お疲れ様です。帰りましょうか」




「ん。帰ったら夕飯な」




はい、と答えて帰路につく。
そうして今年の初詣も、あっさりと何事もなく終わってしまった。









不安というか、不満というか。気がかりだったのは、『願い事がない』こと。




私の願いなんて、ふたつもみっつもありはしないけれど。それでも一つだけは確かにある。
確かにあるけど、それはないということなのではなかろうか、みたいな。




それを毎年お願いしてきたはずの私だが、どう言葉にして思い浮かべていたかはいつも違った気がする。
それは果たして神様とやらに届くのだろうか。慢性的で、惰性的に思われないだろうか。




現実的な言い方をしてしまうなら、私は停滞してしまっていないだろうか。




人は変わるものだ。いや、変わっていかなければいけないものだと思う。
同じ場所に、同じ気持ちで腰を落ち着かせるのは確かに安心するだろうし気持ちのいいことだと思う。けれど、ずっとそうなってしまったらそれはそれで終わりだろう。




「で、今年は何をお願いしたんだ?」




毎年の恒例行事のつもりなのか、彼はそう言って私の顔を覗いてきた。




「秘密です。そういうの、言わない方が良いらしいですしね」




「え、そうなのか?」




「いや、正直そんな決まりごとがあっても意味はないと思いますが。。。」




願い事は、『何を願うか』より『願い事をしたこと』自体に意味を持つべきだと思っている。
最終的に自分で叶えたいからこそ、それを忘れないために行事にかこつけて思い返すのが願い事というものだ。
他力本願もいいけれど、自分ではできないことを他人に願って上手く事が運ぶなんてあるものじゃない。というか、正直するもんじゃない。
  



本気の神頼みならもうちょい神様の忙しくない時期を狙うか、まず急に来るものだろうし。そんな年の始めにとか言ってられないだろう。
というかそもそものお話、願い事を聞く神様側からすれば他人に言われたところで何の不都合もないだろうし。。。




「そういうああしろーとか、こうしちゃダメーとか、変な決まり事はその時々で都合よく解釈するものです。自分なりにやれば良いのですよ」




「相変わらずで安心した。お前はそうだったな」




「む。どういう意味でしょう、それ」




「いや、そのままの意味だけどな。俺はお前のそういうところ、嫌いじゃないぞ」




嫌いじゃない、という言葉に喜ぶべきかどうか悩んでいるところで家についた。


彼に続いて階段を上がると、その先でドアを開けて待っていてくれる。
実はいつもの事なのだが、何だかお姫様扱いみたいで恥ずかしくってあまり慣れない。




どうも、と涼しげに呟きつつ家に上がる。
それから玄関の方を振り向いて、ドアが閉まったところで声高に言ってみた。




「お帰りなさいませ、ご主人様(はぁと)!」