夜。外に出てみると、時間の割にはやけに静かで驚いた。




肌を刺すような冷たい風と、道路を囲う長い建物の圧迫感だけが空気を支配している。
しかし無音かと言えばそうでもなく、車の走る音はまだよく聞こえる。けれど人の声だけはどうにもあまり響いていなかった。




道を見渡せば、人の気配がない訳ではない。帰路につく人影はどれも一人で、口を開いている人がいないだけだ。
それがどういう意味なのか、いまいち分からなくて内心首を傾げてしまう。




「……クリスマスだと言うのに、人は騒がないものですね。そういう行事でしたっけ、これ?」




「さてな。騒ぐようなのはもう屋内にいるんじゃないか」




彼は素っ気なく答えると、私を通り越して一歩先を歩いていく。
私はそれを追い返すように、小走りで彼の隣に並んで歩いた。




「…………」
 



一瞬彼の目線がこちらを覗き込んだが、特に何を聞くでもなく前に向き直した。


その姿に、ふふ、とわざとらしく笑うだけして私も同じように前を見る。




「あ、ご主人様」




と、今ふと思いついたように話しかけてみる。


……本当は、タイミングを伺っていただけだったのだけど。どうにもそのタイミングというのが分からなくって、結局話の切れたところでねじ込んでしまった。




「ん、なんだ?」




聞き返す彼と視線が交わる。




一瞬だったけど、目が合った感覚にどきりとした。  


普段は私の方がしっかり目を合わせることをしたがらないから、こういうことは多くなくて緊張する。
んー、かれこれもう10年くらいのお付き合いなんだけどなー。。相変わらずのコミュ障発揮というか、むしろ冷めやらぬ恋というか、なんとゆーか。いやそれはさておき。。。




「こほん。日付は超えちゃいましたが、めりーくりすます、です!
プレゼントにはご主人様が欲しいです!(ばっと手を広げながら)←」




「………………………」




無視はちょっとひどい!
じゃ、じゃあプレゼントに四季を差し上げます!!で如何か!」、。わ、




「いや、そのどちらかと言うのはな。そういうのは、良くないだろう」




誤魔化すように、困ったように笑う冗談の通じない彼の姿に、我ながらどうかとは思うのだけど、つい安堵した。 




この厳しさだ。愚直で、融通が利かなくて、誰にも何も期待しないのに自分だけは正しくあろうとする救えなさ。 


極まった主観を我が道と信じて疑わない、まさしく善人の鑑。
プライドと意地っ張りの塊みたいな、『そうあらなくてはならない』という責任感の権化のような人。
誰もついてこないと分かっているのに、その辛さを誰より味わっているのに、けれど俗世には馴染めないボッチの極み。。




……私から言わせれば。誰よりも人間らしい、優しいあなた。
そうだった。この人はこうでなくては。




「…………まぁ、それほど冗談でもありませんしね。答えないのが懸命ですか。ちぇー」




「だろ?お前のそういう冗談に付き合うと後で本気にするから怖いんだもん。。。」




「あは、四季の扱いも慣れたものですね?」




などと言ってひとしきり笑い合う。
その片隅で、何でお互いこれで付き合ってられてるんだろうなー、なんて今更な疑問が頭をよぎった。。。









クリスマス。どこのどなたか忘れましたが、誰かさんが生まれたことを祝う生誕祭。




キリスト教文化の浅い日本においては、主に『なんかめでたいらしいのであやかってよその国っぽくパーティ気分を味わう日』くらいの認識で間違いないと思う←




子供にプレゼントを送るサンタクロースという文化だけは確かにあるが、それはそれ。
子供にとって、祭事とは自分を楽しませてくれる日々の装飾のようなもの。そんなものに、楽しいこと以上の理由も必要もない。なら、いつかその名前すら不要になるのである(




「つまり何が言いたいかと申しますと、クリスマスとか〇ねばいいと思いません?




「スーパーのクリスマスコーナーを見ながら何を言ってるんだお前は。。。」




ツッコミが丁寧なご主人様。だってー、と恨みがましく見上げると、何故か頭上にチョップが落ちてきた。。




「ぶれないのは結構だが、よそでまでそういうこと言うのはやめなさい」




「客のいないスーパーでの独り言ですよ、これくらいは無問題とみましたー!」




ぶーぶーとクレームを入れてみると、彼は困ったように頭を抱える、というか実際困ってしまったようだった。。。 
そんな彼の表情を見て、少しだけ嬉しくなる。
なんにせよ表情が変わる様というのは、見ていて喜ばしい。




それから彼はちょっと頬を掻くような仕草をして、




「なんだ、今日はやけに攻撃姿勢が強いけど、何が不満なんだ」




「不満というか、ご主人様がクリスマスに全然リアクションないので。
ご主人様が興味を持たない行事に、四季が価値を見出すわけないじゃありませんか」




「そこ俺を通す必要ある???」




「大ありですー!ていうか、その必要しかありませんから!」
 



そう言われても、と納得いかない様子のメガネの君。アザ〇アさんにあらず
その様子にわざとらしく、はぁ、とひとつため息をついてみた。




「…………え、えっと、もしかして何か期待させてたのか?悪い、お前もクリスマスに興味とかないかと思ってたから……」




「え、あ、いえ、そこは大丈夫です、ご主人様よりも興味ないのは事実だと思います。。。
ですが、四季はともかくご主人様には興味を持っていて欲しいというこの良妻心というのがありまして。
ぶっちゃけ、職場の方にお菓子だなんだと用意してるのに四季には何もないのが単に気に入らないだけです←」




「あぁ……なるほど……」




と、何故かそこで割と真剣に考え出すご主人様。。。
むしろそこには気が付かなかったのか。四季が気にするポイントって、そこしかないと思うんですが!




「いや、うん、言われてみればそこしかないが、それを見落としてた。。。なるほど、それは確かにそうなるよな」




顎を撫でながら考えに耽けるご主人様。


の、腕にかかっている買い物かごの中にあれこれと物をほいほい突っ込む四季←
話はともかく、冷蔵庫の中身を足す作業はこちらでしなくてはいけないのである。いや、別に分担はないのですが、嫁的に。






今の私の言を解体すると、最終的に『仕事と私とどっちが大事なの!?』という名台詞に行き着くと思う。
そのセリフ自体はワガママの権化というか、どうしようもなく自己中心的な思考の末の言葉なので決して胸を張って言えるセリフではないのだが、それも具合というか、加減によるだろう。


だって少なくとも、不満に思う程度は仕方ないと思う。
自分が相手にされていなくても嫉み妬みのない綺麗な好意など有り得ない。あるとしたら、そんなものは好意ではなく信仰だろう。
それはおよそ人が自分と同じ地に立つ他人に向ける気持ちではないし、面と向かって見せる顔でもない。




好意とは、相手への願望に他ならない。理想の他人像を投影する対象として、他人を当てはめるのが他人を好きになることの第一歩だ。 
一方的なものであり、対価を求めるものでもない。何故なら、対価はその好意そのもので支払われている。




『自分の理想に近い他人を好きになる』
のではなく、
『他人を“理想のその人”に照らし合わせて好きになる』
のが好意というものの持ち方だ。
 



というより、前者でも他人を好きにはなれるが、破綻しか待っていないというお話。
簡単な話、個人の理想通りの他人などいないのでそんな幻想はぶち壊してやる(ブーメランぐさーっ)!が関の山というだけで。。。




人を好きになる、信じるコツがあるとしたら、『自分を認め、他人を許す』ことに帰結する。


極論、自分の正しさを周囲に求めているうちは他人を信じることなんてできやしない。
だって他人を信じていない人間が『信じて欲しい』などと言っても薄ら寒い。無責任、自分勝手にも程がある。
また、自分のノリを自分で認められないうちは言葉に意味などこもらない。
自分を認めたがらない他人を見て、勝手に『あなたはこういう人なんだよ』と諭してくれる人などいない。エスパーかな?←




せめて自分の思う正しさは自分の中に留めておくべきだろう。
他人には他人の好みがあり、善悪がある。それを否定したり罵る権利は、面と向かって喧嘩している相手くらいにしかないものだ。




だって他人の粗を探し、それに影で愚痴を言うことなんて誰にでもできるし、誰に対してもできる。
むしろし難いのは、そういうことをしないこと。




どちらが尊い人かと言えば、他人を思ってそれを口にしないでいる人なのは間違いない。






「そう言ってしまえばそうだが、それでわかるほど人間できてないだろう。なるやつはなるようになるんだから」




「そこは単に解釈違いということで流して差し上げてもよろしいかと。保険をかけてあげてるようで単純に見捨ててるだけですよ、それ」




「…………はぁ。そういう返しが出来る人間が多ければなぁ…………」

 


「これは四季とご主人様の中でのノリであって。。。もう、結構卑屈になってますね?」




「……そうだな、すまん」




いいえ、と笑って誤魔化す。
私も言葉に容赦がなさすぎた。弱っている相手に刺激が強いとは思いつつも、手を抜くのは失礼に思ってしまうのだ。持ち得る言葉を尽くすのは義務とゆーか。。




「…………なんていうか、四季といると生きづらいでしょう。今更ですが、残念でしたね。四季のノリとか、もう結構移ってきちゃってる気がします」




それは『四季といると疲れるでしょう』とかそういう意味ではなく、『四季のノリを分かってしまうと、人付き合いに疲れるようになるでしょう』という意味。




「そうだな、昔はこうはならなかったとは思う。こんな風に他人にどうこう思うこともなかったしな。もっと他人に期待していたと思う




そう言ってから、突然彼は私をじっと見つめてきた。




「……………な、なんですか。。」




「いや。そこへ行くとお前は変わらないな。ずっと昔から全然ブレてない気がする




「でしょうね。変わる性根など初めから持ち合わせがございませんので」




そう、そんなものはあってはならない。少なくとも私にだけは。

  


それを聞くと、そういうところな、と言い残して彼はレジに向かっていった。










いつか、『悪人だって自分で言うけど、どの辺が悪人なのか分からない』という疑問を投げかけられたことがあった。




あの時は説明しても分からないと思って流したけど、今ならどう返すだろう。




単に悪いことが好きだから?

自分を許さないから?

他人に優しくしないから?




どれも真実だけど、どれも説得力にかける。


悪いことが好きだからと、率先して犯罪をしたりはしない。
好きなことを必ずしも仕事にできないように、悪事では生きていけないのだから当たり前。

自分を許せないからと言って、自殺するわけでもなければ堂々と生きている。
私が自分を許すとか、怠惰になりすぎるのでマジやめた方がいい(

他人に優しくしないと言っても贔屓しないという意味でしかない。
私にとっては、最大限優しくするのが他人への最低限の気遣いだし。






世界観とは時代によって変わるものだが、つまり極小的には個人による。 
環境によって変わるものであり、成長によって増えていくものでもある。


 

私の世界には、ずっと昔から彼しかいない。


そんな、私にとっては今更語ることなどないくらいに当たり前のことを、誰が納得してくれるだろう。




外を見て、多くを知り、今知らない多くのことを沢山学べば、確かに私もきっと少しくらいは変わるだろう。
だけど変わろうとは思わない。いや、この一点だけは変われる気がしない。




私は義理を果たすことを第一にする女であり。
彼が、私にとっての生涯尽くすべき義理そのものということ。


そこが変わらなければ、私のするべきことは何も変わらないのだから。











「ところでな。俺はクリスマスってものに、それほど無関心なわけではないんだぞ」




帰り道。彼は唐突に、何やら訳の分からないことを言い出した。




「え。何でです???」




「それを何でって聞くのか……?
ただ、そうだな。じゃあ実際にパーティをしよう!と思うかと言うと、そうはならないだけで」




多分それは一般的に言う『興味無い』で間違いないと思うんだけどなー。。。




そう答えると、彼は突然笑いだした。
何事かと思って彼の方を見て目をぱちくりさせると、いや、と彼は笑いながら手で顔を隠していて、あら可愛い。そういうの、いいですよね。四季好きです。




「いや何言ってるんだ??
じゃなくて、これいつか同じ問答をしたなって思い出して。ツッコミが全く一緒だった気がして、つい」




「え、そんなことありましたっけ!?
うわー、全然覚えてません……」




どこがツボに入ったのか、彼はそのまましばらく笑っていた。。




……静かな夜道に、彼の笑い声だけが木霊する。
高い建物に囲まれた道は、相変わらず人通りが少ない。
確かに時間的にはそろそろ遅いが、いつもならもう少しいそうなものだけど。




だけど、その景色が何となく心地良くって、つい頬が綻んだ。
二人だけで静かな夜をお散歩する、というのはこれはこれでロマンチックなものなのだ。




「…………静かだな」




私の心を読んだように、彼は少しだけ優しげな笑顔で私を見ていた。




「は……はい」




ふい、と目をそらす。
こちらからは良いのだけど、あちらから目を合わせられるのはやっぱり困ってしまう。恥ずかしいのでやめてほしい。




「なんだよ。こっちを見なさい」




「やです!!(突然の大声)
もう、恥ずかしいって言ってるじゃないですかもう!!」




と、彼の空いている方の腕に腕を伸ばして、がっちりと脇に引き込んでホールドする←
分かりやすく言うと、腕組み?みたいな体勢をとって下を向くことで視線を回避した。。。




「……………………それの方が恥ずかしくない?」




「……目が合わない分、やってみると意外と平気な気がしてきました。わーい腕組み!」




「あそう……」




若干驚いてはいたものの、彼も無理に逃げたりはしなかった。
いつか春頃?にやった時はすごく恥ずかしがっていた気がするが、これも慣れだろうか。それはそれで何となくムカつくけど、まぁ仕方ない。黙っておこう。。




上手く歩けるように、彼の歩調にどうにか合わせる。




それから深呼吸して、息を整える。そして改めて、ご主人様、と彼を呼んだ。


何だ?と彼の視線が私に落ちる。
私は、今度こそ彼を見上げて、その視線を真っ直ぐに見返した。




「めりくりです、ご主人様。
プレゼントは腕組みってことで良いですか?」




…………などと言いつつ、やったのは四季だけど喜んでいたのも四季だったりする。。。
というかその場合、どちらからどちらへのプレゼントなんだろう?




多分同時にその疑問を抱いて、二人して笑いあった。