「とりっく!あんど!とりーと!!」




風通しの良い和室にはよく響く大音声。
今日のクエストをこなして部屋に戻ると、出迎えてくれたのはドアの前で両手を上げて待っていたと思しき金髪幼女のそんな脅迫だった。




「……………………」




ドアの前で待ち伏せするなとか、いきなり大声を出すなとか、色々言うべきことはあるはずなのだが、それより先に目の前の少女の姿に面食らって言葉を失った。
一呼吸置いて、改めて少女の姿を観察する。




かぼちゃの被り物。
羽のように広がった濃い紫色のマント。
貧相な身体を覆うようにぐるぐると巻き付ける包帯。
両手の肉球手袋……は、いつもあったか。。。


とにかく少女は、どうもコンセプトというものを見失ったチグハグなコスプレをしているようだった。




と、言葉に詰まっていると突然両手をばっと伸ばして差し出してくるかぼちゃ乙女。
見れば赤い瞳が期待に爛々と輝いている。そしてその手のひらを上に向けてこちらに伸ばしてくる仕草は、何かをよこせ、というジェスチャーなのだろうか。




唐突すぎて何を期待しているのかさっぱり分からない。この子はいつも私たちに対してもっと距離を置いて、何か嫌なオーラ垂れ流しながら口を開けば辛辣な悪口ばかりを吐き出しているような女だ。端的に言うと、かなり嫌われているはずだ。




それがこの様子は何事か。不可思議な格好と、同じく不可思議なほどの明るさ。今のこの子の姿には、まるで普通の少女のような無邪気ささえ感じさせる。
確かにそういう身の軽さも持ち合わせている女だったが、それにしても普段の邪悪なマイナスオーラがまるでない。何を考えているのか分からないが、もはやギャップだ。これではメカや仲のいい他人に対する時のようではないか。




いや、心変わりの理由などを追って考えても仕方ない。
とにかく私は、この現状で今まっさきにすべきだろう最適なリアクションをこなすことにした。




「どけ、邪魔だ。ドアの前で仁王立ちするな、馬鹿者」




「うそぉツッコミなし!?そう言わずお菓子くださいよー、いたずらさせてくださいよー!こんな可愛い幼女がおねだりしてるんじゃないですかー!!」




と、横を通ろうとしても道を塞いでくる。あまつさえ、ぶーぶー、とこちらにブーイングをかましてくる始末。
どうにも困って辺りを見渡すと、ふと部屋の奥からこちらを生暖かい目で見ている二人組の女と目があった。




「おい、そこ。その目は何か。あとこれ(幼女)は何だ。説明なさい」




「あら、人に物を聞くのに何て言いようでしょう。」




とは、長い黒髪に真っ黒のフリフリの服、ついでにニコリと微笑m、いや薄ら笑いががよく似合っているゴスロリ女、こと黒四季。
赤と金色のガチャ目が鬱陶しい。いいからそのカラコン外しなさい。黒「ですからこれはオッドアイ!ガチャ目とは言いませんわ!!」




「おかえりなさい、御前さん。で、幼女さんが言ってるのはハロウィンっていう祭事ですよ」




と、もう片方の黒髪が挨拶がてらに解説してくれた。
黒い短髪、メガネの奥から覗く赤い双眸。その色と同じ赤い羽織と、やたら短い袴の丈が正直どうかと思わせる健全(不健全)、こと猫四季。猫「いえ私は自他ともに認める四季ーず1の健全枠ですけど!?」




いつの間にか奥の二人からもブーイングを受けることになってしまったが、なるほど。ハロウィン、なる催しは聞いたことがある。
確か仮装パーティーのようなもので、子供がお菓子をねだるものだったか。




であれば、このかぼちゃ少女の行動もいつもの困った思いつきや無茶ぶり・嫌がらせの類とは違う訳だ。いつもの邪気が抜けているのもうなずける。
ひとつ、感心してしまった。何だ、この子もやればできるのではないか。




「む、何ですかその目。いいからお菓子くださいよー!ワタシ、幼女。アナタ、大人。お分かりデスカ?」




「それは煽ってるつもりなんですか?まったく、少し待ちなさい。
今は手持ちがない。用意してきますから、テーブルを拭いておくように」




そう言って台所に向かうと、今度は喜んで通してくれた。




背中を押す、急かすような少女たちの笑い声に応えるように紐をねじって背中から背負う。


たすき掛けをして、さて、と一息。
本当なら先程の顔に免じて少し気合を入れてやりたい所だが、あまり待たせるのも良くないだろう。今回は手早く用意できるものでご勘弁願おう。




◇◇◇




「お菓子よこせこらぁ!!」




風通しの良い和室にはよく響く大音声。
部屋に戻った私を出迎えてくれたのは、ドアの前で両手を広げて待機していたらしい袴姿の金髪幼女のそんなカツアゲだった。




「……………せめて挨拶は文面通りにしましょうね、まったく。あと仮装とかしないんです?」




「さっきまでしてたんですけど御前さんに変な目で見られたのでもうやめました」




ハロウィン知らなかったのか、それとも仮装がそんなにおかしかったのか。。。
ともかく小さくため息をつきつつ、私は袖の中に忍ばせておいた焼き菓子の入った小袋を幼女さんに差し出した。




「話が早いのは嫌いじゃありません。ふふふ、今日だけでお菓子が無償でたくさん!いやー幼女っていい身分だなー!」




わーい、とすでに他の面々も居るテーブルに戻る幼女さん。
先にテーブルで待っていたのは、猫さん、黒さんの二人だった。二人の苦笑っぽい笑みに対して、こちらも似たような顔で会釈する。




「お二人がご一緒ですか。そこの幼女さんといい、今日は珍しいことが多いんですね」




言いながら私もテーブルの一角に腰を下ろす。
……幼女さんの隣に座ってみたのだが、珍しく嫌そうな顔をしないので内心驚いたがそれは言わないでおこう。




「もう、まるで私がいつもぼっちだって仰ってるようではありませんか。ひどいですわ」




「いやまあ、その通りなんですけどね?」




「……ひどいですわね。確かにその通りですけど」




「あ、あは……で、でもほら、今日はせっかくのおまつりごとですからね!こういう時くらい誰か他人と一緒に居られればなって、私も思っちゃいます」




猫さん。フォローの仕方はそれでいいのか?




「基本ここの子ぼっちばっかりですからね、仕方ありませんね。
それはそれとして、幼女さん、メカさんはどうしたんです?一緒じゃないんですか?」




「多分すぐ帰ってきますよ?私には今日マイルームで待ち伏せして、帰ってきた順番にお菓子をねだるという重要な任務がありましたので、先に急いで帰って来ただけです」




私は何の違和感もなく普通に質問をして、彼女もさらりと返答する。
そこにいつもの、穏便に済ませるための淡々とした仮面や壁はなかった。



 
それから談笑することしばらく。ぷしーっとドアが開いた音がして、皆でそちらに顔を向ける。
台所から出てきたのは、大きなトレーにお皿をいくつも並べて持ってきた御前さんだった。




「あらたすき掛け可愛い。それはそれとしてお菓子ですか!?お菓子ですね!?」




待ってましたと言わんばかりに腰を上げて喜ぶ幼女さん。
御前さんはそれを見て満足気に、お待たせしました、と言ってテーブルの前に膝をつけた。そしてトレーの上のお皿をどかどかとテーブルに移していく。




「おおー!!思ったより長いなーと思ってたら!」




「わ、凄いですね……!」




「まぁ。御前さん、お菓子作りもお上手なんですね」




「ふ。分かりきったことを何度も言うな、安くなろう」




とか言いながらちゃんと喜んでるあたりチョロいんだよなーこの人




テーブルにこれでもかと広げられたお皿の数々。フレンチトースト、ホットケーキ、それにカップケーキ。しかもそれが人数分。。。
短時間で作れるものを作れるだけ作った、と言ったところか。




………多い。どう考えても多い。これはお夕食を控えたおやつの量などでは決してない。そもそもホットケーキだのフレンチトーストだのはお菓子と呼んで良いのかさえ危うい。


ドサッと並んだお菓子の迫力に喜んでいる甘党三人組ではあるが、その顔にもやや困惑の色が表れている。
あと、私の視線から目を逸らしている御前さんのケモミミがちょっと垂れ気味なのを見るに、おそらくまだ焼いたり冷ましたりしてる段階の第二弾、三弾が控えていそうなのも言及しておかねばなるまい。




「何?貴様もしやエスパーか?クッキーと羊羹が控えてますが何か」




「ほんとにあるんかーい!!
つーか何か?じゃねー!もうっ、何でこれからお夕食作るのにこんなに用意しちゃったんですかー!」




勢いがーっとがなりたてると、御前さんは言い訳のしようもないのか、いや、その、とかごもごもとケモミミをヘコヘコさせている←
まったく。基本脳筋すぎるのだ、この人は。いえ私ですけど←←




と、あの、と幼女さんが私の袖を引っ張った。
驚いて彼女の方に向き直すと、




「いや、一応その、おねだりしたのは私ですし……」




────しばらく、沈黙。




幼女さんはなんの冗談の素振りもなく、やけにしおらしく上目遣いでこちらを見ている。
おねだりしたのはこの子だから何だと言うのか。御前さんは悪くないんです、とでも言うつもりなのか。


庇った?この子が?御前さんを?


本当に今日のこの子、どうしたんです???




「でしたら、もういっそ今晩はお菓子で済ませてしまってはいかがでしょうか?」




と、突然おかしなこと言い出す黒さん。幼女「お菓子だけに?」
言われて猫さんの方に目を向けると、彼女もこの量を前にしては概ね賛成の様子だった。「ねーねーお菓子だけに?お菓子だけに???」




「…………そうですね。こんだけ量があると、仕方ありませんね。今日のお夕食は、気ままにお菓子をつまんでいく方針にしちゃいましょうか。
じゃー、今あるものは冷めないうちに食べちゃってくださいな!御前さん、私たちは他の方々の分の用意をしちゃいましょう」




そう言って御前さんを台所に連れていく途中で、ちらり、ともう一度幼女さんに視線を移す。
年相応なその無邪気な姿には、決して私たちを謀るような嘘偽りの気配はない。




「……すまんな。つい興が乗った。我慢が効かなかった、許せ」




そんな私の視線に気付いてか、御前さんはぽそりと呟くように謝罪してきた。
いえ、とこちらも小さく返す。




……ま、気持ちはわかっちゃいますしね。不本意ながら」




そうか、と彼女は静かに笑った。




台所に行っても、居間の方から楽しそうな声が聞こえてくる。




……ハロウィンだからってお夕食をお菓子で済ます人なんか滅多に居ないと思いますけど。
まぁ、主役の子供が楽しそうなんだから、細かいことは良いだろう。