「ところで、メイドさんは姫さんのことどう思ってるんですか?




とある昼下がり。いつもの座敷でお茶請け代わりに雑談をしていると、シャオリンさんというお客は唐突にそんなことを尋ねてきた。




質問の意図が読めなくて、一度シャオリンさんの表情を伺ってみる。

そのお顔は楽しげ、というより興味や好奇心に満ち溢れたもので、何やら期待した様子でこちらの返事を待っている。
何の前触れもない質問で戸惑ったが、どうにもはぐらかすのは難しそうな雰囲気だった。




ずずず、とお茶を啜ってから小さく息を吐く。
さて、その問いにはどう答えようか。




「素敵な人かと。魅力的なお人柄であると思います」




そんな私の返答に、なるほど……と言いつつ余計に悩むように考え込んでしまうシャオリンさん。
やはりまったく納得していないようである。どういう答えが望みだったのだろうか。




「もっとこう、一人の人としてというか!」




「はい。他人につられず、強要せず。同時に他人を受け入れられる懐の深さを兼ね備えた素晴らしいお方です。同じ人として、尊敬します




「いえ、その、個人的な気持ちでというか……女性としてというか……」




「同じ女としても、あの優しく柔和な姿勢には正直感服致します。
かといって戦闘になれば苛烈でありながら無駄がなく、呆気ないほどの獅子奮迅ぶり。御前様を思わせる徹底した戦場の運び。
どちらも、おこがましいとは存じますが、憧れずにはいられません」




今度は少し細かく答えてみると、うーん、とさらに悩ませてしまったようだった。




…………やはり、質問の意図が明確にあるように見える。
彼女の言わんとすること、というより私に言わせようという返事がどういったものだろうかと想像する。もしや何かの引っ掛け問題だったりするのだろうか?




と、隣の席からこれみよがしに、はぁぁ、という大きなため息が漏れだした。




「あのね。シャオリンさんが聞きたいのは、そういうのじゃないと思うわよ」




とは、先程の質問からずっと黙って聞き手に回っていた闇四季さん。
ではどういう?と素直に聞くと、繰り返すように同じ溜め息で返答されてしまった。




「どういうってね……。ていうか分かって言ってない?あなた、別にそんな純情枠でも真面目枠でもないでしょうに




「健全枠ではあるつもりですが。」




「どの口が言うのよ、肌色っぷりなら姫とどっこいのくせに」




「服装というのは廃り流行りの早いもの。布面積だけで測れるものではないかと。
着こなしを崩して闇雲にはだけさせれば目を引くかもしれませんが、それが魅力的な見せ方かと言えば、さて」




「ふふふ。さりげなく焦点替えてdisってくるじゃない。それ喧嘩売ってるのよね?」




「とんでもございません。私はただ、狙いはその時まで隠すことが肝要である、という最低限のコトを確認しただけですわ」




できるだけにこやかに闇四季さんに向かって笑って見せる。
彼女もそれに応えるように、ふふふふふ、とやけにわざとらしく笑い返してくれた。
────ばとる、すたんばい。




と、ちょうどその時、自動ドアが開いた。




「ただいまです。あ、シャオリンさん。どうも、ようこそいらっしゃいませ」




そう言ってドアの奥から姿を見せたのは、件の肌色多めなお姫様。
白いドレスに金髪碧眼と優しい笑みが見事に映える我が家の洋風担当、四季姫さんである。




「来たわね、噂をすれば時の人」




「来ましたね。あ、お邪魔してます」




うわさの?と小首を傾げる姫さん。
すると闇四季さんが間髪入れずに、ちょっとこっち、と席を立ちつつ部屋の隅の方に姫さんを手招きした。




「闇四季様。笑顔がいやらしいですよ?」




「とんでもございません。私はただ、どんなお話をしていたのか説明させて頂こうと思っただけですわ?」




真似してんじゃないわよこの(#^ω^)




そうして姫さんが闇四季さんに捕まり、部屋の隅でコソコソ話している様子をシャオリンさんと並んで見守る形になってしまった。




「…………闇さんとメイドさんって、仲良くないんですか?」




先程とは打って変わっておずおずと、といった様子でそんなことを聞いてくるシャオリンさん。
私は、そのようなことは、ととりあえず答えておいた。




「私は比較的新参ですし、見た目的に年齢も若い身ですから、闇四季様を含む他の方々に対してこちらから申し上げる言葉の持ち合わせはございません。
ですが、そうですね。基本的に、私達の間で仲が良い悪いという風に考えていらっしゃる方は少ないのではないかと思います」




「悪くないとかではなく、良いということもない?ですか?」




「いいえ、良し悪しで計れる関係ではないと申しますか。
一人の人間の中にも、善くあろうとする心と悪いことをしてしまおうとする心があると思いますが、それがどちらも等しくその人の一片でしかないように。その二つは反発こそすれ、お互いの存在を認めないという訳でもないということです」




なるほど……?と先程とは違う反応を示すシャオリンさん。
その辺りの事情はうまく説明できないというのが本音だったりする。おそらく多重人格的なものと似ているのだと思うが、ぶつかれる身体がある以上それともやや異なる訳だし。




「…………な、なるほど。私のいない間にそんなお話を。
もう、恥ずかしくなってしまいます。メイドさんにも、あまりおかしなことを言わないでください」




と、あちらの内緒話も終わったらしい。見れば姫さんはやけに恥ずかしそうに、チラチラとこちらを覗いては目を逸らす、という仕草を忙しく繰り返していた。
そ、そんなに恥ずかしがることでしたでしょうか。姫さんならむしろ乗っかるくらいの勢いで来るかと思いましたが。。




「いや、ホワイトデーの時お返しのお菓子食べすぎてダウンしたのを思い出したんですって」




「や、闇さんってば。。もうっ、言わないでください。余計思い出してしまいます」




珍しく声を上げる姫さんをはいはい、と軽く流して席に戻る闇四季さん。
そう言えばそんなこともあった。というか、その主犯は私なのでこちらはこちらで申し訳なさを思い出してしまう。。。




そんな私達の様子などお構いなく、で?とまだ部屋の隅から動こうとしない姫さんを親指で差して、




「で、どうなのよ。あれ見てどう思う?」




そう言われて思わずそちらを見て、ばっちり姫さんと目が合ってしまった。




いつもの崩れることを知らないにこやかな笑顔は陰もなく、そこにあるのは余裕を失った乙女のような困り顔。
その表情は女性として自然というか、ごく当然のものなのだけど、普段の彼女を知るものからすれば驚くばかりである。




泰然自若、というべきだろうか。ともすればその動じなさは冷静沈着とも呼べようかという鋼の如き仮面の固さが彼女の特徴だったと思う。
それをこのように崩した姿は初めて見た。




ギャップ、というやつか。これがそういうものかと納得する。
横の二人が私の言葉を待っているのを肌で感じる。良いように使われる風でシャクだが、かといってここではぐらかすのは姫さんに失礼にも思う。




というより、姫さんには悪いがここで二人に乗っからないで彼女の姿を正確に伝える言葉は私の辞書にはないらしい。
これを的確に形容する言葉があるとしたら、そう、これしかない。






「………………姫様。

とても、可愛らしいと思います」




「も、もう。もう!もう!」