見上げた目線の背中に広がった澄み渡る空に、ふと思いを馳せた。


少ない雲。その動きも特に遅い、健全な青空である。
穏やかな風は欠伸を誘い、綺麗な景色は気持ちを静かに落ち着かせる。




穏やかなのは良い。綺麗なことも良い。ふと目に映った景色にしては上々だ。
ああ、この景色がいつまでもあり続ければいい。こういう気持ちを、人は何と言うのだろう。




「御前さん!」




誰かを呼ぶ声に、ぴくりと頭上の耳が反応する。


いや、違う。誰かではない、御前とは私のことだった。
まったく、名前で呼ばれないというのがこうも不便とは知らなかった。




私を呼んだ声の主、いや、それと対峙していた黒い巨体に視線を戻す。
そうだ。ついまた現実逃避をしていたが、今は戦闘中なのだった。


立ちはだかるのは、二本足で立った大きな亀。
その甲羅に生えた砲台のようなものがこちらを向いて、今まさにそこから赤黒い矢のようなものが放たれていた。




……弾速は、遅い。数本追尾して来ているようだが、避けるのに難はない。
手にした双機銃の握りを再確認する。遠回りで来る矢が当たるタイミングを読んでおき、それから直線で飛んでくる矢を警戒する。
そうしていざ砲身から一直線に飛んできた矢を目で捉えて、




「くっ……!」




──捉え、て。目前に突如現れた男の背中に、視界と反撃の手を阻まれた。




「────」




直撃したか?いや、何とか防いだか。それより、そこではなくて。




……なんということか。男に庇われた。
自分は自分の仕事をちゃんとこなせば良いものを、わざわざ下がってまで代わりに当てられに来るとは。これではあの緑色の女も心配する。




驚きはない。ただ、嫌なものを見た。
しかしそれこそ今考えるべきことではない。




続いて遠回りに飛んできた矢を避けつつ、両手の銃で亀の脚に集中射撃する。
振り返りざまに集約した弾丸の雨に、ぐらり、と大きくバランスを崩して巨体は背中から地震を起こしてひっくり返ってしまった。




それを見て、すかさず男が巨体の身体をつたって登りつめる。
腰に帯びた柄をがっしりと握りしめ、胸まで来ると同時に開くように放たれる、居合一閃。




「これで……とどめです!」



 
すぱん、と綺麗な音を出して、男の長刀が巨体の胸を深く断った。






それで終わりだった。巨体は元からなかったかのように泡と消え、男はそれが最後まで散っていくのを確認してから踵を返す。
そして、こちらに歩み寄りながら声をかけてきた。




「任務完了ですね。お疲れ様でした」




適度な緊張感を保ちつつ、にこやかに男はそう言った。







……この男と仕事を共にするのはこれが初めてだ。




顔見知りではあった。偶然ロビーで会って、お互い同じ場所に用があったから当然のように同行した。今回の同行にそれ以上の理由はなかった。
だから、こうして二人で会うことなど今回限りのはずだった。






「……うむ。ご苦労。」




とにかくまずは労いが必要か。


それから、眼前の男をもう一度見る。




男性としてはそこそこ程度の体躯と、それには余らせてしまうだろう背中に担いだ長柄の長刀。

茶色い髪と青い瞳。にこやかな微笑みはいかにも優男らしい、光と陰りと同時に見せる。

首元の………あれは、音楽を聴く機械、だっただろうか。。好きなのか、音楽。




優男、こと田噛蓮牙は、いつまでも自分をジロジロと見つめるこちらを流石に不審に思ったのか、いつからか目をぱちぱちと開閉するという間の抜けたリアクションを返していた。




「…………あの、何か?」




腰を落としてこちらと視線の高さを合わせる優男。
何となく子供扱いされているようで癪だが、それは言わないでおこう。


そしてふと、先程破けてしまった服から覗く赤いものに目が留まってしまった。




「いや。良い男だと思ってな、このたわけが。
…………そこを動くな。モノメイト代を浮かす程度の働きは私にもできる」




返事を待たず、タリスを手に取って回復のテクニック、レスタを使う。


突然の物言いに男は何か言おうとしていたようだったが、先に回復を受けてしまうと一度口を閉ざし、それから改めて言葉を変えて口を開いた。




「あ、ありがとうございます。」




「いや




当然の仕事だ。礼を言われることではない。


というか大した手間でもない。緑色の光が周囲を包み、謎のふぉとんぱぅわーが傷を癒す。HPが数値化されるゲームによくあるご都合医療の王道である。
あと私はメタ発言とかそういうのには耐性が高いのである。




「(耐性どころか積極的にしている件についてツッコんでいいんだろうか)
あ、テレポーター来ましたよ。。。行きましょうか」




そう言って先に足を向ける男の背中を、待て、とつい止めてしまった。




不思議そうな顔で振り向く優男。


その優しい顔に、ふと他の男の顔がちらついた。




……勢いで呼び止めてしまったので、何かを考えていた訳ではなかった。しかし確かに言いたいことはあるはずだ。




男の顔を見上げる。とにかく、言いたいことだけ言ってしまえばそれでいい。





「………………明日、空けておけ。説教がある」