「明日、空けておけ。説教がある」




四季御前さんという小柄ながらも物々しいオーラを纏ったその女性は最後にそう言うと、それから別れる時の挨拶をするまで一切口を開かなかった。
 



「…………はぁ」




上着を羽織り、準備を整える。
そんな最中にも思わずため息が漏れてしまった。




結局、あのあと待ち合わせの時間と場所だけを簡潔に記したメールが届いた。




というより、四季さんの部屋に来るように言われてしまった。。
時間は昼時。食事は抜いて来るように、と。時間も明確な指定はなく、内容についても正確でない。実に曖昧な呼び出しである。


というか食事は抜くようにってそれだとお昼のお誘いのように思えるのだけどお説教とは。。
そもそも二人きりでお話することになるかと思っていたのだが、四季さんのお部屋というともしかしたら四季ーずさん達が揃っていたりするのだろうか。
あまつさえその状態でお説教だったりするのだろうか。。公開処刑か何かかな?




どちらにしても不安半分、安心半分。
というのも、四季御前さんのことは嫌いということはないのだが何というか、だからと言って二人きりで間が保つ気もしないというのが本音のところだ。




彼女のキッとした目を思い出す。あの柔らかい四季さんと同じ姿でいながら表情を無くしたかのような、いや、きつく固まってしまったかのような鋭い眼力を頭に浮べる。 




睨むような目とハキハキした口調。 
黙っていた時のピクリともしない様子。
敵を前にした時の、容姿に似つかわしくない鮮烈さ。




苛烈で、存在感に満ちていて、なにより無駄がない。
一言で言うなら、そう。あらゆる面で『強い』という印象が当てはまる。




…………そんな相手から、名指しでお説教。珍しく二人で一緒に任務をこなして、それだけで即お説教と来た。
自分は何をしでかしたのだろう。頑張ったつもりだったのだろうけど、何が足りなかったのだろう。




…………力不足だ。ほぼ初対面の人にまでお説教をされてしまうだなんて、情けない。


アークスになりたての頃、乃騎さんと会った頃を思い出す。
あの時から、自分はどれだけ成長できただろう?




「お兄ちゃん?今日はお仕事ないんじゃなかったっけ?」




と、気が付くと部屋に実琴がいた。
ため息なんかついていたから心配かけてしまっただろうか。


とりあえずできるだけ自然に笑って、仕事ではないんです、とだけ返してみた。




「そうなの?それなら私服っぽいの着ていけばいいのに~」




言われて、ふと自分の格好を見下ろした。


長いズボン、長袖の厚い上着、厚い手袋。いつも戦闘にも着て行っている、昨日も着ていた普段着だ。
なぜこうなったかと言われると難しいのだけど、それこそ何故呼ばれたのかが分からないので警戒してしまっていたのかもしれない。
ま、まぁかと言って私服と言ってもおかしくはないはずなので、別段問題はないだろう。きっと。




「…………そ、そうですね。まぁ、少し人に会うだけですから。。」




「うん?う、うん、お兄ちゃんがいいなら良いんだけど……とにかく、行ってらっしゃーい!」




見送ってくれる彼女に、行ってきます、とひらひら手を振り返して部屋を出る。




悩んでいても仕方がない。相手の思惑がわからない以上、当たって砕けろの精神で突撃するしかない。
まずは行って話を聞いて、素直に反省する気で臨もう。それが自分の今後の成長に繋がるかもしれないのだから。











で。呼び出し通りにお部屋を訪ねてみたところ。




いらっしゃいませ、ご主人様(はぁと)




ドアが開くと、そこにあったのはいつもの和風な落ち着いた雰囲気の畳部屋ではなく、ファンシーな喫茶店だった。
そしてお出迎えがさっき『睨むような目』とか『苛烈』とか『強い』とかそんな印象を並べて浮かべていた人がバッチリメイドコスプレキメてる姿でした。
何を言ってるのか分からねーと思いますが、自分にも分かりません。




もっと言うとコスプレもさながら、表情や声も別人のようである。固い表情は優しい微笑みに、強くてハッキリとした声は静かに、淑やかに。
確か四季家にはメイドコスプレしてる四季さんもいたはずだけど、これを見ると彼女より様になっているのではないだろうか、とか思ってしまった。




「どうだ。似合うか。うむ、知っている(ドヤァ)
いえ、すみません、キャラを失念していた。今のは流すがいい。それではお客様、席にご案内致します(ニッコリ)




「は、はぁ。はい、どうも……?」




くるりと席に向かって行った背中が『とにかく座れ』と言っている気がして、その背中について行く。正直もう少し肌色の少ないコスプレをして欲しい、と思ったことは黙っておこう
そうして案内された席に座ると、続いて彼女も対面する席に当然のように腰を下ろした。




丁寧な仕草ではあるのだが、しかし堂々としたおサボりメイドさんである。その様子に思わずツッコミを自重してしまうほどに。
でも二度目が『お客様』になってる辺りキャラは初めから迷子では?というのにはツッコんでもよかっただろうか。
いや、地雷はむしろそちらと見た。やっぱり沈黙が吉だ、やっぱりだんまりを決めておこう。




「………さて。まずは御足労を。許せ




と、さっそくメイドキャラを捨てていつもの調子になっている御前さん。
いえ、と答えて彼女を見ると、がっちりと視線が交差した。




…………その、物怖じせずにこちらを見据えて、そのまま目線を外そうとしない様子に感心する。
女性でありながら、やはりこの人は『強い』のだろうと再確認した。




「しかしいただけんな。貴様、まず何か言うことがあろうが。それとも、実はボケ専の民であったか?」




ツッコミ待ちだったんですか?どこからどこまで??




「あなたの思うところまでです。私は女だ、男に合わせる




「そこは男女どうこうで考えるところではないのでは……?」




「個人の考えにツッコむな、馬鹿者。私はそうなのです。ただしイケメンに限る。
で、そんなことにツッコむ暇があるならそら、これを見ろ。どうか。」




そう言って彼女はおもむろに立ち上がると、その場でとんと大きな胸を張って、自身の胸元に手を当てる。
それから、じっといつも通りの固い表情で見つめてきた。




「…………ふ、服のことでしょうか。よく似合ってると思います」




「ふ。当然だな。それはそれとして、次からは珍しい格好をしてきた女子には早めにそう言うように。男子たるもの、女を喜ばせるのも務めです」




やけに満足げにしたかと思えば、すぐにキリッとしてそんなことを言い出すメイド御前さん。
すでにメイドなのは格好だけで、言ってることはどちらかと言うと余計な世話焼きお姉さんである。




「き、気をつけます。




「うむ。…………さて、遊びも済んだし。お説教の前に確認するが、貴様、身内がいるな?




と、席に座り直すと同時にいきなり切り込んできた。




身内。そう言われて、まっさきに妹の姿が思い浮かんだ。


それだけで何故かぐっと身が引き締まってしまう。
それを悟らせまいと身を固くして、はい、と端的に返答した。




「ああ、知っている。妹がいるんだったな。それに、その他に仲間もいる。
…………良い関係だ。理想的だな。うちの金髪に見習わせてやりたい」




金髪、というのは四季さんのことだろうか。
彼女は彼女で顔が広いし、多くの人に信頼されてもいるように思うのだが。




「四季さんも、人付き合いは良くこなしてるように思いますけど……?」




「笑わせるな、私にも慈悲はある。
今のはあなたの視点から見た話です。傍目からどうこうではなく、あなたが自身の環境をどう感じているのか、という話」




「自分の環境、ですか?」




「そうだ。守るものがある。そのためにするべきことをする。その事に疑問や苦悩を挟む余地もない。
私風に言うなら、良い男の条件と言っても良い。そのままいけば、お前は良い男になるとも。私が保証しよう




突然変なことを言うから冗談かと思ったが、珍しく優しげな目をしていて口を挟むのを躊躇った。
冗談、ではないのだろうか。どうにもこの人は、真面目な話の間にも関係の無いことをぽんぽん突っ込んでくる癖があるらしい。




…………あ、そっか。そういえばこの人四季さんだったか…………(納得)




「…………なんだその目は。
こほん。で。言うまでもないことですが──」




言いかけたところで、彼女ははっと口を閉じてしまった。


それから視線を横に向ける。自分もつられてそちらを見ると、どうやら誰かが帰って来たらしい、ドアの前には二つの人影が立っていた。




「む、お部屋が変わってる、ってうわっ、何してんです御前さん。今更メイドキャラしたところで年増じゃメイドさんには勝てないと思いますよ?」




と、片方は彼女の姿を見るなり速攻真顔でdisってくる、袴姿に身を包んだ小さなケモミミ少女。
四季ーずさん系列にしては珍しく露出/zeroなちゃんとした姿に思わずほっとする。




「……………………」




もう片方の青いメカチックな鎧に身を包んだ方は無言でこちらを見て、それから一度ゆっくりと瞬きした。


い、今のはもしかして会釈の代わりみたいな挨拶だったんだろうか。。。
とにかく、お邪魔しています、と二人に挨拶しておいた。




「はぁ。口を開けばこれだ。貴様そろそろ死ぬか?
大体、キャラ設定的には私はまだ20代前半のはずです。メイドとの差も4つかそこらです。せっかく用意があるところだが、貴様のおやつは抜きとする」




「よーっし私が悪かったです落ち着いて話し合いましょう!おやつを無償で人から奪えるのは幼女の正当な権利であると主張します!!」




と、二人が口論?している間にメカチックな方の四季さんががしゃがしゃと歩み寄ってくる。


そのまま私たちのテーブルの前まで来ると、自然な素振りでストンと御前さんの隣に腰を下ろした。




思わず御前さんに目を向けると、彼女も驚いているようで同時に顔を見合わせてしまった。
と、さっきの辛辣な少女も走り寄ってきて、




「御前さん邪魔!メカさんの隣は私なので退くついでにお菓子持ってきてくださいー!」




「おいスカートを引くなバカたわけ!煩わしい厚かましい言われなくとも取ってくる! 
と、とにかくこちらも昼食にしましょう。あなたもメニューを見て好きな物を選びなさい、呼びつけたのは私ですから料金は無用です。好きなだけ申し付けるように!」




短いスカートが引っ張られるのを慌てて抑えながらそう言うと、彼女は少女に席を譲って、こちらのリアクションも待たずに隣の部屋に向かって行ってしまった。
あちらが厨房なのだろうか。というか本当にお料理まで出せるんだな、ここ。




「おういねいね。というわけで、蓮牙さんでしたよね?おつかれさまです




と、彼女が部屋を出たのを見送って早速と言わんばかりに、御前さんの席を奪った少女はにこやかに話しかけてきた。


金色の髪と、その下から覗く赤い双眸。
さっきの御前さんに対する辛辣さとは打って変わってやけに優しい笑顔をするものだから、思わず一瞬戸惑ってしまった。




「えっと、お疲れ様っていうのは、何がです?」




「あの人に付き合わされてたんでしょう?でsyo?心中お察しします。あれと二人だと何がしたいのか言いたいのか、逐一理解に苦しみますよね。
でも悪い人ではないので、まぁ仲良くしてあげてください」




少女は静かにそう言った。




…………率直に言って。何を考えているのかわからない、という意味では目の前の少女も一流だと思ったが、それは言わないでおいた。
冗談を言う素振りもなく、まるで彼女の親か何かのような発言をする小さな少女に、自分はどう答えたら良いのだろう。




「あ、それとも狙ってたりとかするんですか?
おっけー幼女が許します!あれ実際のところ大分ちょろいですよ、今フリーですから押せば簡単にオチますよ!いけいけどんどん、くすくすと笑ってごーごー!」




「い、いやそんなんじゃありませんから!
自分はその、昨日一緒に彼女とクエストに行った時に、お説教するから明日来いって言われて来ただけで!」




「お説教だぁー?あー察し。てか人に上からものを言えるつもりでいるんですかあれ??シカトぶっこいて良いんです、そんなの」




あまりの評価に、そんなことは、と思わずフォローしてしまう。。
この少女、冗談という訳でもなく結構本気で彼女に対して辛辣なのか。なんか色々、大丈夫なのだろうか、四季さん宅。




と、その隣のメカ四季さんの手刀が少女の頭上に突然に落ちてきた。。。


ごつんっ、という鈍い音を響かせたメカチョップに、少女はいたいっ!?と大きく叫んで頭上を守るように両手の肉球ハンドを乗せて抑えたりする。。
驚いてメカさんの方を見ると、表情こそ変わっていないものの、何やら少女を睨むかのように見下ろしていた。




「な、何ですか虐めですか虐待ですかそうですか!domestic violence(良発音)!当方に迎撃の用意あり!!」




牙をむき出しにして威嚇する動物のようなケモミミ少女。
対してそんなのお構い無しに、というか執拗に二重の肉球グローブの上から再び繰り出される無常の唐竹メカチョップ割りtake2。。
がーっと反抗していた少女もたまらずすぐにごめんなさい許してください何でもしますから!!と闇四季さんの真似とかしだして、正直あの、幼女さん、ボケのテンポが速すぎて追いつかないです。。。




「幼女ですからね、仕方ないね。にしてもメカさん、あんまりそう派手に動いちゃダメですよ。
さっきクエストでガンナーのくせに思いっきり被弾してへろってたんですから、傷が開いたらいけません。ガンナーのくせに。ぷーくすくs、」




すかさずごつんっっ、と三度目のメカチョップ。
勢いがさっきまでの比ではなかったけど、今のはちょっと、大丈夫だろうか。




「…………………………すみませんでした(涙目)。
でもほんとにダメですよ。ガンナーさんなんて当たれば死ぬんですからあんまり無理してチェイン決めようとごり押すものじゃないんですからね?アトライクスの奪命がついて以来、メカさんちょっと強気すぎですよ?
ん?何ですその目は。『だって奪命があるから問題ない』とかそういうアレ?んー、一辺、死んでみる?




裏声でそう付け足してから、めっ、とメカさんのほっぺに肉球押し付ける小さな少女。。
御前さんもそうだったが、本当にメリハリがつきすぎていて突然まともなことを言い出すから困ってしまう。まともなこと言いながらボケるから余計に。。




メカさんもそうなのか、さっきまでの攻勢から一転して苦い顔(無表情)で少女の肉球プレスを甘受していた。
その様子を見て少女は、よしよし、苦しゅうない、と満足そうに手を離す。




目まぐるしい攻守逆転と、それを甘んじて受ける二人の様子に、他人事ながらほっと胸の底が温かくなるのを感じる。
それはきっと、二人の信頼関係あっての事なのだろう。こんな風だけど、この二人はきっと良い関係で繋がっているんだな、と。




「だがまだ俺のターンは終わってないぜドン☆!近くに似たよーな匂いを幼女の敏感ケモミミセンサーがびびっとキャッチしたぞこっちを見るが良いそこなイケメン。汝だ汝、ブラザー蓮牙。ところで匂いを耳がキャットとはこれいかに。

蓮牙さんも気を付けてくださいね。Br/HuにしてはHP盛り盛りな素敵装備とお見受けしましたが、見ている人間にそんなことは関係ないのです。
あなたが誰かを思うように、誰かもあなたの背中を見ているって話ですよ。かわいいは正義だから幼女が可愛い訳では無いのです。幼女は可愛い。だからかわいいは正義。おわかりか?」




「は、はい。ん?え??その、最後のはよく分からなかったです、けど」




「うん私にもわかりません!幼女ですからね仕方ないね!」




あはははー、とごまかすように笑う少女。
本当にこの少女の言うことは半分くらいしか意図が伝わって来ない。。




だけど、半分くらいは何となく分かってしまった。
自分のことを見る誰か。そう言われて、心当たりがないと切って捨てるほど自分も薄情なつもりはない。




…………しかし、それでも。
きっと少女がその先に用意していた、いや、あえて言わなかったのだろう問いに対して、上手い返答は思いつかなかった。




自分が誰かを護りたいと思うように。誰かがこの背中を見て何かを思うことがあるのなら。
もし昨日、彼女に何かを思わせてしまっていたのだとしたら。




『なら、自分はどうするべきなのか』。




もし、このままそう問われていたら。
自分は、どう答えるのが正解なのだろう?




「──ごめんなさい、そんな顔をしないでください」




静かな声にハッとする。
前を見ると声の主は申し訳なさそうな笑顔で、ピンと立っていたケモミミをしおしおと垂らして自分の顔を覗き込んでいた。




そのケモミミの様子に慌てて、すみません!と咄嗟にこちらから謝罪する。
いえ、こちらこそ、と少女は両手を顔の前でブンブン振って、それからにこやかに笑い直してくれた。




「もう。ふふ。イケメンも考えものですね。
でもそっか、あなたには見ていてくれる人がいるんですね」




そう言うと少しだけ間を置いて、ぽつりと呟く。


だったら安心だ、と。
少女は笑いながら、しかしどこか寂しげに付け足した。




その隣の席から、機械のように感情のない視線を受けながら。




「──そう、ですね」




「む。なんですその顔。なんかリアクション違くないですか?
まいーや、私これで失礼しますから。ほら、メカさん行きましょう




ぴょんと席から跳ねるように飛び降りると、少女は突然そんなことを言い出した。




が、メカさんは迷うことなく立ち上がる。
そして待つ様子もなくスタスタと行ってしまう少女の背中を追いかける。
振り返りざまにちらりとこちらを見た時視線が重なったが、それも一瞬、すぐにふいっと顔を逸らして行ってしまった。




「え、え。お菓子は?」




「御前さんには後で貰うから残しとくようにって言っといてください。
あとそろそろ呼ばないと、多分勝手にメニュー決めて持ってきますよあの人」




席に座りながら、ぷしーっと開いた自動ドアの先でひらひらと肉球グローブを振る背中を呆然と見送る。
続く青い機械の鎧も同様に、もう振り返ることはないままひとりでに閉じるドアの向こうに消えてしまった。




「……………………」




今度こそ一人取り残されてしまった。 




そうなってみて改めて考えてみる。
自分が護りたい人。自分を見てくれる人。その立場の違いが産む、平行線のまま消えることのないすれ違い。




それは本当に平行線のまま、どうしようもなくすれ違ってしまうものなのだろうか。
それともどちらかが妥協して、相手に合わせてあげるべきなのだろうか。
御前さんにお説教だと呼ばれた時感じた力不足は、はたして正しいものだったのだろうか。




「…………これでも、大人といえば大人のつもりだったんですが」




一人、自棄気味に笑ってみたりする。


ああいう人とはいえ、御前さんのような自分より年下……………なのかな?の女性にお説教とか言われたり、あまつさえあんな小さな少女に諭されるようなことを言われたり。




考えてみても、自分一人では答えがまるで見えなかったり。
とにかく、まだまだ未熟だな、というちょっとした憂鬱と焦燥感だけが確かな形で残っていた。






お待たせ致しました、お客様(はぁと)




それまだやるんですか。。。




今度こそ思わず速攻でツッコんでしまった。。そのテンポの速さに、おお、とかちょっとたじろぐ御前さん。
あ、いえ、すみません、何かさっきまでの怒涛のノリに身体がついて行っちゃって!←




「ツッコミは許そう。私はイケメンには寛容だ。だがその内容については些かばかり議論の余地があると見た。貴様、私のメイドコスプレに不満があると?




「い、いえそんなことはすみません!!」




ギロリ、という擬音がなりそうな今日一番の威圧感に思わず全力で謝罪する。。。
と、見てみると両手に広いトレーを持って、その上にはとても二人分とは思えないくらいにたくさんのお皿が並んでいた。




「そう不思議そうな顔をするな。私とて乙女だ、必要なことでも言いたくないことというのがあるのです。乙女の秘密、というやつだな。
それにしても結局オーダーをしないとは何事か。メニューを見てもいなかっただろう。本日限定、昨日帰ってからわざわざ作った私渾身の手書きメニューだったのだぞ」




まったく、と不服そうにしながらも、ことことと静かにテーブルにお皿を並べていくメイド御前さん。 
テーブルに並んだお料理はどれも一手間凝っていそうな、こうどかどかと並べるのにはちょっと似合わなさそうなお洒落なものばかりだった。 




「わ……お料理、上手なんですね」




「褒めても10funしか出ませんよ(コメント付きgjしながら)。
…………二人の、というか幼女の相手、ご苦労だったな。そういうつもりではありませんでしたが、その報酬も兼ねてということで召し上がってください」




お皿をテーブルいっぱいに並べ終えると、彼女はさっきと同じく自分と対面するように席についた。




「あ、あの。自分から言い出すのは何ですが、お説教というのは……」




「もう良い、忘れなさい。あの畜生めが何やら偉そうによくわからんことを言っていただろう。それだけ覚えていれば良いのです




あの少女のことだろう。彼女の言うことをちゃんと理解出来たかと言うと難しいけど、確かにあれはどこか説教じみていたかもしれない。
御前さんもそういうことを言いたかったのか。
もしかして、あれは御前さんからでは伝わらないことを補足しようというあの少女なりの気遣いだったのだろうか。




というか聞こえていたのか。自分は聞くばかりであまり喋っていなかった気もするが、何となく気恥しい。 
しかし、それでも一つだけ直接聞いておきたいことがある。




「…………でしたら、不躾で申し訳ないのですが、出来れば聞かせてください」




言うと、御前さんは首を横に振るでも縦に振るでもなく、無言でこちらをじっと見つめてきた。


おそらく、『つづけろ』という意味だろう。
一度ゆっくりと深呼吸をして、頭の中で言いたいことを整理する。
そうして彼女の視線に真っ向から向き合い、並んだ言葉を音読するように話を続けた。




「自分は、誰かに心配させてしまうことを自分の未熟だと思っていました。いや、それは変わらずそう思っているかもしれません。
それは間違っているんでしょうか。もしそうなら、自分はどうするべきなのでしょうか」




…………しばらくの沈黙。




彼女はこちらを貫くような鋭い瞳で見据えている。
その目をまっすぐ受け止めようと、目をそらさないようにじっと凝らす。
すると、やがて彼女の方から視線を外して、はぁ、とひとつため息を漏らした。




「未熟でない人間などいない。自分の能力は万全だと、確固たる自信を持って言える者がいるとしたらろくでもない。何故なら、満足してしまえば上を目指せなくなるからだ。

人は向上を目指すものだ。それは人間、どこまで行っても向上の余地を見出すからだ。そういう意味で、貴様の懸念は的外れにも程がある。
成長に果てはない。身体が腐っても培った技術と経験があるから肩を並べられる。ブランクが続いても、成功や成長の記憶があるから努力できる。 
分かるか?分からんか。つまりな、ようするに私は長生きしろと言っているのさ




…………最後のまとめ方がおかしいのか。それとも最終的にはそれでどうにかなる、という意味なのか。
あるいは、『分からなければ早死する』と言っているのか。




相変わらずこの人の言うことは突拍子がなくて掴めないけど、それでも分かることがひとつある。




「…………昨日。きっと自分は、あなたに余計な心配をさせたんですね」




「ほう。そう来たか。で、どう落とす?」




「すみませんでした。もっと──、」




と、思わず口をついて出そうになった言葉をぐっと飲み込む。




彼女はそんな自分を急かすこともしないまま、じっと見つめて次の言葉を待ってくれる。
自分はもう一度口を開いて、




「──いえ。ありがとうございます」




そう言って、一度頭を下げた。




「……………………」




その返答をどう取ったのか、彼女は何のリアクションもとらなかった。
見当違いだと怒られるか、それとも適当なことを言って、とこの曖昧な気持ちを叱咤されるかと内心ヒヤヒヤしたりしていたのだが。




でも、かと言って上手い言葉は見つからなかったのだ。
自身の不甲斐なさを申し訳なく思う反面、心の底にあった気持ちは感謝だったように思ったのだ。




「…………うむ。そうか。」




と、数秒遅れて反応が返ってきた。




声につられるように顔を上げる。


そうして、彼女の顔を見た時、気付いてしまった。




──瞬間。彼女の姿が、鏡に見えた。




そこにあったのは、さっきの少女を写したかのような儚さを孕んだ優しい笑み。


だがこの人には。さっきの青い鎧の女性のように、隣で見ていてくれる人はいなくって。
そう、きっと彼女にはそういった誰かは過去いた事さえ一度もなくって。


だからだめだった。いけなかったんだ。
この人にそれを言わせることは、してはならなかったと今になってようやく気付く。




ここまで来て、遅れに遅れてさっきの少女の代弁の真意を確信した。
どうしてここまで気付けなかったのか。どうしてここに来て気付いてしまったのか。




「…………そう言えるのだな、お前は」




何の自虐でも自棄でもなく、心底から祝福してくれていたのだろうその言葉が、その姿が。




…………この、悲しい笑顔が。
彼女の琴線に触れたはずの、昨日までの自分がいずれ辿っただろう成れの果てなのだと。