「それでは、GWお疲れ様でしたということで!」
↑なおそう言って昨日1日アムチに潜ったものの収穫はなかったです(白目)
グラスを持ち上げて催促する。
彼はいつも変わらない、あまり表情を変えない笑顔のつもりなんだろうなと思うで目配せした後、自分のグラスを持ち上げた。
「ん。乾杯」
「はい、乾杯です」
今年も今年とて、四季家にとってのゴールデンウィークとはただただ会話の数が減る週だった。
別に深い理由がある訳ではなくて、彼が忙しくなるのでそれどころではないという話。
朝から晩までお仕事詰めで、帰ってこられてからも毎日電話が待っている日々。その積み重ねを見ていると、これは体力以上に精神面を攻撃してくるだろうな、と他人事ながら思ったりする。
彼から言わせれば、『仕事は仕事だからな』とかそんな感じで色んな無茶を許すように見せかけて気持ちの上では一蹴しているんだろうけど。。
見ている側としてはあまり気持ちのいいものではない。毎日12時間を超える業務を『忙しいから』の一言で休みをなくし、休憩すらなくし、それで立っていられる人間は少ないと思う。
もう少し、自分が都合よく他人に搾取されるタイプの人間なのだという自覚を持って自衛して欲しい。
『自分が頑張ればいい』、『自分が我慢すればいい』で解決する問題なんてどこにもない。それは単にその場の問題を一人が背負い込むことでなかったことにするその場しのぎだ。一度は使えたように見えても問題は消えていない。
何より、その手の尻拭いをするのはいつも周りに気を配る優しい人、ないし周りに馴染めない弱い人のどちらかだ。
その手の人間は大抵自分一人ではものを断るということをできない人種なので、問題が発生した時点で詰みなので手が出せない。
もうひとつ言うなら、大抵それを背負う人も他人に背負わせる人も『それが普通』だと思っているのが救えない。
………そんな理不尽を理不尽と思わず当然のように受け止める人がいるのが気に入らない。
そんな人がそうでない人に卑下されたり、除け者にされる場所が許せない。
横で見ている他人にさえドン引きさせるほどの自己犠牲、献身。それを見て、自分にはできないと讃える人間が何より我慢ならない。
彼を見ていると、つくづく『聖人』という言葉を連想させられてしまう。きっとそう呼ばれた人間の多くは、こういう周囲にとって都合のいい人だったんだろうな、と。
「…………ふぅ。ウィスキーって言うのはどうも、アルコールの匂いがすごいな」
頂き物のウィスキーのボトル?を持ち上げてジロジロと眺めるご主人様。
仕事の愚痴のひとつもないかと期待したけど、どうにもそういう話は出さないつもりらしい。
「あまり飲みませんけど、お好きですか?ウィスキー」
「好むと言うならやっぱり日本酒になるけど、たまにはな」
さようで、とこちらももう一口。
ちなみに彼は水割りだが、私の方はロックである。氷がまだ全然溶けていないのもあるが、少し唇に辛みのような刺激があってちょっとキツい。。。
こういう飲み方をするには少し辛めだろうか、これ。ウィスキーには詳しくないけれど、どうにもこれは何かで割った方が美味しく飲める類な気がする。
「どうだ?そっちは」
二口目を飲み下した私を見て、興味津々な風にそう聞いてくるご主人様。いや、味は同じだと思いますけど。。
「…………………辛いれす」
そっか、と可笑しそうに笑った顔がやけに幼くて、つい胸がどきりとした。
「しばらく時間取れなくて、悪かったな」
「いいえ。お仕事、お疲れ様でございます」
「まぁ、週休二日だけは何とか確保できたからな。今後もそこは崩れないと思う」
そう言って、ふぅ、とため息。
今のは多分『これで一段落だ』みたいな意味のものだと思う。
「明日からはどうですか?お仕事、少し楽になったりしますか?」
「そりゃGWより内容は楽だけど、時間は大差ないからな。帰るのが早くなるとかそういうことはないんで、その、悪い」
「い、いえ。悪いってことは。。最近はお疲れでしたでしょうから、少しは身体に無理が無くなるかなーみたいな、そういう意味で。。。」
「それはそうだな。
…………疲れてるように見えたか?」
ふむ、と一度顎に人差し指を差して考える真似をしてみる。
本当は考えることなんてなかったのだけど、どう答えてやろうか、みたいな悪戯心で。
「どうでしょう。顔に出なくても、こういう期間に疲れないなどとは思わないかと」
↑色々頭を巡らせてみたものの、結局今は優しめにしておくか、と結論した。。
「そうか。そうだな。悪い、心配かける」
「もう、そんなんばっかりですよ。今は肩を降ろして、お休みモードに入って下さいませ。おつぎします?」
「ん、苦しゅうない」
「それ言うの好きですよねご主人様。。。」
いつもの日本酒とは違う、そのまんまアルコールっぽい香りが控えめに食卓に広がる深夜。
お酒が違うからか、テンションもいつもよりやや高めだったと思う。食事中はあまり会話をしないのだけど、その日は何の益もない他愛のない話をぽつぽつと続けていた。
なくした時間を取り戻すような会話は意味もなく、それでも後味を残さず綺麗にさっぱりと。
下ろした肩はギシギシと軋んで痛み、張っていた気は溶けるように解けていく。
力の入った眉間を押さえて、表情の形を思い出す。
……そうして、ふと思い至る。疲れていたのはどちらだったか、と。
彼の仕事への姿勢やら何やらに対して諸々の不満はあっても、それでこちらが疲れるだなんて、間違ってもそんなことは言えはしないけど。
ただ、もしや彼にそんな風に見えていたのかと思うとそれは気がかりだった。
仮に私が疲れて見えたら、彼はそれこそ自分の状況を問わず気をかけてくれるだろう。そんな風に彼の手を煩わせるのは本意ではない。
今は私のことより、自分のことに気をかけて欲しい。
そんな常日頃から思っている、
きっと叶わないと知っている、根っこのところの願いがどうにも表に出てしまっていた。
「四季」
不意に呼ばれてはっとする。
はい、と答えて顔を上げると、こちらを見ていた彼としっかり視線が重なってしまった。
「え、えっと。なんでしょう」
目線が重なっても構わずじっと見つめてくるご主人様。
思わずこっちが先にそっぽを向くと、ひょいっと顔を覗かせて来たりしてなんですかそれ、ちょっと可愛いんですけど←
そんな攻防を何度か繰り返すと満足したのか、彼は姿勢を正して元の位置に戻ってくれた。
私は私で逃げるように仰け反ったりしていた体勢を元に戻して、こほん、と1つ咳払いとかしてみる。。
「な、なんですか。。。何が目的ですか。メセタですか」
「えっメセタくれるの?じゃなくて、いや、今日も可愛いな、と」
「ぶはっ。。。
食事中に突然口説かないでください!!!」
ビックリしてつい大声が出てしまった。。。突然何を言い出すんですかこの人!
「いや、悪い。酒の勢いだ、許せ」
「……………………」
こちらの大声なんて気にも留めず、しれっとしたご様子でおつまみを頬張るご主人様。
……多分、気を緩ませようとしてくれたんだろうけど。だとしたらやはり気を遣わせていたのか。
はぁ、とため息をひとつ漏らす。
自分の未熟もそうだけど、それよりも今ので気が抜けてしまった。
そんな気の安さにもちょっとげんなりしてしまって、もう一度小さくため息。
「…………はぁ。どうにも、上手くありませんね」
「なんだ。口説き方がか?」
「それもですけど。色々です」
人に気を遣ってばかりで、自分のことをもう少し考えてくれればいいのに。
そんな事を言っても何も変わらないのは分かっているから今更言わないけど。
それに、そういう気質に不満はあれど、嫌いではないのだ。
「明日の休みは、少しアムチ頑張りたいな。アーレスくださいアーレス」
「アーレスはあるんでネメスレをください」