かつ、かつ、かつ。




控えめな足音が公園に響く。




公園、と言っても一目で見渡せるような小さなものではなく、歩いて回ったら1時間は過ぎようかという規模のものだ。
正直、たまに来る程度では迷子になってしまいかねない、公園と呼ぶには少し無理があるアスレチック。昼間に来ると、人の多さも相まって迷子のアナウンスがひっきりなしに鳴っていた記憶がある。




そんな活気に溢れたこの場所も、今は静寂に包まれている。


時刻はちょうど日付が変わろうかという頃か。それとも、もうとっくに日を跨いだだろうか。
聞こえる音といえば、だだっ広い空間に遠く響く2人の足音がするくらい。




静かな、この広い空間にはかえって落ち着かないくらいの静かな時間。
点々と立つ無粋な灯りを目で追いながら、私達はアテもなくその広い景色を進んでいた。




「足、平気か?疲れてないか?」




長く続いた静寂を破ったのは彼だった。




私は少し考える時間を置いてから、大丈夫ですよ、とだけ答える。
家から少し歩いて公園まで来て、それから公園の中を少し歩いて、今なお歩く足には確かに既に違和感がある。が、その辺は初めから分かっていたことだから問題ではない。




それに、まだもう少し歩きたかった。
距離を考えればそこそこ歩いているし時間も経っているはずだが、体感的には不思議とそうも感じていなかった。




「……とはいえ、どこかで座りたいとこですが。
いい場所、ありませんかねぇ」




うーん、と一緒になって四方に広がる道を見渡す。




そう、こうしてふらふらと歩いているのも、座れる場所が欲しいのだ。
出来ればベンチか何かがいい。近くに明かりがあって、ついでに目当てのものが並んでいるところだと尚更良い。




近くの灯りに目を留める。




その灯りの隣、高くそびえる太い大木。
その枝から垂れるように広がる花。舞い落ちるにはまだ早そうな、それでもしっかり開きつつある白い花弁につい視線を捕らわれた。




────綺麗。




白い、というには少しピンク味が強いか。
私の視力ではよく見えないけど。無粋な灯りに照らされたその群れは、それでも確かに綺麗だった。




そんな感想を口に出そうとして、ふと思いとどまる。
何も咲いているのはその木だけではない。公園内にはそこかしこに多様な種類の木が植えてあり、その多くがすでに花を咲かせている。満開というには早い気がするが、それでも見渡せばどこにでもその淡いピンクが目に映る。


こういうのは何度も言うと無粋になるだろう。なら今言ってしまうのは勿体ない。分かりきっているけど言わなくちゃいけない系の決めゼリフは、決戦の場でこそ使うべきと見ました。。。




「…………あそことかどうだ?」




そう彼が指差した先には、ちょっと足の短いベンチがあった。




近くに街灯のようなものはないが、ベンチのすぐ隣に目当ての木は立っている。暗くて見えないという訳でもなし、及第点だろう。
そうですね、と私が答えると、彼は特に言葉もなく頷いてベンチに向かって歩いていった。




「さてさて、それでは本日のめいんいべんと、いっちゃいましょうか!」




ベンチの真ん中にカバンを置いて、それを挟むようにして2人で座る。
それからカバンを開け中から目当ての物、というかコンビニ袋を取り出した。




ここに来るまでの道中、コンビニに寄ったのだ。座って何か食べれるものがあった方がいいだろう、ということで。


そしてそのついでに、お酒もあったらいいだろう、なんて。
それについては本当は少し心配だったのだけど割と乗り気なようだから、少しだけですよ、とコンビニに売っている小さな紙パックのお酒を買ってしまったのだ。
決して私の方から、お酒をチラチラ見つつ物欲しそーに目で訴えてたとか、そういう事は無いのである。断じて。




「…………こういう所に酒を持ち出すのは初めてかな?」




「一度ありますー、酔っ払っちゃって私がゼーハー言いながら肩を貸して帰ったんじゃありませんか。。。」




「あ、あれ。。そうだっけ。。。」




目を逸らして頬をかく真似とかするその横顔が面白くって、そうですよー、とつい指でつついてみたり。
するとこちらに振り返って、驚いたように目をぱちくりさせる。




「今のはどういう攻撃なんだ???」




「深い意味の無い攻撃です。はい、どーぞ」




そう彼にコンビニ袋の中身の半分、180mlのお酒と菓子パンを渡す。
残りの半分を自分の膝の上に置いて、とりあえずお酒の栓を開けた。




「こういうお酒の容器は初めてですけど、ストローが付いてるんですね。。。
はい、それでは今年も今年とて春のお決まりイベントに!」




手に持った紙パックは彼にではなく、目の前のぶっとい木に向けて。
彼もそれを見て習うように、そうだな、と軽く持ち上げるだけして応えてくれた。




「はい、乾杯」




はい、と最後にお互いに目を合わせてからストローに口をつける。




目線を下ろすと、カバンの上に一枚の花びらが落ちていた。