「バレンタインです




白いドレスの女性はそう言って、ずいっと食い気味に何かの包みを渡してきた。




「……え。あの……」




一瞬、思考が止まる。 




部屋に戻ると、先に帰ってこられていた純白ドレスの金髪碧眼女子に詰め寄られていた。
何を言ってるか分からねーと思いますが、私にも分かりません。




バレンタイン。バレンタインというからには、おそらくこれはチョコレートなのだろう。
だけどそれは、女性から男性に送られる品なのではなかっただろうか。




それも意味合いとしては、色恋的な意味で。
ならこれはどういうことだろう。私はこの人に好かれているのだろうか。そういう意味で。
いやそれ以前に私は女だし、何ならこの人とは分身みたいな関係?で他人ですらないし、ついでに言うとメイドとお姫様、という属性的に中々対等にはなれないポジションを確立してしまっている。




それとももしかして私は男性扱いされているのだろうか。つまりメイドとは?執事コスすべきでは??


そして執事なら執×姫とかもしやアリ???とか妄想を繰り広げそうになったあたりで高速で枝分かれしようとする思考を全てシャットダウンする。そ れ 以 上 は い け な い 。




「……お嫌でしたでしょうか。バレンタインですので、チョコをと思ったのですが」




気付けば、ドレスの女性はこちらを覗き込みながら、不安そうにそんな馬鹿なことを口にしていた。




「と、とんでもございません!ただ……」




ただ?と反復しながら小首を傾げるその姿に、何故かどきりと胸が高鳴った。




小首に合わせて揺れる金色の髪と、不思議そうにこちらを見つめる青い瞳。
それから、その、姫さんのドレスはそうやって覗き込むような体勢をするとだいぶアウトなので、もう少し自分の服装のことを考えて行動してほしい。




「…………ただ。私などが頂くべきものなのでしょうか。もっと姫様には、他にお渡しする方がいらっしゃるのではないかと」




とりあえず肩に手を置いて、姿勢を正させながらそう伝えた。




分身などと言ったものの、この人は私とは違う。私のような誰かに従うものではない。
上手く言葉に出来ないけど、この人はこう、自分の思うように自分で生きる、自由な人だ。




私などとは立っている場所が、生きている世界が違うのだ。それなのに私なんかを気にかけて、自分の時間を無駄にして欲しくはない。




とはいえ、それを正しく伝える言葉を私は持ち得ない。その無力に思わず目を逸らしながら、肩に置いた手を離した。

そう、目を逸らしたのは決して女同士で自分よりワンランク上の迫力を前にして悔しかったとか、驚いたとか、目のやり場に困ったとか、そういうものではないのである。断じて。




そんな私に何を察したのか、くすくすと笑うお姫様。




「なっ……、何でしょうか。おかしかったでしょうか」





「ふふ。はい、おかしかったと思います。お菓子だけに。
心配なさらなくても、私はチョコを皆さんに差し上げていますから。いわゆる友チョコ、義理チョコ、その他賄賂チョコ、姫チョコ闇チョコなどなど。
なので、どうぞ遠慮せずお受け取りください」




そう言ってこちらの手を取りその上に包みを置いて、今度こそ無理矢理受け取らされてしまった。




「……………」




……手の平の上に置かれたこの小さな包みに、私は何を思うべきだろう。




なるほど。友チョコ。義理チョコ。あと賄賂チョコとか、そういうものもあるのか。闇チョコっていうのが闇鍋的な意味なのか、とは聞かないでおきます。




そう言われて冷静になった心に空虚を感じて、思いとどまる。
そして、ではこれはそのどれに当たる物なのか、とは聞かないでおく。




「メイドさんにはメイドさんチョコです。
本命と言えば、はい。本命チョコです」




「読心術!?そしてメイドさんチョコとは?い、いえ、お戯れも程々になさってください。死んでしまいます」




「生きろ、そなたは美しい。それと嘘ではありませんよ。
嘘をつかない言葉の選び方で、周囲の人を混乱させるのも姫の嗜みと聞きました。絶賛、訓練中です」




「……どなたですか、純粋な姫様にそのような悪趣味を唆すのは。闇四季様でしょうか。」




「確かに私、純白ドレス感はありますが。私自身はメイドさんほど純粋でもありませんよ。
こうしてあなたを口説いて、表情をコロコロ変えてくださるのを見て、喜ぶ程度には性悪です」




囁くようにそう言って、1歩近付いてくる。




「うっ…………、」




その軽やかな笑顔に、思わず後ずさり。
それに合わせてもう一歩、こちらの下がった足に引き付けるように足を合わせて、変わらない笑顔で一気に距離を詰めてきた。




近いです、と下がろうとすると背中に壁が当たる。
それを見てすかさず私の両足の間に足を挟み込んでくる姫さん。。
それと、為す術もなくされるがままに壁ドン(ドンはしてない)状態に持ち込まれるメイド。。。どういう絵面ですかこれ!




「あ、あの本当に……っ、」




遮るように顔に伸ばされた手に驚いて、まんまと口を閉ざしてしまう。
その拍子にもう一度、金色の長い髪から覗く綺麗な青色と目が合ってしまった。




思わず、恥ずかしさも忘れてその瞳に見入った。






……まいった。これは、綺麗だ。






頬に伝わる感触ではっと我に返る。




気がつけば彼女はその指先でそっと私の頬に触れて、




それから、すぐにその指を離した。




「……はい。ちょっと、近いですね」




そう言って彼女は急に恥ずかしそうに、顔を赤らめてはにかんでこちらを見上げていた。







……………ずるい。それは、ずるい。




ここに来て。ここまでそちらからしておいて、突然そんな顔をしてそんなことを言い出すのは、反則ではないだろうか。




おかしい。おかしすぎる。今日の姫さんはノリが良すぎる。というか暴走してさえいるように見える。バレンタインだから浮かれているのか。




それにおかしいと言えば、私もおかしい。
どうしてこんなに攻められっぱなしになってしまうのか。
猫さんの時にしかり、どちらかと言えばそういう冗談は私の分野ではないのだろうか。というか口説いてるとか堂々と言わないでください死んでしまいます!(二度目)




「──とまぁ、思っていたより数倍濃厚な百合描写になってしまった所で、今は引いておきましょう」




そう言ってひょいっと身を引く姫さん。
その顔には、すでに先程の羞恥とかはにかみとか色っぽさとかは微塵もない。
そこに浮かんでいるのは、どこからどう見ても平常運転の、いつも通りの愛想笑いだった。




…………なんて、こと。
無駄に緊張させられて、無意味に弄られて、しかもされっぱなしで相手に引かれて。さらには、その姿にこちらから追いかけてしまいそうにさせられて。
絶対に満足させないという強い意志を感じる100点満点の引き際、なんという手練手管。




負けた。完敗どころの話じゃない。こんな失点をどう取り返せばいいのだろう。
そして同時に、今目の前で堂々と平常運転してるこの人に、私はどうやって報復すれば気が済むだろう。




「…………………………メタい、です……………………」




↑精一杯の反撃。。。




ふふふ、とやはりいつも通りの軽やかな笑い声に大きなため息を漏らす。




「……あ、お返し、期待してますね?ふふ、姫ですから」




「……………は、はい……………」




そう答えてから無意識に手の内の小さな包みに目を落として、一つ思った。






……………そう言えば、このバレンタインチョコのお返しは当日にすべきなのだろうか。それともホワイトデーに取っておくべきなのだろうか。




そんな風に悩んでしまうあたり、私が男子扱いされているというよりは…………、





いえ。いやいや。それはない。はず。。。