一月一日。
時刻は日付を跨ごうかという深夜0時前。もうすぐ二日になろうとしている。
私達は、毎年恒例の深夜の初詣に出掛けていた。






「ふぅ……寒いですね」




隣というには少し前方を歩く彼に見えるように近寄って、ひょい、と顔を覗かせる。




「そうだな」




端的な返答は、それでもこの静まり返った暗い夜には目立つくらいに温かさのあるものだった。







我が家から徒歩で歩いて少し。お安いファーストフード店から車道を挟んでお向かいに、小さな神社がぽつりと潜んでいる。




歩いて、おそらく10分もしないだろうか。
彼は明日も朝早いけれど、それでもぱっと行ってぱっと帰って来れるこの距離は救いかもしれない。




こつ、こつ、こつ、と一定のリズムで夜道の静寂を蹴散らすように進んでいく。


 

年末年始の夜というのは、いつも同じ静けさを纏っている。




厳粛なような、清潔なような。
厳かな雰囲気、と言おうか。俗世と離されたお山のような、そんな犯し難い静寂を持っている。




この時間ならまだ外を歩けば誰かしら人とすれ違うだろうというものだがそれもない。初詣に出かける時には決まって外では誰にも合わない。
だけど鳥居をくぐって、同じ目的で来た参拝客と神社の中でだけすれ違うのが何故か通例だった。




それは少し特別な気がして。まるで歓迎されているような錯覚を覚えてしまいそうで、くらりと目眩もしてしまいそう。




『私は神社の神様に顔向けできるほど、良い生活をしてきただろうか』




いつかそんな自問をしてしまう程度には、その道のりは長かった。






「あ、ご主人様。五円玉とか、お持ちになりました?」




ふと思いついて彼に問う。




すると彼は、あ、と間の抜けた声を出してからおもむろにポケットから財布をとり出して、中身を確認しだすのだった。




「一度止まっていいですよ。。
その場になって慌てて財布を広げるというのもカッコ悪いですしね、先に申し上げておいて良かったです」




「お前はあるのか?」




「四季は家を出る前に用意してましたから!すみません、その時確認していれば良かったのですが」




「いや、助かった。。」




お目当てのものを財布から取り出すとポケットに入れて、財布も反対にしまってから歩くのを再開する。
この辺り適当なのも毎年恒例の仕様なので、もはやお互い解りきっていてツッコミをする余地もないのであった。




「……ふぅ」




ため息は白い息になって、冷たい夜に溶けて消える。


その背中も、その背中と私の距離もいつも通り。まだ手を伸ばすのにはあと一歩足りない程度の距離を保って、私達は変わらず歩いていく。




……しいて言うなら。
今年は、彼がいつもよりお疲れな様子なのが気になったが。




「────あの、」




その背中がやけに遠くて。つい、思うより先に口が出た。




「ん。」




変わらない返答に、得体の知れない不安がまた大きくなる。




「…………いえ、すみません。なんでもないです」




それなのにそう言って、てへ、とか続きそうな軽さで話を終わらせた。




仕事柄、彼がこの時期疲れているのは当然である。というか、これからもうしばらく疲れが溜まる一方だろう。
そんな分かりきったことを改めて確認しても、何も面白い話題ではない。そんな風に甘やかして喜ぶ人なら、とっくに私の方が尻に敷いている。




「あ、お願いごとはもう決められました?」




「いや。その時決めるよ」




その時って。今まさにお参りしに行く訳なんですけど。。。




「今は思い付かない。でも、あのほら、カランカランするの鳴らしたら何かあるんじゃないか」




「さようですか。。」




くすりと笑って話を切ると、ふと話しているうちに縮まっていた距離に気が付いた。




手を伸ばせば届く距離。




そんな姿をイメージして、どきりと胸が突かれるような錯覚に襲われた。




ぶんぶんと頭を振る。
うー、これからお参りに行くんですから煩悩立ち去れ!!←




「どうした???入っちゃうぞ」




と、彼に言われて気が付けば、既に鳥居の前だった。














「それで。お願いごとは、どんなのされたんですか?」




帰り道、ふといつかの初詣を思い出して、今度はこちらから聞いてみた。




「秘密だよ」




「ちぇー。。。」




「お前はどうなんだ。何をお願いした?」




「今更変わる思いもなし、四季の願い事なんて二つも三つもございませんよ」




「そうか」




それを何とは問わず、彼は前を向いて歩き出す。




その背中はきっと、『今日のじゃれ合いはここまで』と無言の拒絶を示していた。




「…………………………。えいやっ」




(寒さで)ポケットに手を突っ込んだその腕に、後ろから不意打ち気味にがっしりと抱き着いてみた。




「えっ。。。な、なんだ」




「ふふ、何でも。お疲れかなー?と思ったので癒しのぎゅー、ですよ。ぎゅー」




「年始から知能が下がってないか?平気か?」




「わーおスパイシー。。。何ですか、人がせっかく心配しているのだというのに。そのお返事は如何なものかとー。。」




「そうだな。悪かった。だからこれはよさないか……?」




ちらちらと困った顔で周囲に人影がないか確認したりするご主人様。。。
うん。ちょっと余計に疲れさせるかと心配だったけど、いい方向に出たようで良かった。




「あの、ご主人様」




少しだけ真面目な声で。




その声で何か察したのか、彼は応えるように、ああ、と静かに返事をくれた。






────これからも、どうかお傍に。






「…………今年もよろしくお願い致しますね」




「こちらこそ。よろしくな