音のない静かな夜。




闇色に包まれた窓の外の暗がりは、およそ人の立ち入る世界ではない。
ただ静寂と暗闇だけが待つその景色は、どこか『終わり』という言葉を思わせる。


家の内からではよく見えないが、雲が空を覆っているのだろうか。それとも単に、私たちの目がそこまで夜を忘れてしまったのか。




……今日はやけに暗い。それを私は、何故だか分からないけど、少し嬉しく感じていた。








「四季」




背中から私を呼ぶ声がする。




「はい」




感情のない、重くて緩やかな声。
窓の外への名残惜しい気持ちを切り捨てて、私はそれに返事をしながら歩み寄った。




彼のいる台所を見れば、先程唐突に用意を始められた厚焼きは綺麗に形を整えてお皿に乗っている。
お鍋も頃合だろう。私達は一度目を合わせると、言葉をかわさずにそれぞれがお互いに任された作業に取り掛かる。




私は居間の食卓の準備。
彼は鍋やお皿をお盆に乗せて運びこむ。




別にどちらがこれ、といつも決まっている訳では無いけど、何となくその時近い方が手近な作業に取り掛かる。
そういうセンスはお互いに似ているのか、それとも二人でいるから合わせ方が決まってきたのか、我が事ながらちょっと面白い。




かたかた、ことこと、という食器を運び込む静かな音が静まった頃には二人も席に着いている。
食卓、こと先日出したばかりのコタツに膝を入れて、ふう、と一息。




お鍋の中身を取り分けて、缶の容器に入った慣れないお酒を片手に持ってから、私達はもう一度目を合わせた。




「はい。それでは?」




「……俺の休みに!」←




「ふふ。はい、十分な理由かと。
ではお休みの日に、乾杯」




「ん、乾杯」




お互いに持ち上げたそれを軽くぶつけて、音が全然しなかったことにちょっと笑いあった。











「マスカレーダだっけ?あれな、クラス次第ではどうにかなりそうで何よりだ」




早速と言わんばかりにPSO2のお話に取り掛かるご主人様。。。


ちなみにこの日は水曜日の夜。というか、日付の上では木曜日に差し掛かっている。
お休みというのはその木曜日のこと。なので今日は余裕をもって、こんな時間にお酒を持ち出しているのだった。




「そうですね。四季的にはまぁ、一通りのクラスをやったらあとは闇四季に任せちゃえばいっかな!って感じですが。。。」




「全クラスとかやろうと思ったら大変だろうな……、いや、どうだ?出来そうか?」




「そうですね。それこそレベルの低い今のうちでしたら、何度かやればどうにかといったところでしょうか。
昔独極が実装された時に比べたら、断然楽に感じます」




そんなものか、と彼は手元の缶を持ち上げる。
当時は装備とかもまだまだでしたしね、私達。。




今日のお酒は我が家にしては珍しい、缶ビール?というやつだ。しゅわしゅわしてて呑みづらい、お酒の匂いのしないお酒。
アルコール度数なんか5%くらいしかない、もはや炭酸飲料的な何かである。




かと言って、そうがぶがぶ飲むのはよろしくない。この手のお酒は飲みやすさ故に酔いやすいものだと、経験こそ少ないなりに知識の上では認識している。
なのであんまりそう勢いよく飲んでほしくもないのだが、まぁ明日お休みだしいっか、と黙っておく四季なのであった。それでやけに酔っぱらっちゃった彼も見てみたい。。。




「どうかな、ああいうのは得意分野だからなぁ四季。
俺はまだアキレウス(ご主人様のキャラのカチHu)と、ジャンヌ(殴りTe)とBr(という名のメインキャラ『司』。Br/Bo)でしかやってないけど、他のクラスは出来るかなぁ……」




「ご主人様はそもそもクラスごとにキャラがいる訳でもありませんからね、まずサブクラスでクリアというのがハードル高いです。。。
あと特別得意分野なつもりはありませんっ。四季だって、魔女とかメカ四季猫四季さん辺りでクリアできるかが心配です……」




「二人はともかく、猫は無理そうなら同じブレイバーのアタランテとか白四季でどうにか……。。」




ですね、と苦笑い。
四季家のキャラで随一HPの低さを誇るのが魔女、防御力のなさを誇る猫四季、そのどちらも低レベルに整いながら回復にはメイトやアトマイザーのアイテムを使うしかないのがメカ四季である。
きっとこの3人は特に何度も挑戦することになるだろう。




まぁ、そんな理不尽さを噛み締めながらも無意味に頑張って、無駄に慣れてしまってようやくまぐれ気味にたった一度のクリアを獲得するのがこういうチャレンジ系のクエストの醍醐味でもある。


そういう意味では、楽にクリアできるクラスなどよりはむしろゲームらしく楽しめるだろう。
少なくとも私にとってゲームとはそういうものである。
TAだとかの作業じみたものであるならともかく、一応は高難度とかチャレンジとか呼ばれるクエストを一方通行にしてしまっては、せっかくの酔いも覚めてしまう。




こと勝負事において、勝敗そのものに価値は無い。人にとって有意義なのは、いつだって他人との交流、他人への理解に他ならない。
交流をしようと持ちかけること、理解しようと押し引きを繰り返すこと。そこに価値を見出すからそれがいつしか楽しくなる。


明確な言葉を隠して行えるコミュニケーションツール。
勝負でもそういう要素のないゲームであっても、要はそういうものだと私は思っている。




逆に言うなら、私にとっての娯楽とはそこに重きを置いているらしい。
ま、かと言って負け続けて時間を無益に費やすのも癪だから一通りやったら闇四季に頼むんですけどね!←












少しばかりそんな話を交わしたあとは静かなものだった。




お互いに何か言うでもなく、慣れないお酒を呑みながらお鍋の中身を軽くしていく。


普段からそうではあるけど、うちではテレビをつけたり音楽を流したりといったことはしない。
部屋に広がる音といったらゲームの音か、お皿を箸がつつくくらい。
割と口数も少なくて、一緒にいるのに口を利かないことも珍しくない。




……彼はどうだか知らないけれど、私はこれが好きだ。特にお酒を呑む時などは静かな方がいい。
外呑みなんていうのにも本当は興味があるけど、帰り道が怖いのでそれは少し。。まぁ、彼が言うなら考えようかな。






その静寂は、まるで私たちの関係を表したかのよう。




言葉を交わさず、かと言って理解している訳でもなく。それでも体裁の上で都合が良いからその姿は維持しておく。

不理解、そして無干渉。そういった他人に求める最低ラインものを許してくれる相手だから、私達は傍にいる。




だって、突き詰めれば人間が生きていくのに他人の存在は必要ない。
社会を問わず、善悪を問わず、自分の命を思うのであれば一人きりでいる方が都合がいい。




……それはなんて、孤独。
およそ夫婦のカタチではないと怒られてしまうかもしれない。
でも、だってほら。そこは仕方がない。


私も、彼も。他人には何も求めない、という点でのみ意見が一致してしまったのだから。






……お酒に頼って自分を省みるにしても、少しナーバスすぎたかもしれない。




それを言うと私は人に誇れる人生は歩んでいないし、何かを良しとして道を選んだこともほとんどないのだけど。。
流されっぱなし、任せっきりの人生だ。単に余地がなかった気もするが、私も私で自分の意思を挟むつもりがなかったのだから仕方がない。




ただ、でも。




今こうして彼の傍に居られる私の存在に、私は初めて自身の価値を見出している。




彼と一緒に暮らすこと数年、私はようやく自分の身体に、自分の価値に関心を持てたのだ。彼にとっての私に価値を見出した。




灰色の景色に色彩が広がるようだったことを覚えている。情緒が揺れて、肉の身体に元々あった感触を覚えた感動を思い出す。








……そうしてただ、ごめんなさい、と。




長い、長い幼年期を終えて。産声のように口をついた言葉は、もうとっくに祝福とは程遠いものに成り果てていた。















「……四季。最近どうだ」




彼の言葉にはっと我に返る。


クサすぎるケモミミワールドに埋没していて、つい恥ずかしくなってしまう。
それを見せまいと平静を保ちながら、どういう意味ですか?ととりあえず形だけ返答しておいた。




「いや、どう、というかな。……不便とか、困ってることとか、ないか」




そんなことを聞く自分を恥ずかしがっているのか、彼は目を逸らしながらごもごもそう続ける。
それに内心で溜息をつきながら、私はその顔をわざわざ覗き込んで答えてみた。




「何も。私は、あなたさえ元気でいてくだされば、それで」




「な、何だいきなり。。。突然声変えても何も出ないぞ。。。」




「お酒の席です、ちょっと酔っ払っちゃってても仕方がないでしょう?
実際本音ですよ。というか、贅沢は女を悪女にします。あまり甘やかしすぎませんように。。」




気を付ける、と何故か笑って返していたご主人様。
むー。今の顔は、何か『まさかそんなぁw』みたいな意味と見ましたー。。四季だってやる時はやりますよー???




「そんなところに自信を持つな。」




と、頭にぽんと優しいチョップをかましてくる。。。いてえ。痛くないけど。




気が付けば、お鍋や他のお皿の中身もほとんど無くなっていた。
テーブルの隅に押しのけられた空の缶は3本。合計6本。ビールにチューハイ、あとよく分からないジュース(アルコールは入ってるけどチューハイとさえ呼びづらいジュース←)。
今更ですがこれ、一体どうしたのですか。あまり私やご主人様の趣味ではないと思うのですけど。




「貰い物だな。気に入らなかったか?




「いえ、分かってはいましたけど確認しただけです。。
ですがそれもおしまい、そろそろお開きですね。今宵のお酒は如何でした?」




「……そういうのはやっぱり、今一分からない。。」




ですか、と一度笑ってからゆっくり席を立つ。
お酒が回っていないかと心配したけど、それほどふらついたりもしていない。よしよし、へーきへーき。




「突発お酒も構いませんけど。ちゃんと歯磨きするんですよー?」




「はいよ。今日もお母さんだな、四季さん」




「んーその目はガラス玉かな???可愛い可愛いあなたのお嫁さんですよーこのすっとこどっこい←」